3.器用貧乏
迷宮の中は人工的な石作りの通路や広間が連なる迷路のようになっていた。
光を放つ鉱石が一定の間隔で壁に設置されているため数メートル先も問題なく見渡せるほど明るい。
注意しながらしばらく歩いたが、どうやら罠の類は無いようだ。
広間のような場所に出ると前方で影が動いたように見える。
注意深く観察すると影の正体はホーンラビットだった。
ホーンラビットは角の生えたウサギ型の魔獣だ。動きが素早いが耐久力は低いため、新人の探索者でも倒せる。
俺は左手首に付けている、収納の術式が封入されたブレスレット型の魔導具を起動する。
中に収納している剣を右手付近に出現させ、それを握る。
(剣を握るのも久しぶりだな)
ホーンラビットが相手なら後れを取ることは無いため、
ゆっくりと近づくと相手も俺の存在に気付いたようで、角を立てて頭突きをしてきた。
「遅いな」
昨日まで大迷宮の下層や深層の魔獣との戦闘を繰り返してきた俺にとっては、このウサギの動きは遅すぎた。
ギリギリまで引き付け、半歩身を引いて攻撃を躱す。
俺の真横を通り過ぎるウサギに対して剣を斬り上げる。
刀身は俺の想像通りの軌跡を描きながらホーンラビットの腹部に触れ、抵抗感を感じることも無いまま両断した。
ホーンラビットの体は黒い霧のように消えて、小粒の魔石だけがその場に残る。
「……久しぶりに剣を振ったけど、体が覚えているもんだな。これは安全マージンを取りすぎたかもしれないな。とっとと階層を降りるか」
単調な戦闘だったけど、剣を振るえた、それだけで満足だった。
その後もゴブリンやスライムと言った魔獣と遭遇したが、相手が一体だけであったため、大した労力も掛からずに倒せた。
魔獣を倒しながら、道を一度も間違えることなく三階層へと進んだ。
迷路のような造りと言っても、大迷宮の下層や深層に比べれば子供だましのようなものだ。
気流の流れやその他諸々のヒントが多すぎる。
三階層に入ってからは敵が複数になった。
複数と言っても同じ種類の魔獣が集まっているだけであり、この迷宮に現れる魔獣は知能も低い。バフが無くても倒すことができるが、バフの感覚にも慣れておきたかったので自身に支援魔術を発動する。
支援魔術とは読んで字のごとく任意の対象の身体能力を引き上げたり、装備の性能を引き上げたりと仲間を支援する魔術のことだ。
逆に能力を下げる魔術も支援魔術に含まれる。とはいえ、強力な魔獣には効かないため、あまり使う機会はない。
そして支援魔術をメインに使う人のことを付与術士という。
付与術士という役職は不遇だ。付与術士を数年やってきた俺が言うんだから、間違った考えではないと思う。
付与術士は常に時間に追われる。
例えば、基本的な支援魔術である【
効果は永続では無いため、当然いつかは効果が切れるが、効果が切れる時間は人によって違うのだ。
これは個人個人の魔力抵抗力によって、効果時間が変化してしまうことが理由とされている。
つまり付与術士は、仲間それぞれの効果時間を把握し、効果が切れる前に再度同じ支援魔術を掛け直す必要がある。
その上、他のポジションの人が付与術士に抱く印象は、支援魔術を掛けるだけで戦闘は他の味方に任せているという、ものらしい。
遠くから眺めているだけで戦っていないのだからと、戦闘中の指揮を付与術士に任せているパーティが大部分を占めている。
勇者パーティもその一つだった。
まぁ、この考え方に関しては天才付与術士の登場が大きい気もするが。
味方数人それぞれのバフの残り時間をカウントし、バフが切れる前に再度支援魔術を掛け直す。
更には状況に応じて新たな支援魔術を発動しながら、同時に指示もこなす。
その上、目立ちにくいためにあまり評価してもらえないというのが、付与術士の現状だ。
これは不遇と言って差支えないだろう。
実際の労力と周りからの評価が釣り合っていない。
支援魔術によって身体能力が上がった俺は、危なげなく複数の魔獣を一瞬で倒した。
倒し終わった後、周囲を警戒しながらその場で留まり、支援魔術が切れるのを待った。
「一八〇秒ジャストか、カウントしやすくていいな」
俺に対する支援魔術の効果時間は三分ピッタリだった。
これまでも自分に支援魔術を掛けたことはある。
ただ、今までは他のパーティメンバーのカウントを優先していたため、自分の効果時間を把握していなかった。
自分の効果時間を把握してからは様々なパターンで戦闘をした。
まずは効果時間が終了する間際に戦闘を始めて、戦闘中に支援魔術の更新をしてみた。
他にも近接戦闘中に攻撃魔術を併せて使ってみたり、オリジナル魔術の使い心地を試してみたりと色々なことを試した。
俺のオリジナル魔術の一つに、大きな恩恵がある代わりに効果時間が極端に短いというものがある。
今までは仲間の動きと発動のタイミングを合わせるのに苦労していた。
だけど、自分に対して使うのであれば、自分でタイミングを計れるため、非常に扱いやすくなったのは大きな収穫だった。
俺は二十回近くの戦闘で既に、過去の剣士としての立ち回りと、昨日までの付与術士の立ち回りを複合した、新たなスタイルを確立しつつあった。
「器用貧乏、か……」
俺の身体能力は探索者全体の中で比べても平均的なものだ。
魔術に関しても、
俺は凡人だ。
だけどそんな俺にも取柄はある。
それは、凡人が努力すれば手に入れられる技術をすぐに身に付けられる、というものだ。
身に付けられるとは言っても必要最低限のレベルで、そこから練度を上げるには相応の時間が必要となるけど。
まさに器用貧乏だな……。
それでも俺は強くなると誓い、探索者になった。
だからこそ探索者になってすぐに、自分の能力に限界を感じても、諦めるわけにはいかなかった。
そんな俺にできることは、知識を、技術を、
凡人ならば努力すればできることを、とことん極めていった。
結果、魔術の発動速度は、上級探索者よりも断然早くなったし、魔術について深く理解することで俺だけのオリジナル魔術の開発にも成功した。
身体能力についても、体の使い方や様々な武術なんかを駆使して、上級探索者にもどうにか付いていけるようになった。
今はまだ
『器用貧乏』っていうのは確かに良い意味の言葉ではない。
でも、そこから更に進化できれば、それは『万能』と言えるのではないだろうか?
もう、『器用貧乏』なんてバカにされないように、いつか
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