215.【sideルシラ】夜闇の密会

 

  ◇ ◇ ◇

 

 祝勝会という名のパーティーを終え、いち早く会場を出たこの国の王女――ルシラ・N・エーデルワイスは、クローデル家の庭園で花を愛でながら人を待っていた。


 そんな彼女に一つの人影が近づいてくる。


 待ち人が来たことを察したルシラが、花から彼女に近づいてくる人影へと視線を移してから口を開いた。


「お待ちしておりました。ここまで足を運んでくださり、ありがとうございます。――フウカ様・・・・


 ルシラが挨拶ともにカーテシーを行い、やってきたフウカへ敬意を表した。


「……様付けは要らない。今の私は国を追われた敗者に過ぎないから。でも私は敬語が苦手だから、口調はこれでいい?」


「はい。問題ありませんよ。では私も貴女のことはフウカと呼ばせていただきますね」


「構わない。……じゃあ本題だけど、単刀直入にいく。――オルンをヒティア公国に連れていく・・・・・。ルシラには、そのための大義名分を作って欲しい」


 フウカがルシラに要求をすると、それを聞いたルシラは表情が硬くなる。


「…………やはり、それが目的で、各地の迷宮攻略を引き受けたのですね」


「うん。想定よりも教団の行動が早かったから、どうオルンを誘導させようか迷っていたけど、そのタイミングで、ルシラから迷宮攻略の依頼があった。これなら、違和感なくダルアーネまでオルンを移動させることができるから、利用させてもらった」


「貴女は――いえ、ヒティア公国は、一体どんなことを企んでいるのでしょうか?」


「それはルシラが知っても意味のないこと。これは、今回の戦争で王国がヒティア公国の援助を受ける条件・・・・・・・・なんだから、そっちに拒否権は無いよ」


 ルシラは周辺諸国の連合軍を組織すると同時に、大陸中央部の魔術大国であるヒティア公国にも助力を要請していた。

 そして、それに対するヒティア公国の回答は、『フウカの要求・・・・・・を飲むのであれば、王国を支援する』というものだった。


 そして、その要求が、『オルンをヒティア公国に連れていく』というもの。


「……わかりました。オルンをヒティア公国に向かわせるための理由を考えます。おっしゃる通り、貴女たちに対する借りが大きすぎて、交渉の余地・・・・・は無いでしょうしね」


 元々ルシラはフウカの目的をある程度察していた。

 だからこそ、フウカの要求に驚きはない。

 しかし、今や『王国の英雄』として祭り上げられているオルンが他国に行ってしまうことに対する国の混乱は決して小さくない。


 そのことを考えるとルシラは頭が痛くなってくる。

 探索者は戦場に出ないことになっているが、それでもオルンが居るか居ないか、それは国の中枢や戦う者、国民の心情に影響を与えかねない。

 それほどまでにオルンの存在感はこの一年で大きくなっていた。


「そう言ってくれると助かる。私も事を荒立てたくないから。それと一つ質問してもいい?」


「……なんでしょうか?」


「あんまり驚いていないようだけど、私の要求について事前に知っていたの?」


「ある程度察していましたよ。帝国の裏に《シクラメン教団》が居ることは間違いないでしょうし、その教団と真正面から対立している《アムンツァース》の裏にはヒティア公国がありますからね。いえ、かの組織は、ヒティア公国そのもの・・・・といった方が適切でしょうか」


「……驚いた。この国はそこまで掴んでいるんだ」


 ルシラの発言を聞いたフウカが珍しく目を見開く。


「いえ、国は知りません。これは私個人で、《シクラメン教団》や《アムンツァース》が引き起こした事件の状況証拠とヒティア公国の動きを分析して導き出した結論です。決定的な証拠が無いので、今まで誰にもこのことを話していません。当然、今後も誰にも明かすことはしませんよ」


 ルシラは幼少のころから天才と呼ばれていた。

 貴族院でも歴代最高の成績を叩き出し、未だにその記録は破られていない。


 彼女を天才足らしめているのが、ずば抜けた情報の分析能力と解析能力だ。

 国の中枢に近い立場に居る彼女は、国内で起こっている問題や事件、各国の動きを前に、その能力を遺憾なく発揮して、これまでにも様々な事実を言い当てている。

 その功績は全て彼女の兄である王太子に譲っているため、その事実を知る者は少ないが。


「ルシラの危険度は見直す必要があるね」


「できることなら、これからも良いお付き合いをしたいのですが」


 警戒心を強めるフウカに対して、ルシラは真意が読めない笑顔を向ける。


「食えないね」


「ふふっ、誉め言葉として受け取っておきます」


「……話はここまでにしておく。それじゃさっきの件、よろしくね」


 フウカが話を切り上げて、彼女の要望について釘を刺す。


「はい、わかりました。明日までに手配は済ませておきます」


 ルシラの返答を確認したフウカは、ルシラの元を去っていく。


「……はぁ。……やはり、この先に待っているのは、オルンを筆頭とした《アムンツァース》と、ベリア・サンスを筆頭とした《シクラメン教団》の激突ですか。……ですが、その前に私は帝国との戦争をどうにかしないといけませんね。――全く、平和な世というのは、すごく遠いですね」


 フウカの背中を眺めながら、ルシラは独自に集めた情報から導き出した答えを呟いていた。


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