2-B.付与術士から剣士へ

  ◇ ◇ ◇


「夢――か」


 翌日、目を覚ますと既に太陽は高く昇っていた。

 なんか、変な夢を見た気がするけど、詳しい内容が思い出せない。


「というか、寝すぎだろ、俺……」


 パーティを追い出された直後だっていうのに、昼まで寝てるなんて暢気なものだな……と自嘲じちょうする。

 昨日はこの宿に入ってすぐ不貞寝したから、今後の予定は何も決めていない。


 自分の図太さにやや呆れながらも、今後の予定を立てるために現状について振り返る。


 勇者パーティ時代に稼いだカネや換金できる素材が結構残っているため、しばらくは問題なく生活していくことはできる。

 しかし、残りのカネで過ごせる期間はどれだけ切り詰めたとしても、これからずっと働かずに生活できるほどではない。


 であれば、これからも少しずつカネを稼がなくてはいけない。

 カネを稼ぐ方法は大きく分けて三パターン。


 一つ目はこれまでと同様に探索者としてやっていくこと。

 大陸各地には迷宮と呼ばれる魔獣が出現する地下空間が点在している。

 その迷宮に潜り、得た物を売却してカネを稼ぐ人たちのことを探索者と呼ぶ。

 売却するものは主に、魔獣を討伐した際に得られる魔石や魔獣素材、迷宮内に存在する鉱石に植物などがある。


 二つ目はどこかに雇ってもらって定職に就くこと。

 得られるカネは少なくなるかもしれないが、危険はほとんどなく、安定した生活が約束されていると言っていいだろう。面倒な雇い主だったらその限りではないけど。


 三つ目は俺自身が店などを出店して自力で稼ぐこと。

 いくつか稼げそうな案はあるけど、確実性は一番低い。

 しかし、その分大金を稼げる可能性は一番高い。


「この候補の中なら、探索者一択なんだよなぁ……」


 正直考えるまでもなかった。

 俺は特に金持ちになりたいなんて思っていないし、この街に来たのは探索者になるためだ。

 探索者になった時はオリヴァーと一緒だったが、あいつを追いかけて探索者になったわけではない。

 探索者には自分の意思でなったんだ。


 さて、探索者としてやっていくことに決めたわけだが、まずは自分の今の実力を把握しないといけない。


 昨日までは付与術士として迷宮探索をしていた。

 俺が付与術士をやっていたのには色々と理由があるけど、パーティ事情でやっていた部分が大きい。

 もう勇者パーティの事情に縛られる必要が無いので、今日から俺は剣士に戻ることにする。

 剣士の探索者に憧れて探索者になった部分もあるから、ここは譲れない。

 勇者パーティにいたときも最初は剣士だった。

 確かに付与術士にコンバートする前は、オリヴァーの方が剣士として実力が上だった。今も身体能力だけで見ればあいつの方が上だ。


 でも、しばらく付与術士をやっていたおかげで、今の俺は、剣士を辞めることになったあの時より、数段強くなっていると思う。

 もしかしたら剣聖と呼ばれているオリヴァーよりも、な。


 とはいえ、ブランクがあるから、まずは勘を取り戻さないと。


 勘を取り戻せば一人でも大迷宮の中層までなら難なく切り抜けられるはず。


「そういえば、先日近くの迷宮が開放されたって聞いたな。いい機会だし行ってみるか」


 新たに見つかった迷宮に向かうことに決めた俺は、探索用の装備を整えてから宿屋を出た。


  ◇


 迷宮がなぜ存在しているのか全くわかっていない。

 数百年前から突然各地に出現するようになったらしい。

 迷宮の内部構造は様々だ。人工的な石造りの通路であったり、洞窟のようなものであったり、はたまた地上と同じような空間が広がっているものもある。


 迷宮は同じような構造が、十層から三十層程度まで続いているものだが、例外となる迷宮が大陸に四つ存在する。

 それが百層で構成されていると言われている巨大な迷宮、通称大迷宮だ。


 大迷宮では一定の階層を進むと景色が変わり、採れるものも大きく変わってくる。

 そのため大迷宮に潜っていれば他の迷宮に潜る必要が無いと言われているほどに、さまざまな魔獣素材や魔石に各種植物・鉱物が入手できる。

 実際にはそんなことはないのだが、ここでは割愛する。

 以上のことから、大迷宮の到達階層は探索者の中で一種のステータスとなっている。




 目的の迷宮に到着した。

 探索者ギルドの職員が迷宮の入り口で入場管理をしている。

 迷宮には、入場管理しているギルド職員にギルドカードを見せることで入ることができる。

 俺はギルド職員の元に向かい、その場で自分のギルドカードを見せる


「えっと……、あなた一人で迷宮に潜るの……?」


 ギルド職員の女性が俺の周りを見渡す。そして、一人しかいないことを確認してからそのような質問をしてきた。


「はい、問題ありますか?」

 

「規定的には問題無いよ。でもね、迷宮はとても危険な場所なんだよ? 一人で行くなんて無謀だよ。ギルド本部に行けばパーティを募集している探索者もいるから、先にパーティを組んでくるのが良いと思うな」


 ギルド職員の女性が優しい口調でアドバイスをくれた。


 この人の言っていることは正しい。

 だけど、この迷宮の魔獣の強さは、大迷宮の上層と同程度か、それよりも弱いと聞いている。

 それであれば俺一人でも問題なく対処できる。

 この人が親切で言ってくれているのはわかってるが、せめてギルドカードを確認してからアドバイスするべき相手かどうか判断してほしい。


「ご忠告ありがとうございます。でも俺は一人でも問題ありません。それは俺のカードを見てくれればわかると思いますが」


「カード……? …………ぇ……」


 俺のギルドカードを確認したギルド職員の顔が固まる。


 ギルドカードの地上での使い道は、持ち主が探索者であることを証明することくらいだ。

 そのため表示されているのは、持ち主の名前と大迷宮の到達階層の二つだけ。


 つまり、俺のギルドカードには、この街にある大迷宮の九十四層まで到達していることが表示されている。


「きゅ、九十四層到達者!? し、失礼いたしました! 無礼な態度を取ってしまい申し訳ありません!」


 俺のカードを確認したギルド職員の態度が一変。すごい勢いで頭を下げてくる。


「いえ、大丈夫ですよ。それじゃあ、中に入ってもいいですか?」


「も、勿論でございます! どうぞお入りください」


 入場を許可された俺は迷宮へと足を踏み入れる。


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