216.月華の下で

 

  ◇ ◇ ◇

 

 祝勝会を終えてからしばらく経ったところで、俺はクローデル家の屋敷のバルコニーへとやってきた。

 ちなみに俺たちはマリウスさんの厚意でクローデル家の屋敷の一室に泊めてもらえることになっている。


「あ、オルンさん、こんばんは! すみません、こんな遅い時間に呼び出してしまって」


 俺がバルコニーに到着すると、そこで月を見上げていたソフィーが俺に気づき、声を掛けてきた。


「全然構わないよ。それにしてもソフィーは本当に月が好きなんだな」


「そうですね。月は《夜天の銀兎》のモチーフですし、やはり、見上げていると力を貰えるような気がするので」


 そう言うソフィーの表情はすごく明るいものだった。


「……既に分かっていると思いますが、私、さっきまでお兄ちゃ――あ、マリウスさんと話をしていたんです。彼ときちんと話をしたのは生まれて初めてだったかもしれません」


「……祝勝会で呼ばれたやつだな。彼のことを『お兄ちゃん』と呼んでいるということは、マリウスさんと和解ができたのか?」


「はい。私はずっとお兄ちゃんに嫌われていると思っていました。でも、お兄ちゃんと話をして、実は助けられていたと分かったんです」


 それからソフィーはマリウスさんと話したことを教えてくれた。


 実際のマリウスさんは、 情の深い人物であったらしい。

 彼はセルマさんと良い兄妹関係を築けていたそうで、 ソフィーとも同様の関係を築きたかったらしいが、環境がそれを許してはくれなかった。

 マリウスさんとセルマさんの実母は元伯爵夫人であるが、ソフィーの実母は使用人で、尚且つ出産時に亡くなってしまっている。

 血統主義のきらいがある元伯爵夫人には、クローデル伯爵家に平民の血が入ったことを面白く思っていなかった。

 そんな状況でマリウスさんまでソフィーと仲良くしていたら、更にソフィーの立場が悪くなると考えて、彼は無関心を貫くとともに、両親の負の感情がソフィーに向かないように水面下で動いていたらしい。


「……私は、自分の家族がお姉ちゃんしかいないと思っていましたが、それは違いました。私は生まれた時から、お姉ちゃんだけじゃなくて、 お兄ちゃんともきちんと家族でした。それがようやくわかって、今はすごく幸せな気持ちです! 私の居場所も帰る場所も《夜天の銀兎》ですが、もう一つ、そんな場所ができました」


「それは、良かったな」


「はい!」


 俺にはもう家族が居ないから、家族との付き合いというものがいまいちピンと来ていない。

 だけど、家族が居るのに疎遠になっているというのも、それはそれで辛いものだろうことは察しが付く。


 だからこそ、ソフィーが兄と和解 できて本当に良かったと思う。


「それで、ですね。オルンさんに来てもらったのは、お伝えしたいことがあったからなんです」


「俺に伝えたいこと……?」


 ソフィーの言葉の真意がわからず、オウム返しをしてしまうと、彼女は一つ頷いてから口を開いた。


「オルンさんが私たちの師匠になってくださった日、オルンさんは私たちに質問しましたよね? 『私たちの夢や目標を教えて欲しい』、と」


「あぁ、聞いたな。よく覚えているよ。俺の質問に対して、ソフィーは『夢や目標を見つけるために探索者になった』と答えてくれた。……今この話をしているということは、夢や目標が見つかったということか?」


「はい。見つかりました。――私は、夜を照らす月のように、みんなを照らせる人になりたいです」


 俺の問いかけにソフィーは満面の笑みで答える。


「……私やキャロルのように、過去に辛い経験をしている人は多くいると思うんです。それに、これから王国と帝国の戦争が激しくなれば、今の子どもやこれから生まれてくる子たちには、厳しい環境が待っているかもしれません。そんな人たちの闇を祓って、そして導ける存在になりたいです」


「人を導く立場になりたい、か。立派な夢だな。でも、その分大変な道のりだぞ」


「はい。わかっている、つもりです。でも、もう決めました。そのためにも私はもっと強くなります。心も体も。そして、オルンさんやお姉ちゃんを追い越してみせます!」


 ソフィーが真っ直ぐな目を俺に向けてくる。

 その目は、出会った頃の彼女からは想像できないものだ。

 そうか、もうソフィーは自分ひとりで進めるだけの力を持っているんだな。

 俺の力なんていらないくらい、な。

 それは寂しくもあるが、やはり喜ぶべきことなんだろう。


「言うようになったな。簡単には追い越させないからな?」


「そうじゃなきゃ追いかける甲斐がありませんし、むしろ望むところです!」


 煌々と照る月の下で笑う彼女の表情は、俺が見てきた中で一番晴れ晴れとしたものだった――。

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