224.ツトライル事変② 来襲

 

  ◇ ◇ ◇

 

  ―ツトライル:探索者ギルド―

 

 時間は少し遡って――。


「あーあ。結局今年の感謝祭は中止かぁ……」


 探索者ギルドにて、女性職員のリズがぼやきながら書類整理をしていた。


「まだ落ち込んでたの? 帝国との戦争中にお祭りなんてするわけにもいかないんだから、仕方ないでしょ?」


 そんなぼやきを隣で聞いていた別の職員のエレオノーラが呆れたような声を漏らす。


 ツトライルでは、毎年五月下旬から六月初旬にかけて感謝祭という祭りが催されていた。

 感謝祭とは、ツトライル全体を挙げて行う祭りであり、その期間中は大迷宮への入場が禁止されている。


 その理由は、多種多様な素材が入手できる大迷宮の存在がノヒタント王国の経済発展を下支えしているといっても差支えないため、その大迷宮に感謝する期間であるためだ。


 とはいえ、それはあくまで表向きの理由に過ぎない。

 実際は、入場禁止としている十日間で迷宮内のバランスを整えるためとなる。

 今後も継続的に安定して素材が手に入れられるようにと。


 しかしエレオノーラの言った通り、王国は帝国と戦争状態に入っている。


 それに伴い、魔導具の素材やその動力となる魔石は平時よりも必要となる。

 国が探索者に迷宮探索を推進している現状では、迷宮の入場を禁止することは現実的ではないとして、今年の感謝祭は中止となっていた。


「仕方ないでしょ。今年も武術大会でオルン君の雄姿を見たかったんだもん!」


「リズは相変わらずオルン君のファンなのね」


「当たり前じゃない! Sランク探索者なのに物腰柔らかで、何より顔が私好み!」


「結局顔なのね……」


 力説しているリズを見て、エレオノーラは力の 抜けたような声で呟く。


「そこは重要でしょ! 《黄金の曙光》の担当だったエレオノーラエリーは、ほぼ毎日のようにオルン君とおしゃべりできて羨ましかったわぁ」


「だったら少しは手伝ってくれたら良かったのに。《黄金の曙光》が勇者パーティになる少し前あたりから、私がすごく忙しくなったの知ってたでしょ?」


「オルン君とのおしゃべりなら喜んで引き受けたけど、それ以外は無理ね。手伝ってたらストレスでどうにかなっちゃいそうだもん。特にアネリ! あの生意気な態度で接してこられたら張り倒したくなっていたわね」


「張り倒すって……。アネリはアネリで可愛かったじゃない。子犬が虚勢を張って吠えているような、あの感じ。頑張って自分を大きく見せようとしているんだな~って思えて、微笑ましかったわよ?」


「え、エリーって結構良い性格してるよね……。って、そういえば、去年の事件からオルン君とルーナちゃんの話は聞こえてくるけど、オリヴァーとデリックとアネリの話は全く聞かなくなったわね。あの子たちって、今何してるんだろ。担当だったエリーなら何か知ってるんじゃない?」


「…………さぁ、どうかしらね」


「うわっ、何その意味深な間は! 絶対何か知って――」


 エレオノーラの反応に、何か情報を持っていると考えたリズが彼女を問い詰めようとしたタイミングで、出入口付近から突然衝撃音が聞こえてきた。


 建物内に居た人間全員が衝撃音の聞こえた方を向く。


「全く、普通に扉を開けることはできないのですか?」


「あ? 何でテメェの指示に従ってやってんのに、文句を言われなきゃなんねェんだよ」


 ひしゃげた扉が倒れ、扉の無くなった出入口から二人の人間が建物の中に入ってきた。


 一人は貴族然とした雰囲気を醸し出している男――《羅刹》スティーグ・ストレム。


 もう片方は不機嫌さを隠すつもりも無さそうな粗野な男――《戦鬼》ディモン・オーグル。


 その組み合わせは、傍から見れば貴族とその用心棒の組み合わせだった。


「お騒がせしてしまい申し訳ありません。私たちはギルド長であるリーオン・コンティに用があるのですが、どなたか呼んできてもらえませんか?」


 スティーグが相変わらずの邪気のなさそうな笑みを浮かべていた。


「か、畏まりました! すぐにギルド長を呼んできますので、少々お待ちください!」


 スティーグを貴族の人間と勘違いしたギルド職員の男性が、駆け足でギルド長リーオンの元へと向かう。


「おい、兄ちゃん。何に気を立てているのかは知らないが、モノに当たるのは良くないぜ。ここは探索者ギルドの建物だ。ギルドを敵に回すような行為はするべきじゃない。ギルド長が来たら謝っておきな」


