5.《夜天の銀兎》
「あ、あの……」
少女の頭を撫で続けていたら、いつの間にか泣き止んでいたようで、潤んだ瞳がこちらを見つめてきた。
「おっと、ごめん。無遠慮に頭を触っちゃって」
咄嗟に撫でていた手を離すと、「あっ……」と少女から寂しげな声が聞こえた。
「そ、その、助けてくれて、ありがとうございました……!」
少女が深々と頭を下げてくる。
「どういたしまして」
「私、もうだめかと思って、半分諦めていました……。だから、その……、助けに来てくれたとき、す、すごく嬉しかったです……!」
少女は顔を赤らめながらも笑顔でそう言ってきた。
幼さを残しつつも整った顔立ちに笑顔も相まって、その表情は非常に可愛らしいものだった。
(……? 魔獣が近づいてきてる。この感じは……ゴブリンの集団か? 魔獣に襲われたばかりだし、今は戦闘を避けるべきだよな)
魔獣の気配を感じた俺は、即座に今後の行動指針を決めた。
「ここに来られたのは偶然だったけど、助けられてよかったよ。さて、一緒に外に出よう」
「は、はい」
立ち上がってから少女に手を伸ばすと「あ、ありがとうございます」と言いながら俺の手を握る。
そのまま引っ張って少女を立たせてから、ざっと少女の状態を確認する。
先ほど【
少女が後ろから付いてきている気配を感じながら入口へと向かう。
七階層の入り口まで戻ってきたが、先ほどのパーティはいなくなっていた。
(どこまでも薄情な連中だな。と言っても、残って居られても面倒な展開にしかならなそうだし、居ない方が良かったか?)
そのまま俺たちは水晶にギルドカードをかざして、迷宮の入り口へと転移した。
◇
さて、無事に地上に戻って来られたわけだし、護衛的なものはこれで終わりだ。
まだ完全には日が沈んでない。
ここからは一人でも大丈夫だろう。
「ここまで来れば君一人でも――」
「あ、あの!」
ここで別れようと提案しようとしたところを少女の大きな声で遮られた。
「ご、ごめんなさい、いきなり大声を出してしまって……」
「いや、それは大丈夫だけど、どうかした?」
「その、改めて、助けてくださり、ありがとうございました!」
少女が深々と頭を下げて、再びお礼を言ってきた。
(――あれ? さっきまで気にしていなかったけどその恰好、それにちらっと見えたマントの紋章は……)
少女は青を基調としたワンピースに黒のニーソックス。ワンピースの上から黒を基調としたマントを羽織っていて、魔術士だということがわかる恰好をしている。
そしてマントには月を連想するような紋章がある。
「――あ! そ、そういえば、自己紹介していませんでしたね。私はソフィア・クローデルと言います」
その服装に赤い髪、そして『クローデル』か……。
「俺の方こそ名乗りもせず、悪かった。俺の名前はオルン・ドゥーラだ」
「オルンさん、素敵な名前……」
ソフィアが小さく呟く。
多分独り言なんだろうが、残念ながらばっちり聞こえている……。
ありきたりな名前だと思うんだけどな。
まぁ、自分の名前を褒められて悪い気はしないから良いんだけどさ。
「そ、それでオルンさん! 私には大したお礼が思いつかなくて申し訳ないのですが……」
「別に礼をしてほしくて助けたわけじゃない。感謝の言葉も頂いたし、お礼なんていらないよ」
「そういうわけにはいきません! せめて夕飯をご馳走させてください! て、手料理ではないんですけど……」
……夕飯くらいならいいか。確かに俺が逆の立場だったら、何かしらの礼はしないとモヤモヤした気分になるし。
流石に年下に奢ってもらうわけにはいかないから、どうにか俺が支払うように持って行くけど。
「わかった。それじゃあ、ご馳走になろうかな。それで、いつにする? 俺の方はしばらく予定も無いし、いつでも大丈夫だけど」
「そ、それでは、急ですが、今日はいかがですか? その、明日からしばらく、予定が空けられないかもしれないので……」
「……いいよ。それじゃあ、今から行こうか? 場所は決まってるの? 決まっていないなら、おすすめの店を紹介するけど?」
「も、もう決まっています。安いお店なんですけど……。で、でも料理は本当においしいので!」
「値段は気にしないよ。おいしいのか。それは楽しみだな」
◇
迷宮の入り口からしばらくソフィアと二人で街を歩く。
「と、到着です!」
(……やはり
案内されたのは大手クランである《
クランとは簡単に説明すると、探索者を抱えている組織のことだ。
クランによって方針は様々だが、基本的には探索者が迷宮から持ち帰った素材を加工しそれを販売する。
そして、その売上でクランに所属している探索者の装備を整えて更に深い階層の探索をしてより良質の素材を持ち帰る、という循環をしている組織だ。
それ以外にもここのように料理店や雑貨屋なんかを経営しているところもある。
そのためクランには探索者の他にも鍛冶師や魔導具師、商人などの人間も所属している。
国内にいくつものクランが存在しているが、その中でも《夜天の銀兎》は頭一つ抜けている。
その理由は国内に三パーティしか存在しないSランクパーティの一つが在籍していることが最大の要因となる。
しかしそれだけじゃない。
それ以外にもクランの団員数が平均に比べて数倍と非常に多いこと。
その人員を使った様々な事業を展開し、その全てで成功を収めていることも大きな要因だろう。
去年クラン内部でごたつきがあって、大規模な組織再編があったと聞いている。
それでも民衆からの評価がごたつき前から変わっていないところを見ると、幹部が非常に優秀なのだろう。
ソフィアが羽織っているマントにある紋章は《夜天の銀兎》のものだ。
そのことから彼女が《夜天の銀兎》に所属している探索者だということはわかっていた。
しかし、それなら同じクラン内でパーティを組むはず。
何でソフィアは野良のパーティを組んでいたんだろうか?
……答えの出ないことを考えても仕方ないか。
ソフィアと一緒に店の中に入る。
中はオシャレな内装になっていて、客は若い人が多い。
若者が多くても雰囲気が騒々しいものではないし、なかなか居心地が良さそうな店だと思う。
「あれ……? お姉ちゃん、なんでここにいるの?」
ソフィアが店を見渡し、知り合いを見つけたらしく、その人に声を掛けた。――って姉!?
驚きながらもソフィアの視線の先を追うと、予想通りというか、俺の知っている女性が一人で食事をしていた。
「ん? ソフィアか。今日はこの近くで会議があってな。ちょうどいい時間だったからここで夕食を取ることにしたんだ。それにしてもソフィア、もうボーイフレンドなんて作ったのか? 流石に早すぎると思うんだ、が……」
ソフィアに声を掛けられた女性も振り返り、男と一緒にいるところを茶化そうとしたのだろう。
しかし、彼女が俺を視界に捉えると、彼女の纏う雰囲気が張り詰めたものに変わった。
「そんなんじゃないよ! 今日この人に助けてもらったから、そのお礼をしようとしただけで……。あ、紹介するね、この人は……。……あれ? お姉ちゃん?」
ソフィアは茶化されたことを真に受けて必死に否定する。
その後で俺を紹介しようとしたが、姉の雰囲気が変化していることに気が付いたようで戸惑っている。
「久しぶりだな、オルン・ドゥーラ」
「えぇ、久しぶりですね。セルマ・クローデルさん」
俺はこの人のことをよく知っている。
この人は、ある意味で俺が勇者パーティを追い出される遠因になった人だ。
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