226.ツトライル事変④ 《戦鬼》

 

  ◇ ◇ ◇

 

  ―ツトライル:探索者ギルド近傍―

 

「ホラホラぁ! オレを愉しませるためにも、もっと必死に抗ってみろよォ!」


 大量の血痕によって赤黒く染められた場所で、《戦鬼》ディモンはそこに集まっていた中央軍の兵士を次々に 死体へと変えていた。


「戦略級魔導兵器を使用する! 奴を人間だと思うな! 周辺の住民の避難は終えている! 肉の一片も残さぬつもりで事に当たれ!」


 ツトライルに駐在している中央軍の指揮官が声を上げる。

 その指示を聞いた中央軍の兵士たちは、魔石の付いている小杖を出現させた。


 その小杖の先端付近から魔法陣が浮かび上がると、同じような魔法陣がディモンを覆う。


「……へぇ」


 自身の周りに現れた魔法陣を見たディモンが感心したような声を漏らす。

 その表情には相変わらず余裕があった。


「化け物を爆砕せよ!」


 指揮官の号令に、兵士たちが魔導兵器である小杖を起動させる。


 直後、特級魔術である【超爆発エクスプロード】を遥かに超える威力の大量の爆発がディモンを襲う。


 その余波で周囲の残っていた建物や瓦礫が吹き飛ぶ。


 小杖の機能で身を守られている兵士たちは無事であったが、探索者ギルドのあった場所はクレーターのように抉られ、その地表の一部が超高温に晒されたことで溶けていた。


「これなら……!」


 指揮官が確かな手応えを感じていると、


「ハハハ……。アハハハハ!」


 未だに立ち上っている煙の中心からディモンの笑い声が上がる。


「バカな……」


 その笑い声を聞いた指揮官が絶望したような表情で声を漏らす。


「残念だったなァ! お前らごときが何をしようがオレに傷一つ付けることは不可能なんだよォ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、煙の中からディモンが現れた。


