4.救出

 迷宮を順調に進んで行き、螺旋状の緩い坂道を下って七階層に到着した。


 階層の入り口にある大きな水晶にギルドカードをかざす。


 全ての迷宮に共通して、各階層の入り口には必ず大きな水晶がある。

 この水晶は転移装置の役割を果たしていて、この水晶から迷宮の入り口にある水晶へと一瞬で移動することができる。

 昔は各階層から迷宮の入り口への一方通行で、再度迷宮に入る時は再び一層から始める必要があった。

 しかし、数十年前にギルドがギルドカードを開発したことにより状況は一変。

 ギルドカードが記憶した水晶であれば、迷宮の入り口から即時に転移することが可能となった。

 そのおかげで迷宮の進行スピードが格段に上がった。

 昔は迷宮に寝泊りしながら探索していたらしいが、いまでは日帰りが主流となっている。


 更に、水晶には魔よけの効果もある。水晶の半径二十メートル内には魔獣が入ってくることが無いため、休憩所や簡易の避難場所にもなっている。


 つくづく探索者にとって便利な代物だ。




 そろそろ日が沈む頃合いのため、今日はこの辺りで引き上げることにした。

 ギルドカードをかざして迷宮の入り口に転移しようとしたところで、奥からパーティと思われる探索者の集団が安全地帯に駆け寄ってきた。


 魔獣から逃げてきたようで、一様に顔色が悪い。装備を見たところ実力のあるパーティには見えなかった。


「くそ! 何でこんなことに!」


 パーティの一人がやり場のない感情を吐き出すように吠える。

 何か失敗をしたらしいが、まぁ命があればやり直せる。今回の失敗も将来の糧になるさ。――って、何様のつもりなんだ、俺は……。


 心の中で自分にツッコミを入れていると、吠えた人とパーティの中で一番装備がマシな人――このパーティのリーダーっぽい――の話し声が聞こえた。


「オレのことをいくらでも恨んでくれて構わない。だが、オレは自分の判断は間違っていないと胸を張って言える」


「それでも、まだ成人もしていない少女を見捨てるなんて……!」


「飲み込んでくれ。あれだけの魔獣が出てくるなんて想定外の出来事だったんだ! オレは今日初めて出会った少女よりも、ずっと一緒にやってきたお前たちの方が大切なんだよ!」


 どうやら想定外に多くの魔獣が現れて、パーティメンバーの一人を囮に逃げ帰ってきたらしい。

 話を聞く限りではリーダーの人の言い分は理解できる。初対面の人よりも、今まで苦楽を共にしてきた仲間を優先するのはおかしいことじゃない。

 第三者目線で見れば、こいつらのやったことは最低以外の何物でもないが。


 ……他のパーティの事情になんて踏み込むべきではない。

 普段なら見捨てられた少女の運が悪かった、ということで終わる話だ。


 しかし、昨日パーティを追い出されたばかりの今の俺にとっては、他人事と割り切れない部分があった。

 パーティメンバーに捨てられるっていうのは辛いものだ。

 気持ちを切り替えたとしても、ふとしたきっかけで勇者パーティメンバーの顔が浮かんでくることがある。

 その度に切り捨てられたことを自覚させられる。


 更に少女の場合は、捨てられた場所に大量の魔獣が蔓延はびこっているとのこと。

 パーティ全員で切り抜けられなかった状況だったんだ。

 一人で残された少女は十中八九死ぬことになる。

 少女も探索者になったからには、死ぬ覚悟は出来ていると思う。

 でも、パーティメンバーに捨てられて死ぬなんて、欠片も思っていなかったはずだ。


 ここの迷宮の魔獣であれば数十体が相手だろうと、問題なく対処できる。

 間に合うのであれば――助けたい。


「それでもやっぱり――」

「聞くに堪えないな」


 なおも吠えていた探索者がリーダーに突っかかろうとしていた光景を見て、我慢できずに口を挟んでしまった。


「……なんだよ、お前」


 思いもよらぬところから声を掛けられた探索者は、一瞬ポカンとした表情をしたが、すぐに怒気を帯びた表情に変わる。


「話を聞いていたが、お前は駄々をこねるガキか。リーダーの指示に納得していないようだが、じゃあ何でお前は今ここに居るんだよ。少女を助けるわけでもなく、安全な場所に逃げてから文句だけ言いやがって。そういう奴が一番不快だ」


