100.【sideオリヴァー】回顧

「……ぅ……。ここは……?」


 気が付くと見慣れない天井が視界に映っていた。

 俺がベッドに横たわっていることはわかる。

 だけど、何故……?


「おはようございます、オリヴァーさん。体に違和感はありますか?」


 横からルーナの声が聞こえる。

 上半身を起こして、体調を確認するが違和感は全くない。


 その頃にはどうして俺がここで寝ていたのか、その理由が理解できた。


「体に違和感はない。――――そうか、俺は、負けたのか」


 オルンに負けたのは生まれて初めて・・・・・・・だ。

 俺は今まであいつに負けたことが無いし、これからも負けることは無いと信じて疑わなかった。

 だけど、負けた今、俺の中にあるのは『負けたのは仕方がない・・・・・・・・・・』といった諦念にも近い感情だった。


 何故このような感情を抱いているのか説明ができない。

 だけど、どこか清々しいようなそんな感じもする。


「……俺はどれくらい寝てた?」


「二時間ほどですね。既に表彰式も終わっていますよ。目が覚めたらすぐに屋敷に戻るようフォーガス侯爵から言われています。寝起き早々で申し訳ありませんが、すぐに移動しましょう」


 フォーガス侯爵からの呼び出し。

 間違いなく優勝できなかったことによるお小言だろう。

 全く気が乗らないが、行かないわけにもいかない。


「わかった。すぐに戻ろう」


  ◇


 闘技場から人通りの少ない道を歩き、俺たちの屋敷へと戻っている道中、俺は今後のことを考えていた。


 最近の勇者パーティは酷い有様だ。

 その片鱗は前からあったが、既に修復が困難なレベルまで来ているように思える。

 その最大の要因は、フィリーが加入したことによるものだろう。

 アネリだけでなく、最近はデリックまでがフィリーのやること成すこと全てを肯定してる。

 そのため、現在は彼女が実質的にパーティの方針を決めている状態にある。

 ただ、それが悪いことだとは思わないし、彼女がパーティリーダーになること自体は、何ら問題はない。

 彼女になら任せられるという安心感・・・もある。


 では、何がいけないのか。それはルーナとの衝突だ。


 ルーナにも何やら心境の変化があったらしく、ここ最近は積極的にパーティの方針に口を挟むようになってきた。

 それはオルンを脱退させた直後のような、全てを否定するようなものではなく、本当にパーティのことを思っての発言だということが伝わってくる。


 そして、ルーナとフィリーの意見がぶつかり合う時は、必ずアネリとデリックがフィリーの意見を尊重するため、多数決でフィリーの意見が採用される。

 俺個人としてはルーナの意見も尊重させてやっても良いと思える部分があるが、三人がそれを許さない。


 意見がぶつかるたびにパーティの雰囲気は険悪になっていく。

 そして数日前から、ルーナは見るからに元気を無くしている。

 原因はわからないが、何とかフォローしてやりたい。


(もう、このパーティは潮時かもしれないな……)


 これは少し前から思っていたこと。

 このパーティは解散した方が良い気がする。

 俺自身、今のメンバーで探索者をどうしても続けたいと思えないし、何より今回の俺の敗北で、民衆が《黄金の曙光》は《夜天の銀兎》よりも下だという印象を持つことになるだろう。


 俺は大切なものを護るためにも、一番で居なければならない。

 そうでないと、大切なものを失ってしまうから。




 ………………あれ? 俺の大切なものってなんだ?




 仲間?

 いや、今まさに解散しようと考えているのだから、失うのが怖いとは思えない。


 それじゃあ、家族?

 両親は十年前に野盗に襲われて村が無くなった時に、死んでしまった。

 俺に恋人はいないし、家庭を築きたいと思えるような人もいない。

 だから、家族も今の俺にとっての大切なものにはならない。


 だったら、名声?

 違う。そんなもののために探索者を続けているわけではない。


 俺が強くなってまで護りたいものって、なんだ?


