214.祝勝会

「うーん……。師匠、これ、似合ってますか……?」


 普段の迷宮探索時に身に纏っている服装ではなく、きっちりとしたドレスコードをしているログが、居心地悪そうにそわそわしながら問いかけてくる。


「あぁ、ちゃんと似合っているから安心しろ。これから向かうところでは、そういう自信なげなところは見せないように気を付けてくれ。堂々としていないと、面倒なやつらに食い物にされるからな」


 ログと同じくドレスコードに身を包みながら、ログにアドバイスをする。


 何故俺たちがこんな格好をしているのかというと、これから他国の使者たちも交えて、今回の一件でダルアーネを守り切った、俺たち探索者や軍人たちを労う祝勝会が行われるためだ。


 まぁ、そんなのが建前であることは、暗黙の了解だろうが。


「は、はい! 堂々と、ですね!」


「とはいえ、今回は他の探索者や軍人も出席するから、多少の失敗は大目に見てくれるだろうし、深く考えずにパーティーを楽しみな。外部の応対は基本的に俺とルーナでやるから」


「ありがとうございます。今日は師匠とルゥ姉の姿を見て勉強させてもらいます!」


「そうだな、それくらいの心持ちで過ごしていれば良いと思うぞ」


「ししょー! おっまたせ~!」


 ログと二人で話をしていると、《黄昏の月虹》の女性たちが近づいてきた。


 三人も俺たちと同じく普段着ている服装ではない煌びやかなドレスに身を包んでいる。

 全員元々魅力的だが、それが更に引き出されているように感じる。


「いや、全然待ってないぞ。――三人ともドレスにあっているな。すごく綺麗だ。な、ログ?」


「はい、そうですね。……みんなとても似合ってる」


「えへへ~、ありがとー、ししょ―、ログ!」


 俺たちの感想を聞いた女性陣は、ソフィーは赤くなった顔を伏せながら、キャロルがはにかみながら、ルーナは普段以上に上品に笑いながら、それぞれ「ありがとう」と返答をしてくる。


「それじゃ、早速パーティー会場に向かうとするか。みんな準備はいいか?」


「ばっちりです!」「大丈夫です!」「無問題もーまんたいだよ!」「問題ありません」


 全員の返事を確認してから俺たちはパーティー会場へと足を踏み入れた。


 


 会場に入ると、中に居た人の大半が俺たちの方へと視線を移す。


 ――あの人が『王国の英雄』?

 ――彼があの天災を斬って、ダルアーネを救った探索者か。

 ――思っていたよりも若いですね、二十歳くらいでしょうか?


 会場に居た人たちが小声で話している内容が聞こえてくる。

 ……やはり、ジロジロ見られるのは、居心地良くないな。


「まずは主催者であるマリウス様への挨拶だ。みんな行くぞ」


 居心地の悪さを態度に出さずに、《黄昏の月虹》のメンバーと一緒に、ソフィーやセルマさんの兄であるマリウスさんのところへと足を運ぶ。


「マリウス様、今よろしいでしょうか」


 マリウスさんに近づいたところで、彼に話を掛ける。


「あぁ、オルン君。来てくれてありがとう。君には先日の父の一件に協力してもらったり、今日は魔獣からこの街を護ってくれたりと、世話になりっぱなしだね。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう」


 俺たちに気づいたマリウスさんが柔らかい表情で、礼を言ってくる。

 彼の父の一件というのは、ソフィーの婚約破棄のためにソフィーたちの父親である前クローデル伯爵を更迭した件だろう。


 元々俺が居なくても前クローデル伯爵を追い落とすだけの材料は整っていたらしいが、俺がマリウスさんに協力したことで、ルシラ殿下もマリウスさんたちの側に付くことを決めたらしい。


