225.ツトライル事変③ 元勇者

 

  ◇ ◇ ◇

 

  ―ツトライル街外北東部:第四迷宮近郊―

 

 セルマよりツトライル全住人に対して非常事態宣言が発令されてから暫く経った頃、ツトライルとその周辺は地獄と化していた。

 街中では、あちらこちらから火の手が上がり、絶え間なく悲鳴が上がっている。


 加えて街の外では、セルマ達の向かっていた第二迷宮の他に、カティーナたちの向かっていた第四迷宮からも魔獣が地上に出てきていた。

 大量の魔獣がツトライルに向けて侵攻してきている状況だ。


「くそっ、倒しても倒しても際限なく湧いてきやがるじゃねぇか!」


 第四迷宮から出てくる魔獣を抑えるグループに振り分けられていた《夜天の銀兎》所属のディフェンダーであるバナードが、一向に魔獣の数が減少しない状況に愚痴を零す。


「文句を言う余裕があるなら、一匹でも多く狩れ!」


 バナードの言葉に、同じく《夜天の銀兎》所属のアンセムが反応する。


「わかってる! にしても、今言うことじゃないかもしれないが、お前との共闘は去年の教導探索以来だな。また一段と腕を上げたじゃねぇか」


「そういうお前も、この状況で軽口なんて余裕だな」


 アンセムとバナードは一年前に《夜天の銀兎》が行った教導探索に引率者として同行したディフェンダーの二人だ。


 お互いが所属しているパーティは、どちらも大迷宮の八十九層に到達している。


「余裕なんかねぇよ。こうでもしてなきゃやってらんねえだろ……!」


 時々会話を挟みながら、アンセムとバナードを中心としたディフェンダーたちが魔獣の大半を引き付けて侵攻を防いでいる。


 そこにこのグループの指揮を任されているカティーナから、拡声魔導具越しに探索者たちへと声が飛んできた。


「後衛アタッカーのインターバル終了まであと二十秒! インターバルが終了次第、再び後衛アタッカーによる広範囲攻撃に切り替える! 前衛アタッカーは一度下がって! ディフェンダーはこのまま前線の維持を!」


 カティーナの指示を受けた前衛アタッカーたちはタイミングを見計らってディフェンダーの後ろまで下がり、休息していた魔術士たちは術式構築を始める。


 そして、再びカティーナが拡声魔導具越しに声を飛ばす。


「広範囲攻撃、カウント! 三、二、一、――攻撃開始!」


 カティーナの合図とともに、大量の攻撃魔術が魔獣の大群へと降り注ぐ。


 そのタイミングでアンセムたちも、もう片方のディフェンダーチームと入れ替わる。


 圧倒的物量を前に劣勢を強いられている探索者たちであるが、魔獣たちの強さが大迷宮中層に生息している魔獣と同程度であるため、何とか侵攻を防げていた。


「はぁ……はぁ……。この数はマジでキツイな……。街の中は大丈夫なのかよ……」


 前線から離れて一息ついていたバナードが、振り返って外壁の向こう側から上がっている多くの煙を視界に入れながら呟く。


「……楽観視できる状況ではないな。これは十中八九帝国による攻撃だ。最悪のケースも考えないといけないぞ……」


「最悪のケースってなんだよ、アンセム!」


 悲痛な表情をしているアンセムをバナードが問い詰める。


「……敵はツトライルで一番組織力のあるギルドを真っ先に潰したんだ。だったら次に考えられるのは、フォーガス侯爵を含めた貴族たちにダメージを与えるか、ギルドに次いで組織力を持っているウチを攻撃する・・・・・・・かの、どちらかの可能性が高い」


「……っ」


 バナードも薄々勘付いていたため、アンセムの言葉に反論することができないでいた。


 ツトライルの探索者の大半は街へと侵攻してきている魔獣の相手に駆り出されている。

 残った一部の探索者も、領邦軍と一緒に非戦闘員である住人の避難誘導に当たっている状況だ。


「今は魔獣を街に入れないためにも、俺たちがここを離れることはできない。ウチの団員たちが無事に避難できていることを祈るしかないんだよ」


 