「お前……、言わせておけば、べらべらと……! あの状況で俺一人残ったって助けられるわけないんだよ!」


 探索者が俺に掴みかかろうとしてきた。


 掴まれる前に探索者の手首を掴み、逆の手を親指が下になるように相手の首元に添えてから側面に回る。


 背後から相手のかかとを蹴りながら、首に添えていた手を後ろに払いのけると、綺麗に倒れてくれた。


 地面に仰向けで倒れている探索者を見下しながら言い放つ。


「だったら、文句を言わずに、そこで寝てろ」


 空気が凍る。


 それを無視して俺はリーダーに話しかける。


「少女を見捨てた場所は?」


「……え?」


「少女を見捨てた場所をさっさと言え」


「こ、ここをまっすぐに進んだ突き当りを右に進んで、二つ目の路地を左に進んだ先だ」


 場所を聞いた俺はすぐさまその場所に向かうために、【敏捷力上昇アジリティアップ】を自身に発動する。


「お、おい、助けに行くのか!?」


「じゃなきゃ場所なんて聞いていない」


 リーダーの質問に答えながら、教えてもらった場所へと向かう。


 目的に向かう途中、先ほどのパーティを追いかけてきたと思われるオークと遭遇するが、時間が惜しい。


 中級魔術の【岩拘束ロックバインド】を発動し、オークの体を岩で固めて身動きを取れなくする。


 スピードを緩めることなく、そのまま拘束したオークの脇をすり抜ける。




 リーダーに言われた道順で進んでいくと前方にオークの集団を発見した。


 オークの数は十三体。

 確かに低位のパーティでは手こずる相手だが、俺なら難なく倒せる。


「いや……来ないで……。来ないでよぉ……! 死にたくないよ……。お姉、ちゃん……」


 オークは全員が同じ方向の壁を向いていて、その視線の先には緋色の長い髪をツインテールにしている少女がいた。

 少女は桃色の瞳に涙を溜めながらも、魔力障壁で身を守りながら必死に魔術で迎撃している。

 弱音は吐いているけど、その目はまだ死んでいない。


(この状況でもまだ諦めていないっていうのは、すごいな)


 俺は素直に少女の心の強さに感心した。


「……【風撃エアロショック】」


 少女の魔術の発動間隔を見極める。

 それからインターバルのタイミングで、初級魔術である【風撃エアロショック】を発動した。


 少女とオークたちの間の空気が拡散し、衝撃波が発生する。


 魔力障壁を張っていた少女には何も影響はない。

 ただし、オークたちはそういかず、ダメージは無くとも衝撃により三歩ほど後ろに下がったことによって、スペースができた。


「……え?」


 突然オークが後ろに下がったことで、少女が驚きの表情をしている。


 軽く地面を蹴ってオークの集団を飛び越え、少女の目の前に着地すると同時に、目くらまし目的で【閃光フラッシュ】を発動し、オークたちの視覚を潰す。


「魔力障壁に集中して。オークは俺が片付けるから」


「は、はい……!」


 少女にひと言そう告げてから、【力上昇ストレングスアップ】と【技術力上昇テクニカルアップ】を自身に、【切れ味上昇シャープネスアップ】を剣にそれぞれ発動し、オークの殲滅を始める。


 オークは元々知能の低い魔獣だ。

 その上、視覚まで失えば、ただの肉塊と変わらない。


 それぞれのオークの急所を斬り付けていく。


 支援魔術の恩恵を受けた剣からは、空振りしたと勘違いするほどに斬った時の感覚が伝わってこない。

 しかし、視界でもオークを斬りつけた場所から大量の血が噴き出している。


 返り血を躱しながら十数回ほど剣を振ると、周囲には魔石のみが残っていた。


 振り返って少女を確認すると、俺の突然の乱入に困惑したのか、魔力障壁すら張っておらず、ポカンとしていた。


 見たところ外傷はない。念のために回復魔術である【治癒ヒール】を少女に発動してから、安心させるために笑いかける。

 ……上手く笑えてるかな?


「私、生きてる……? こ、怖かったよぉ……」


 すると魔力障壁が消えて、少女は緊張の糸が切れたようにその場にへたり込むと、大粒の涙を流す。


 歳は十四歳くらいだろうか? 


 どうしよう……、年下の女の子が泣いたときの対処法がわからない……。


 少女は声を押し殺してはいるが、しばらく泣き止みそうにない。


 死を覚悟していた状況から助かったんだ。

 泣いてしまうのも仕方のない事だろう。


(そりゃ、怖かったよな)


 あの状況でパーティに捨てられたんだ。

 少女の立場に立つと胸が締め付けられるような感覚に襲われ、気が付くと俺は少女の頭を撫でていた。


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