 王女の後ろ盾も手に入れたことで、マリウスさんはスムーズにクローデル家の当主の座と伯爵位を手に入れ、それによる混乱は最小限に抑えることができた。


 とはいえ、ルシラ殿下の行動は解せない部分がある。

 自分で言うのも何だが、俺は一介の探索者にしては影響力を持っていることは事実だ。

 しかし、王女を動かせるほどの力は無い。

 ルシラ殿下は、どんな思惑があって、マリウスさんの後ろ盾になったのだろうか。


「勿体ないお言葉です。私のお力がお役に立てたのであれば幸いに存じます」


「私は君への恩を忘れない。何かあったら遠慮なく私を頼って欲しい。私にできる協力は惜しまないよ」


「ありがとうございます。何かあった際には、頼らせていただきます」


 マリウスさんは、俺の言葉に満足気に頷くと、続いて俺の後ろに居る《黄昏の月虹》のメンバーの方へと視線を移す。


「《黄昏の月虹》の皆さんも、今回の事態の収束に力を貸してくれてありがとう。今日のパーティーを是非楽しんでくれ」


 マリウスさんが《黄昏の月虹》にも労いの声を掛けた後、しばらく逡巡していたように見えたが、覚悟を決めたような表情をしてから再び口を開いた。


「――ソフィア」


「は、はいっ!」


 ソフィーは、マリウスさんが声を掛けてくるとは思っていなかったようで、彼に名前を呼ばれて戸惑いの色を見せている。


 そんなソフィーの姿を見たマリウスさんが、一瞬だけ弱々しい笑顔を見せた後、貴族の表情へと切り替える。


「後で、少し時間をいただけないか? クローデル家の当主として、そして兄として・・・・、ソフィアと話がしたい」


「え、えっと……」


 マリウスさんの言葉に、ソフィーが視線を泳がせる。


「安心してくれ。悪い話ではない。それでもと話がしたくないのであれば、断ってくれても構わない。勿論断ったからといって、お前や仲間の立場が悪くなることは無いと約束する」


 ソフィーはマリウスさんの言葉を受けて押し黙っている。

 俺たちの間に沈黙が続く。

 全員がソフィーの返答を待っていると、マリウスさんを真っ直ぐ見据えたソフィーが口を開く。


「わかりました。パーティーが終わってからマリウス様・・・・の執務室に伺えばよろしいでしょうか?」


 ソフィーから他人行儀な名前で呼ばれて、悲しそうな表情を見せるマリウスさんが「それで構わない。待っている」と口にしてから、他に彼に挨拶に来た参加者たちの方へと向かっていった。


「ソフィー、大丈夫だいじょーぶ? お兄さんに会いに行くとき、付いていこうか?」


 硬い表情をしているソフィーを心配したキャロルが彼女に提案をするが、ソフィーは首を横に振る。


「心配してくれてありがとう、キャロル。でも、私は大丈夫。もう見失わない道しるべを見つけているから。今回はちゃんと帰ってくるよ。だから帰って来た時に笑顔で『おかえり』って言って欲しいな」


 そう言うソフィーには、一年前出会ったときに見せていたおどおどとした雰囲気は無かった。


「わかった! そういうことなら任せて! ソフィーが帰ってくる場所で待ってるね!」


 


 マリウスさんへの挨拶が終わってからは、他国の使節団の代表者や声を掛けてきた人たちとの会話を繰り広げた。


 中にはやや強引に俺を自分の国に連れて行こうと画策している人たちもいて、一切気が抜けなかったが、何とか無難に乗り切った。


「よっ、オルン。勧誘ラッシュは終わったか?」


 応対が終わって一息ついたところで、ハルトさんが声を掛けてきた。


「うん。ようやっとね」


「ま、あんだけの活躍を目の当りにしたら、みんな手元に置いておきたいと考えて当然だろう。お疲れさん」


「ありがとう。それよりも、ハルトさん一人? フウカは?」


 いつもフウカと一緒に行動しているイメージが付いているため、フウカが傍に居ないことに若干の違和感を覚えたため問いかける。


「あぁ、ウチの姫さんはあそこだ」


 ハルトさんがそう言いながら視線でフウカの居る場所を教えてくれた。

 彼の視線を辿ると、そこには料理の置かれたテーブルの側で、食事をしているフウカの姿があった。


「あはは……。フウカはブレないな」


 他国のお偉いさんも参加しているパーティーでも、食事にばかり目を向け、周りをほとんど気にしていない彼女の姿を見て、和んでしまった。


 彼女の表情は相変わらず変化に乏しいが、纏っている雰囲気からは幸せそうなオーラが感じ取れて、食事に大満足していることが見てとれた。


 


 それからも、ルシラ殿下と話をしたり、弟子たちにパーティーでの立ち回りについてレクチャーしたり、またまた勧誘に来た他国の使者を何とか躱したりしているうちにパーティーは終わりの時間を迎えた。


 


 明日、俺たちはツトライルへと帰る。

 ツトライルに帰ってからは、迷宮素材の確保のために迷宮探索をしたり、大迷宮の攻略を再開したりと、《夜天の銀兎》の探索者としての活動を再開することになる。


 それ以外にも既に王国と帝国の戦争は始まっていて、刻一刻と変化する情勢の中でクランの幹部として、クランの舵取りもしていかなければならない。


 これから忙しくも充実した日々が待っている。――その、はずだった。



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