 それからも絶え間なく続く魔獣の侵攻をアンセムたちが協力しながら防いでいた。


 そんな時、上空を覆うように巨大な魔法陣が現れた。


 そこから巨大な何かが地面に落ちる。


「巨大な魔獣っ!?」


 これまで魔獣が多くても、弱かったから何とか侵攻を防げていた。

 その戦場に、下層のフロアボスに匹敵する雰囲気を纏っている巨大な魔獣が現れる。


 空から落ちてきたのは、一つ目の巨人であるサイクロプスだった。


 突然の乱入者に戸惑いを見せる探索者たち。


 そんな彼らが落ち着くまで待つわけもなく、サイクロプスは即座に行動を起こす。

 サイクロプスの目元に赤黒く高密度な魔力の球体が現れると、それを探索者たちへと撃ち放つ。


「……あ――」


 探索者たちを壊滅させるには充分な威力の魔力弾を前に、自らの死を感じる探索者もいた。


 突如変化した戦場の変化に即座に対応したのは、《赤銅の晩霞》の二人だった。


「「――防壁魔導具、起動っ!!」」


 サイクロプスの攻撃に対して、《赤銅の晩霞》のカティーナとヒューイがダウニング商会より渡されていた魔導具を起動させる。


 最前線にいる探索者たちの前に、魔力の防壁が現れた。

 防壁と魔力弾が真正面からぶつかると、巨大な爆発音と強い衝撃波が周囲に広がる。


 魔力弾を防いだことを確認したカティーナが即座に探索者たちをざっと見渡す。


「死傷者は、いないわね。良かった……」


 探索者たちに死傷者が居ないことを確認したところで安堵の声を漏らす。

 しかし、未だに気は抜けられない。


 肉体的に無事でも、突然の巨大な魔獣の襲来と自分の死を予感させるほどの攻撃を前に、探索者たちの精神的なダメージは計り知れない。


「……ヒューイ、防壁魔導具はあと何回使えそう?」


 カティーナが隣に居るヒューイに問いかける。


「想定以上に耐久力が削られている……、多分、あと二回が限界」


 ヒューイの返答にカティーナは顔を顰めた。

 それから拡声魔導具を口元に持ってきてから声を上げる。


「サイクロプスの討伐を最優先とする! 上級探索者でサイクロプスの対処に当たって! ヤツのさっきの攻撃は、あと二回防げる、から……」


 グループ全体に指示を飛ばしていたカティーナの声が、徐々に弱々しくなっていった。

 それは、サイクロプスの目元に再びに赤黒く高密度な魔力の球体が生じたから。


(フウカから、教団の連中と一緒に改造された魔獣がツトライルを襲ってくるとは聞かされてたけど、改造された魔獣ってここまでとんでもないの!?)


 元々サイクロプスは高い耐久力で探索者たちの攻撃を意に介さず、接近戦を仕掛けてくるような魔獣だ。

 今のような魔力弾を放つような攻撃手段は無い。


 本来無い機構を教団による改造で取り入れたものであるとカティーナは考えていた。

 そのため、高威力の魔力弾を放つのには相応のインターバルがあるだろうと判断し、再度魔力弾が放たれる前に討伐するべく作戦を考えていたが、それは無情にも打ち砕かれた。


(だけど、魔力弾がインターバル無しの無制限ってことはないはず。いつかは限界がやってくる。でも、それはいつ? もしも、あと三回連続で放てるだけの余力を残していたら……)


