6.大陸最高の付与術士

 深みのある赤い髪を耳より低く、うなじのあたりで一つ結びにしていて、ややツリ目の赤い瞳で睨みつけてきているこの女性の名前はセルマ・クローデル。


 彼女は《夜天の銀兎》に所属しているSランクパーティのリーダーだ。

 そして、国内の探索者の中では、勇者パーティのリーダーであるオリヴァーにも引けを取らないほどの有名人でもある。

 まぁ、この美貌に併せて大陸最高の付与術士・・・・・・・・・との呼び声も高いんだから、その名声も納得だ。


 それにしても、なんでこの人はこんなにも敵対心剥き出しで睨んできているんだろうか?


 彼女のパーティは大迷宮の九十二層に到達していて、現役の探索者の中では勇者パーティに次いで二番目に深い階層まで到達している。

 確かに俺が勇者パーティにいた頃は、彼女のパーティに追い抜かれないようにと、彼女のパーティの動向には注目していた。

 それは彼女も同じだろう。

 でも、だからってここまで睨まれる筋合いはない。


「まだ十四歳の私の可愛い妹を引っかけるなんて、いい度胸だな?」


 ……あー、そういうこと?


「誤解ですよ。確かに一緒に食事をしようとはしましたが、やましい気持ちはありません」


「あ? 私のソフィアが可愛くないって事か?」


 コイツ、めんどくさいな……。親バカみたいなこと言いやがって。どっち言っても不正解じゃねぇか!


「もう、お姉ちゃん! 私の命の恩人に失礼なこと言わないで!」


「……何? 命の恩人だと? ソフィア、一人で迷宮に行ったのか?」


 セルマさんはソフィアの発言を聞いて、怪訝な顔でソフィアを見つめる。


「あっ、えっと、それは、その……」


 ソフィアは自分の失言を自覚したようで、いたずらがバレた子どものようにションボリとしていた。


「はぁ……行ったのか。明後日から連日大迷宮に潜ることになるから、しばらく我慢しろとあれだけ言ったのに」


「ごめんなさい……」


「……まぁ、ケガもなく帰ってきてくれたわけだし、とやかくは言わないが、これからは勝手に行くのはダメだぞ」


「……うん」


 セルマさんは先ほどまでの表情とは打って変わり、ふわっとした笑顔でソフィアの頭を撫でる。


 これがアメとムチってやつか。


「オルン、妹を助けてくれたようで感謝する。先ほどは失礼な態度を取ってしまって、すまなかった」


「気にしていませんよ。それより周りの視線が厳しいんで、そろそろ席に座りたいんですが、相席しても?」


 この店を経営しているクランの幹部と言い争いをしているように見えていたようで、周りの客から非難の目線を集めていた。

 とりあえずこの視線から回避したい俺は、セルマさんと相席することで大したことではないと印象付けたいという打算からそのように言った。

 

「あぁ、問題ない、ソフィアも一緒に夕飯を食べよう」


「うん!」


 俺がセルマさんの正面、ソフィアがセルマさんの隣にそれぞれ座った。


 俺とソフィアはメニューを確認してから、適当なものを何品か注文してから、三人で食事を始めた。


  ◇


「それにしても、まともに会話するのはこれが初めてじゃないか?」


 さっきまで俺を睨みつけていたのが嘘のように、気さくに話しかけてくる。


「そうですね。先月の合同討伐でも、戦闘に関することしか話していませんでしたしね」


 先月の共同討伐には当然彼女も参加しており、戦闘の際はお互い付与術士ということもあり、セルマさんが全体の指揮をして、俺が彼女のサポートをしていた。


 俺がセルマさんと知り合ったのは先月だが、その前から彼女のことは知っていた。

 大陸最高の付与術士と呼ばれているのだから、知っているのは当然だと言われるかもしれないが、彼女が“大陸最高”と呼ばれる理由は、彼女が探索者初・・・・の支援魔術をメインに迷宮探索をしていたからだ。

 もしかしたら彼女よりも前から付与術士をしていた人もいたのかもしれないが、付与術士という役職が有名なものになったのは、間違いなく彼女のおかげだ。


 数年前まで探索者のパーティ構成は戦士や魔術士といった、いわゆるアタッカーと呼ばれる役割の人が四人と回復術士が一人という構成が一般的だった。

 今考えると脳筋パーティで、あり得ない構成だが、当時はそれが当たり前だった。


 その構成に異を唱えたのが、当時十六歳だったセルマさんだ。

 彼女は役割ロールという概念を作り、『アタッカー』だけではなく、相手の攻撃を引き付ける盾役となる『ディフェンダー』や、味方をサポートする付与術士や回復術士といった『サポーター』の三種類の役割をパーティメンバーそれぞれに与えた。

 それによって迷宮での継続戦闘能力が飛躍的に向上し、瞬く間にセルマさんのパーティが当時の現役探索者の最高到達階層を更新したことによって、ロールという概念が周知されていき、今ではパーティ構成の常識とも言われている。