 今の爆撃を耐えること自体があり得ないことだ。

 しかし、仮に耐えたとしても、爆撃直後のそこは灼熱の空間となっている。

 肌を晒せば重度の火傷を負うことになり、呼吸するだけで肺を焼かれる。

 兵士たちは小杖が作り出した空間によって護られているが、ディモンにはそれが無い。

 だというのに、爆撃を受ける直前と何一つ変わっていなかった。


「なんだよ、これ。こんな化け物に、勝てるわけ、無い」


 そんなディモンを見て、戦意を失った兵士の一人が呟く。

 その思考が兵士全員に伝播していき、中央軍は機能を失った。


「オイオイ、お前らは命を懸けて街や住人を守る人間なんだろォ!? だったら命懸けで向かって来いよォ! もっともっとオレを愉しませてくれよ!」


「い、嫌だ……。こんな無駄死に、したくない……!」


 兵士のそんな泣き言を聞いたディモンから表情が消える。


「……はぁ。つまんねェ。全員、死んどけ」


 心底つまらなそうな声でディモンが呟く。

 すると、戦意を失った・・・・・・兵士たちが、まるで水風船が破裂するかのように体内にあった血液を周囲にまき散らし、全員が絶命した。


「飽きたな。《剣姫》も現れねェし、《羅刹》を殺しに行くかァ。アイツなら多少は俺の飢えを満たしてくれそォだしな」


 死んだ兵士たちには一瞥もせず、次の行動を決めたディモンが動き出す。


 ――次の瞬間、彼の頭上に魔法陣が出現した。


「あァ?」


 ディモンが魔法陣を見上げたところで、魔法陣から極大な雷が降り注ぐ。


 しかし、この雷もダメージには至っていない。


 雷を意に介す様子も無く、ディモンが【天の雷槌ミョルニル】を発動した術者の方へ顔を向ける。


 そのタイミングを見計らったかのように、ディモンの背後に《夜天の銀兎》のウィルクスが現れた。


 そのまま手に持つ双刃刀をディモンへ振るう。


 完全な死角からの不意打ちだ。

 それにも関わらず、ディモンは当たり前のように大剣を盾のようにして、双刃刀を受ける。


 ウィルクスは 苦い表情をしながら、ディモンとの距離を取る。


「ルクレ、攻撃の手を緩めるな!」


「わかってる!」


 ルクレーシャがウィルクスの声に返答しながら、構築した術式に魔力を流して【雷槍サンダージャベリン】を発動する。


 撃ち出された三つの雷の槍がディモンに迫る。


 それをディモンは手に持つ大剣で難なく全てを叩き斬った。


 ディモンが雷の槍に意識を割いたところで、ウィルクスが再び双刃刀を振るう。


 その攻撃に対して、ディモンが大剣を切り返して迎撃した。


 ウィルクスは真正面から大剣と打ち合うことは無く、角度を変えて受けることで、大剣が双刃刀の刀身の上を滑る。


 僅かにディモンの体勢が崩れた。


「おっ?」


 ディモンから意外そうな声が漏れる。


 大剣を凌いだウィルクスの左拳がディモンの胸の辺りを捉えた。


「吹き飛べ!」


 ウィルクスが声を上げながら左拳を振りぬく。


 彼の左の中指には指輪型の魔導兵器がはめられていた。


 ウィルクスの放った言葉の通り、ディモンが後方へと吹っ飛ぶ。


「【超爆発エクスプロード】!!」


 受け身を取ったディモンに、ルクレーシャが攻撃魔術で追撃する。


「痛ッてェな」


 煙の中から出てきたディモンが、口の端から零れた血を適当に拭う。


「嘘でしょ……」


「今の攻撃で倒れないって、マジかよ……。化け物過ぎるだろ……」


 大したダメージを負っていないディモンを見て、ウィルクスとルクレーシャが冷や汗を流す。


 彼に支給された指輪型の魔導兵器は、奇しくも《赤銅の晩霞》のハルトが得意としている氣の応用である内部破壊に近いものだった。

 人間であれば一度受けるだけで瀕死は免れない凶悪な兵器だ。

 それに加えて特級魔術の直撃を二度も受けている。


 それなのに未だにディモンが立っているという事実を前に、二人は戦慄していた。


「ハハハ! いいなァ、お前ら。間抜けな兵士たちの中に居ながら戦意を失っていない・・・・・・・・・なんてよォ。なら、《剣姫》が現れるまでの暇つぶしに付き合ってもらおうか!」


 ディモンがそう声を上げたところで、彼の身体がブレた。


 次の瞬間にはウィルクスの目の前に移動したディモンが自身の大剣を振り下ろす。


「――っ!?」


 ウィルクスがほとんど反射で双刃刀を扱いディモンの大剣を受け流す。


「それはもう見たんだよ。そらお返しだァ!」


 ディモンの左拳をウィルクスに叩き込まれた。


 そのまま後方へとぶっ飛ばされる。


「がはっ!」


「ウィルっ!? このっ!」


 ルクレーシャがウィルクスへの回復魔術とディモンを妨害するための攻撃魔術を同時に行使する。


 追撃を仕掛けようとしていたディモンも、ルクレーシャの攻撃魔術を見て回避に切り替える。


「ルクレ、助かった」


「これがボクの役割だから気にしないで! それよりもウィル、戦意を喪っちゃダメだよ。兵士たちが破裂したあの現象は、間違いなくアイツの異能によるものだから!」


「へぇ。一度見ただけでそこまで推測できるのか。お前、魔力が視える何らかの異能を持っているのかァ?」


「そんな質問に答えるわけがないでしょ! ボクたちの街をこんなにメチャクチャにして。絶対に許さないから!」


 ルクレーシャが怒気を込めながらディモンに言い放つ。


「ハハハ! 威勢が良いな。そういう人間はキライじゃねェよ。お前の血は美味そうだ 」


「気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ!」


 ルクレの魔術で回復したウィルクスが、声を荒らげながらディモンとの距離を詰める。


「テメェごとき只人にそう言われるのは、不快だなァ!」


 不快そうな表情をウィルクスに向けながらディモンが大剣を薙ぐ。


 それをウィルクスが難なく往なす。


 ディモンは態勢を崩すこと無くすぐさま二の太刀を浴びせる。


 距離を取ろうとするも、ディモンがそれを許さず、剣戟の応酬が始まった。


 ウィルクスがディモンの攻撃を受け流し、ディモンがウィルクスの攻撃を受け止める。


 全力を出しているウィルクスに対して、ディモンは涼しい顔をしている。


 ウィルクスの身体に浅くない切り傷がいくつもできるが、傷が出来た途端からルクレーシャの回復魔術によって癒されているため、何とか状況を拮抗させることができていた。


(くっ……! あそこまで接近されてると、攻撃魔術が使えない……! だけど、ウィルなら絶対にタイミングを作ってくれるはず! それは絶対に見逃さない!)