 ネガティブな思考を振り払うようにカティーナは数度頭を振う。

 それから、再び防壁魔導具を使用するようヒューイに指示するべく口を開いた。


「ヒューイ、もう一度防壁魔導具で――」


「――ここでそれを無駄遣いすんな! ここは俺らに任せろっ!」


 カティーナの指示に被せるように、後方からやってきた男が声を上げる。


「誰っ!?」


 カティーナが驚いた表情で振り返ると、彼女の横を二つの影が通り過ぎる。


 それは、鎧を身に纏っている褐色肌の大男と、とんがり帽子をかぶった少女だった。


 二人組が、そのまま混乱しながらも魔獣の侵攻を防いでいたディフェンダーたちのいる最前線まで駆け上がる。


「何で、あの二人が……?」


 カティーナと同様に、ヒューイが驚いた表情で呟く。


 


 ――彼らは、昨年までツトライルで一番有名だった・・・探索者たち。


 


「オルンの【瞬間的能力超上昇インパクト】は無いんだから、気合入れなさいよ、デリック・・・・!」


「んなこと、言われなくたってわかってるっての! テメェこそ、【瞬間的能力超上昇インパクト】無しでアイツを殺せるのかよ、アネリ・・・


「当然でしょ。……もう、あんな無様は晒さないわ!」


 元勇者パーティ――《黄金の曙光》に所属していたディフェンダーのデリックと、後衛アタッカーのアネリが軽口を叩き合っている。


 そのまま二人は最前線のディフェンダーたちを追い越した。


 二人の前には魔獣だけとなる。


 そのタイミングで、サイクロプスから赤黒い巨大な魔力弾が放った。


 他の探索者たちが死を覚悟するほどの魔力弾。


 それを前に、デリックは不敵な笑みを浮かべながら大盾を構える。


 大盾と魔力弾がぶつかり、再び周囲に巨大な爆発音と強い衝撃波が広がる。


「――ハッ! ぬる過ぎだろ!」


 魔力弾を真正面から受けたデリックは全く意に介した様子もなく、ピンピンとしていた。


 そんなデリックの陰で魔力弾をやり過ごしたアネリが、杖をサイクロプスに向ける。


「的が大きくて助かるわ。死になさい、デカブツ!」


 直後、巨大な身体が見えなくなるほど大量の魔法陣がサイクロプスを覆う。


 昨年、醜態を晒していたアネリとデリックだが、曲りなりにも人類で初めて南の大迷宮九十四層に足を踏み入れた者たちだ。

 フィリーの【認識改変】の呪縛からは、すでに二人とも逃れている。


 アネリは、精霊を自在に扱えるルーナを差し置いて、《黄金の曙光》の後衛アタッカーを務めていた。

 それは当然、アネリがルーナよりも後衛アタッカーとしての適性が上だったからに他ならない。


 アネリの最大の強みは、並列構築で同時に構築できる術式の数だ。

 その数は、規格外といって差し支えない。

 並列構築という一点に限って言えば、オルンすらも凌駕するほどなのだから。


「――【六系統の多連槍エレメントジャベリン】」


 アネリの発声に呼応するように、サイクロプスを覆う大量の魔法陣から、土・水・火・風・氷・雷のいずれかの系統属性を纏った槍が撃ち出される。

 槍の残数が減ると、都度術式を構築してはそれに魔力を流していく。


 サイクロプスが黒い霧へと変わったことを確認したアネリは、それで終わらなかった。


「ついでに死んでおきなさい、雑魚ども!」


 続いて、サイクロプスが現れた時のように上空に大量の魔法陣が現れ、そこから降り注ぐ槍が次はツトライルへと侵攻しようとしている魔獣たちを標的にする。


 そして、あっという間に文字通り魔獣は全滅した。


「ふぅ。こんなところね。――カティーナ! わかってると思うけど、氾濫は戦いが終わるまで・・・・・・・・続くわよ。今のうちに体勢を整えて!」


 魔獣の殲滅を終えたアネリは、後方に居るカティーナに声を掛けながら近づいていく。


「ディフェンダー陣も、ひとまず休んでろ。しばらくは俺が前線を支えるからよ」


 最前線に残っていたデリックはアンセムたちディフェンダー陣にそう伝えると、第四迷宮から出てきた新たな魔獣へと向かっていった。

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