 勇者パーティも例に漏れず触発され、結果的に俺が付与術士にコンバートすることになった。


「ねぇお姉ちゃん、二人は前からの知り合いなの?」


「ん? なんだソフィア、オルンのことを知らなかったのか?」


「え、うん。……もしかして有名な人?」


「当然だ。オルンは南の大迷宮で史上初の九十四層到達をした勇者パーティの1人だぞ?」


「勇者? ……え? ええええ!?」


 まぁ、他の四人ならともかく、俺のことを知っている人は少ないよな。ポジションも目立ちにくい付与術士だし、基本的に俺は勇者パーティの裏方の仕事をしていた。

 そのため俺個人が新聞に取り上げられることもないからな。


 ちなみに何故、有名な探索者や将来有望そうな探索者が、新聞に取り上げられるのか。

 それは貴族や一部の大商会が投資――つまり、探索者、延いてはパーティやクランに資金援助をするかどうかの一つの指標になるからだ。


 一般的な探索者は、基本的に迷宮探索をして入手した魔石や素材を、探索者ギルドに売却して金銭を得ている。

 そのカネは生活資金だけでなく、探索者としての活動資金にもなる。

 活動資金の用途は多岐にわたるが、武器や防具、魔導具といったものも、この活動資金の中から支出される。当然それらはピンキリだ。より良いものを欲すれば、相応の代金が必要になる。


 ただ、パーティメンバー全員の装備を整えるカネを探索者ギルドへの売却額だけで賄うのは、かなり厳しい。

 そこで登場するのが、先に述べた貴族や一部の大商会だ。彼らの資金援助を得られれば、より品質の良い装備を揃えることができる。


 では何故、彼らは探索者に資金援助をしてくれるのか。

 当然、善意だけでそれだけのカネを払っているわけではない。中には善意だけで出資してくれている酔狂な人も居るかもしれないけど。

 スポンサーと呼ばれる彼ら出資者には、探索者に資金援助をしているという認識はあまりない。彼らの認識では、探索者から素材を直接買い取っている・・・・・・・・・ことになる。


 前述のとおり、魔石や迷宮の素材は原則として探索者ギルドが買い取っている。そしてギルドはそれらを欲している者たちに販売している。そのため魔石はともかく、欲しい素材が確実に手に入る保証が無いのだ。

 そのため出資者たちは、事前に探索者へカネを支払い、必要な素材があった場合はその都度探索者に採ってきてもらっている。

 その方が確実に欲している素材を必要数手に入れることができるからだ。


 だからこそ迷宮探索で生きて帰って来られる可能性の高い探索者を選定するために、出資者たちは新聞の情報を参考にしている。


 まぁ、これ以外にも出資者が探索者に出資する理由はあるんだけど、長くなりすぎたのでそれは割愛する。


「あ、あの、えっと……」


 出会ったときから俺には緊張気味に接していたソフィアだが、更にガチガチに緊張してしまったようだ。

 やっぱり《勇者》って称号は、探索者についてまだよくわかってないはずの新人探索者でも恐縮するモノなんだな。

 単純にソフィアの性格がそうってだけの可能性もあるけど。


「別に畏まらなくてもいいよ。それに今の俺は勇者じゃないからね」


 努めて優しい口調でソフィアに話しかけたけど、緊張は解けずに首を縦に振るだけで、言葉は発していなかった。


「……ん? 勇者じゃない? まさかパーティを抜けたのか?」


 セルマさんは耳ざとく『勇者ではない』という発言から、すぐさまパーティを抜けたことを言い当てた。

 流石に勇者パーティの情報は聞き洩らさないか。

 さりげなく言ったからスルーしてくれるかもと思ったけど。

 とはいえ、しばらくしたら大々的に報じられるだろうし、言っても問題ないか。


「えぇ。昨日でパーティを抜けることになりました。今日ソフィアと会えたのも、現時点での自分の実力を把握したくて、難易度の低い迷宮に行ったためです」


 今日の迷宮探索で剣士を一旦辞めた昔より、様々な知識や技術が身に付いたおかげで強くなっていた。

 おかげで、大迷宮の中層程度なら一人でも問題なく探索できることが分かった。

 これからはソロで活動していくことになるだろうし、中層で得られる収入があればカネが底を突くことはまずないだろう。

 ソフィアを助けることもできたし、今日の収穫は満足いくものだった。


「お前ほどの人物を手放すなんて、オリヴァーは正気か? どう考えても引き留めるべきだっただろう。それにお前もなんでパーティを抜けたんだ?」


 どうやらセルマさんは、俺が自分の意思でパーティを抜けたものと考えているようだ。

 あえて訂正する必要もないか。追い出されたなんて言ってもかっこ悪いだけだし。


「パーティ事情があったんですよ。俺もオリヴァーも納得していることです」


 あれだけメンバーにバカにされて今さら戻る気はない。


「そうか。……では、オルンは今フリーってことだな?」


「ま、まぁ、そうですね」


 セルマさんが何かを企んでいる顔をしている。

 まさかクランへの勧誘とか? 光栄な話だけど、今はどこのクランにもパーティにも所属する気にはなれないかな。


「もしも予定が空いているなら、明後日からうちのクランで行う教導探索きょうどうたんさくに同行してくれないか? もちろん、相応の報酬を出すことを約束する」


「……教導、探索?」


 クランの勧誘ではなかった。

 聞き慣れない単語に俺は思わずオウム返しをする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る