 ギルド内に居た探索者の男がディモンの肩に手を置きながら、建物の扉を蹴り破ったことについて、優しい口調で宥めるように注意する。


「…………」


 ディモンが気だるげな表情で、男の方へ視線を向ける。


「それと、背負ってるその大剣、収納魔導具に入れておいた方が良いぞ。抜き身のままだと危ないだろ?」


 態度はともかく話を聞いてくれると判断した男が、更に注意を重ねる。


「……テメェは一体何様だ?」


 ディモンが青筋を立てながらドスの利いた声を発する。


「な、何様って、俺はただ、注意を――」


 男が最後まで言葉を話す前に、ディモンの腕がブレる。


 いつの間にかディモンの手には背負っていたはずの大剣が握られていた。

 そして、上半身と下半身に両断された男の死体が彼の足元に転がる。


 ディモンが大剣を握っているのと逆の手のひらを死体へと向ける。

 すると、その死体から赤黒い煙のようなものが立ち上り始めた。

 それがディモンの手のひらに集まり、飴玉のような小さな塊になった。


 ディモンはその赤黒い小さな塊を口の中に放り込むと、ゴクリと音を鳴らしながら丸呑みにする。


 その頃には、建物内に居た人たちも理解が追い付いたのか、そこかしこから悲鳴が上がり始めた。


 悲鳴を聞いたディモンが獰猛な笑みを浮かべる。


「ハハハ! 良い悲鳴を出してくれるじゃねェか! あー、もう我慢できねェ。おい《羅刹》、もう全員殺してもいいよなァ!」


 ディモンの言葉に返答するためにスティーグが口を開こうとしたところで、


「――待ちなさい」


 別方向から男の張った声が響く。


 そこには探索者ギルドの長――リーオン・コンティがスティーグとディモンへ怒りの籠った視線を向けていた。


「《戦鬼》殿、貴方の気持ちはわかりましたが、もう少しだけ我慢してください。――ギルド長、遅かったですね。そのせいで人が一人死にましたよ?」


 リーオンの姿を確認したスティーグはディモンを諫止してから、罪悪感の欠片も無さそうなあっけらかんとした声をリーオンに向ける。


「……理不尽この上ないが、確かに彼の死は到着が遅かった私の責任だ。しかし、私はこうしてこの場にやってきた。これ以上、人を殺すことは許さない」


 スティーグの発言に、リーオンは肩を震わせ眉間に青筋を立てるが、声を荒らげることなく言葉を発する。


「それはギルド長次第ですね。貴方の返答次第ではこの街を滅ぼす必要がありますので」


「…………」


「私の質問に答えてくれれば良いだけですので、そんな怖い顔をしないでくださいよ」


 なおも神経を逆なでるように、スティーグは邪気の無い笑みを浮かべながらリーオンに言葉を向ける。


「……だったらさっさと質問しなさい。そして、すぐにこの街から出ていきなさい」


「何故そこまで怒っているんでしょうか? 駒が一つ壊れた程度、貴方にとっては大したことではないでしょうに」


「〝ひとでなし〟であるお前の基準で私を語るな。とっとと質問をしろと言っているだろう」


「せっかちですね。では、質問させていただきますね。――何故、道を閉ざした・・・・・・のですか? おかげで私たちはここまで徒歩で来る羽目になりました。ギルド長ごときが教団幹部われわれの時間を無駄に使わせたのですよ? これは明確な反逆ですよね?」