「オリヴァーさん? どうしましたか?」


 ルーナの声で我に返る。

 どうやら俺は足を止めていたらしい。


「……いや、何でもない」


 考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。

 一緒に大迷宮を攻略しようと約束した親友を切り捨ててまで俺は、俺自身が大迷宮を攻略することを優先した。

 だけど、振り返ると俺に護りたいものなんて無かった。

 護りたいものを護るために強くなるという目的が、いつの間にか強くなること自体が目的に変わっていた。


 ははっ、なんで今気付くんだよ……。


  ◇


 屋敷に帰ってくると真っ先に、応接室へと向かった。


 そこには案の定フォーガス侯爵がワインを片手に高価な椅子に腰掛けていた。


 その向かいにはフィリーが椅子に腰掛けている。どうやら彼女が今まで応接していたようだ。

 そして、アネリとデリックの二人がフィリーの後ろに、まるではべるように立っている。


 良くも悪くも自分本位である二人がそうしていることに違和感を覚えるが、それだけなら百歩譲ってあり得なくは無いと思える。

 そう思えるくらいに、最近のこの二人はフィリーに心酔している。


 だけど、その二人が焦点の合っていないような目で佇んでいて、それはまるで人形なのではないかと思えるほどに、おかしな光景だった。


 二人の様子が変であることは想像に難くないが、今はフォーガス侯爵が優先だ。


「ただいま戻りました」


 俺を視界に捉えたフォーガス侯爵は、その表情に隠しきれない怒りを滲ませていた。


「一度ならず二度までも、よくも私の顔に泥を塗ってくれたな! この落とし前はどうつけるんだ!!」


 フォーガス侯爵は、普段は常に余裕のある言動をしているが、今の彼には見る影もない。


「……油断はしていませんでした。俺よりもオルンの方が強かった。それだけです」


 俺は素直な気持ちを吐き出したが、それでも自分の発言に俺自身驚いている。

 オルンに負けることがあったら、悔しくて堪らないと思っていたのに、今はただただ心が凪いでいる。


「油断は無かっただと? お前の実力はこんなものではないだろう! 十年前、ベリア・サンスを相手に善戦したのだろう!? だというのに――」

「フォーガス侯爵、しゃべりすぎよ」


 怒鳴り声が響く空間に、有無を言わさない圧力を感じる声が割り込む。


 今の声はフィリーか?

 怒り心頭のフォーガス侯爵が声を荒らげていたはずなのに、フィリーの一言でフォーガス侯爵が押し黙る。


 なんだ、これ。フィリーはこんな話し方だったか?

 フィリーが一言発しただけで、雰囲気が一変した。

 この場の上位者がフィリーであるかのような、そんな感覚に陥る。


 だけど、怒りに支配されているフォーガス侯爵は、それが癪に障ったようだ。


「黙れ、小娘が! 私を誰だと思っている! ここら一帯を支配している侯爵だぞ!?」


「吠えないでくれるかしら? そんなに騒がなくてもきちんと聞こえているわ。わたくしは貴方が何をしようとも口を挟むつもりは無かったけど、あのお方・・・・の名前を安易に口に出すことだけはいただけないわね。それは前から言っていたでしょ? それとも貴方は数歩歩いたら物を忘れてしまう鳥頭なのかしら?」


「鳥っ――、これほどの暴言を吐かれたのは生まれて初めてだ。タダで済むと思うなよ」


「あら、この程度で怒っちゃうなんて、流石は温室育ちのボンボンね。劣等種の分際で、貴方の方こそ分を弁えなさい」


 フォーガス侯爵相手に一歩も引かない。むしろ雰囲気だけであれば、フィリーが圧倒している。

 だけどこれはまずい。相手は曲がりなりにも侯爵――上級貴族だ。不敬罪で処罰されるぞ……。


「お、おい、フィリー少し落ち着いてくれ……」


「虎の威を借る狐が……! ベリア・サンスの威光がなければ何もできない――っ!?」


 フィリーが名前を出すなと言った『ベリア・サンス』という名前を、再びフォーガス侯爵が口にした直後、フィリーから濃密な殺気が放たれる。


 それに触れた俺は全身に悪寒が走る。


(ここまでの殺気は、感じたことが無い……。フィリーは何者なんだ?)


 俺の隣にいるルーナもフィリーの殺気に触れて、息を飲んでいる。

 しかし、事ここに至ってもアネリとデリックは身じろぎ一つしない。

 何が起こっているんだ?

 いきなりの展開に理解が追い付かない。


「やはり鳥頭のようね。ここまでどうしようも無いのであれば、今後の計画にも支障がでるわ。ここで処分しておきましょう」


 フィリーが不穏なことを呟きながら立ち上がる。


「わ、私を殺すというのか!?」


 フィリーが立ち上がったことによって、見下される格好となり、フィリーの殺気も相まってフォーガス侯爵が混乱状態に陥っている。


「そうね。それが手っ取り早いけど、運の良いことに貴方はかなりの影響力を持っている。そんな貴方をここで消すと、それはそれで面倒なのよね。だから殺しはしないわ――肉体的には・・・・・、ね?」


「ひぃっ……! ふ、ふざけるな! こんなところで終わって堪るか……! 貴様がそのつもりなら――!」


 そう言いながらフォーガス侯爵が、金色の何かを出現させる。

 あれは、魔石か?

 金色の魔石なんて見たのは初めてだ。

 それで何をするというのだ?


「――っ! それはっ!? やめなさい!」


 その魔石を見たフィリーが初めて焦りをみせた。

 それほどの物なのか?


「オリヴァー! この魔石を目に焼き付けるんだ!!」


 フォーガス侯爵がそう告げながら俺の目の前に魔石を突き出す。


「オリヴァー・カーディフ! 今すぐ目を閉じなさい! それを見てはダメ!」


 フィリーが見るなと言っている。

 だけど俺はこの魔石から目が離せなくなる。


 魔石を見ているうちに、動悸が激しくなってくる。


「う、うぅ……」


 全身の力が抜けて、ついに立ってられなくなった俺はその場で蹲る。


「オリヴァーさん! どうしましたか!? 大丈夫ですか!?」


 近くで声を掛けているはずのルーナの声がすごく遠く感じる。


(何だこれ、何だこれ……! 体が、熱い)


「ぐ……頭が……」


 続いて頭が割れるのではないかと思うほどの激痛に襲われる。


 それと同時に、俺の知らない記憶・・・・・・が流れ込んでくる。


「ぐああああ!」


 その記憶は全く知らないはずなのに、何故かまるで今までが偽り・・・・・・であったと、直感でわかった。

 そして、全身から力があふれ出してくることがわかる。

 混乱のさなかにあった俺は、あふれ出してきた力を御しきることができなかった。


 そして俺は――――。






 『ギルドを潰す』という決意と共に、意識を手放した。


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