 恐怖に身体を震わせながら、スティーグの〝質問〟を聞いていたエレオノーラには、彼が何を言っているのか理解できなかった。


 しかし、質問を受けたリーオンには意味が通じているのか、


「それはキミの勘違いじゃないのか? 私は道を閉ざしていない。何なら見せても構わないよ」


 気負った様子もなく淡々と答える。


 その回答を聞いたスティーグは笑みを深める。


「そうですか。では、死んでください」


 スティーグが脈絡なくそう告げると、パンッと破裂音が建物内に響いた。


 エレオノーラが何の音かと疑問に思っていると、リーオンが自身の胸を押さえながらふらつき始める。

 そんな彼の胸元からは大量の血が流れ出ていた。


「ギルド長!?」


 誰かが声を上げる。


「全員、ここから、逃げな、さい」


 リーオンはかすれながらも声を必死に出しながら、手首に付けていたカヴァデールより受け取った魔導具を起動する。

 そして、セルマへ念話を飛ばした。


『セルマ君……。この声が、届いていると、信じて、話す……。どうか、ツトライルを、護ってくれ……』


 それを最後に、リーオンは力尽き、その場に倒れた。


 その光景を無感情に見ていたスティーグが口を開く。


「《戦鬼》殿、お待たせしました。迷宮の氾濫も無事起こりましたし、こちらも始めましょうか」


 スティーグが無造作に腕を振る。


 すると、彼の周囲に無数の細い光の線が走った。


 光が走った場所は、そこに人間が居ようが建物があろうが、全てを両断していく。


「ようやくかァ! 待ちわびたぜ!」


 細切れになって倒壊を始めた場所の中心で、ディモンが迸るほどの殺気を周囲にまき散らしながら、大剣を手にスティーグの光の線から逃れた人たちを殺し始める。


 探索者たちの一部が抵抗するも、それは大した意味を成していない。

 その場の人間が次々と死体に変わっていく。


 ディモンによる殺戮を傍目に、スティーグはゆっくりと歩き始める。


 現在進行形で建物だったものが瓦礫となって降り注いでいるというのに、スティーグの頭上には小さな欠片一つ落ちることなく、彼の歩みを阻むことも無かった。


 そんな彼の後ろ姿が、エレオノーラの見た最期の光景だった――。


 


 スティーグは元々ギルド長室があった場所へと辿り着くと、そこでカードのような魔導具を起動した。


 その魔導具に反応したように彼の目の前にあった地面が消え、地下へと続く階段が現れる。


 スティーグはそのまま階段を降りる。


 下まで降りきると、そこは縦横高さ全てが五メートル程度の立方体にくり抜かれているかのような空間となっていた。


 そこでもスティーグはカードのような魔導具を起動した。


 すると、何もなかった床に魔法陣が浮かび上がる。


「ふむ……。確かに現時点では・・・・・道が閉ざされていませんね。先日は間違いなく閉ざされていたというのに。抹消したのではなく、改竄していたということでしょうか?」


 その魔法陣を目にしたスティーグが顎に手を当てながら呟く。


「しかし改竄するには術理を理解している必要があるはずです。 只人でしかないリーオンには不可能なはず。では、《剣姫》殿? いえ、彼女でしたら緻密な作業を要求される術式の改竄なんかせず、抹消を選択する方が自然でしょう。だとすると、いったい誰が……?」


 魔法陣を眺めながらスティーグは続ける。


「ふふふっ。なかなか面白い置き土産を遺してくれましたね、リーオン・コンティ」


 スティーグが普段の笑みとは違う楽しげな表情で笑う。


 それから一旦思考を止め、魔法陣を起動させた。

 ひときわ魔法陣の光が強まると、次の瞬間、彼の目の前に赤衣を身に纏った集団が現れる。


 赤衣の集団がスティーグに跪く。


 それから先頭に居た男が口を開いた。


「《羅刹》様、何なりとご指示を」


「一つやってもらいたいことが増えました。この場に二人残り、それ以外のものは、予定通り、住民の虐殺と《夜天の銀兎》の団員の生け捕りを」


「「はっ!!」」


 スティーグの指示を聞いた赤衣の集団の大半は立ち上がると、即座に階段を駆け上り、地上へと出ていく。


「《羅刹》様、我々へのご命令は?」


 未だ跪いたまま待機していた赤衣がスティーグに問いかける。


「リーオン・コンティに問い質さなければならないことができました。瓦礫の中から彼の死体を回収してください。回収後は、その死体を《死霊》殿の元へ運んでください」


「御意の通りに」


 別件を任された赤衣の二人も階段を上がり行動を開始する。


「さて、私も暇つぶしに《夜天の銀兎》の探索者を殺して回りますか。死体も多少は用意していた方が喜んでくれるでしょう。――ふふふっ。約束通り・・・・舞台を整えてあげましたので、早く来てください。遅ければ遅いだけ、死体の山が積み上がってしまいますよ、オルン・ドゥーラ」


 《シクラメン教団》の幹部、《羅刹》と《戦鬼》によるツトライルの虐殺は、こうして始まりを告げた――。

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