 至近距離で刃を振るう二人を前に回復魔術以外の介入ができていないルクレーシャは、奥歯を噛み締め、ウィルクスに掛ける回復魔術の余力を残しながら、タイミングを伺っていた。


「ホラホラ、もっと頑張れェ! じゃなきゃ死んじまうぞォ!」


「くそ、が……!」


 次第にウィルクスが防御に回る機会が増えていく。


 ディモンが愉しげな表情で、更にウィルクスを追い込む。


 そしてついにウィルクスがディモンの大剣を往なす際に、態勢を大きく崩した。


 絶体絶命の状況で、ディモンの凶刃がウィルクスに迫ろうとしていた。


『――ルクレ、今だ!』


 ウィルクスがルクレーシャへ念話・・で声を飛ばす。


「――【大津波タイダルウェーブ】!」


 ウィルクスの合図を受けて、ルクレーシャが魔術を発動する。


 突然現れた大量の水が大波となってウィルクスとディモンを飲み込む。


 こうなることがわかっていたウィルクスは波を上手く利用して、ディモンとの距離を取る。


 対してディモンはウィルクスへの攻撃を止め、波に流されないよう重心を 低くしてジッと耐えていた。


「ハハハ! 息の合った連携じゃねェか。良いコンビだな、お前ら!」


 ずぶ濡れになっているディモンが大声を上げながら笑っていた。


「楽しそうなところ悪いけど、もう終わりだよ! ボクたちの勝ちだ!」


 そう言い放つルクレーシャの手には、先ほどの兵士たちが持っていたのとは違うかたちをしている小杖が握られていた。


 その魔導兵器が起動すると、氷点下を優に下回る寒風がディモンを襲う。


 咄嗟に身体を逸らしたディモンだったが完全には逃れることができず、大剣ごと右半身が凍り付き、身動きが取れない状況になった。


「なにっ!?」


「ナイスだ、ルクレ!」


 ウィルクスが長剣を出現させると、それを握った。

 見た目はシンプルな長剣だが、これも中央軍より支給されていた魔導兵器だ。


「大量殺人鬼が! 死んでその罪を償え!」


 ディモンへと肉薄したウィルクスが長剣を振るう。


 これで決着――と思われたが、長剣の刀身がディモンに触れる直前、文字通り・・・・彼の身体が霧散した。


 直前までディモンが居たその場所には、赤黒い霧・・・・が漂っているだけで、ウィルクスの攻撃は空を切る。


「くそっ、どこ行きやが――ぐあっ!?」


 ウィルクスがディモンを探すように周囲を見渡していた。

 すると、突如背中を斬られて地面に倒れる。


「ウィルっ!?」


 突然の出来事にルクレーシャは驚きの声を上げながらも、反射的に【快癒エクスヒール】の術式を構築してから、その術式に魔力を流そうとした。


 しかし、術式へと流そうとしていた魔力が別の場所へと流れていってしまい、魔術が発動することは無かった。


「……なに、今の魔力の流れ」


 信じられないものを見たような表情を浮かべたルクレーシャが声を漏らしていると、


「まさか、霧化きりかを使わされることになるなんてなァ」


 霧の中からディモンの声が聞こえると、赤黒い霧が一か所に集まり、再びディモンが姿を現した。


 そんな彼が握っている大剣は、形状こそこれまでと変わらないが、刀身が赤銅色・・・に染まっていた。


「霧に成ってオレの攻撃をやり過ごしたってのか……? あり得ねぇだろ……」


 背中の痛みに顔を歪ませながら、ウィルクスが呟く。


「当たり前だろうが。只人の尺度でオレを測るなんて、不可能なんだからよォ」


 ディモンが赤銅の大剣を適当に遊ばせながらウィルクスの疑問に答える。


「くそっ! ――っ!? 何だ? 身体が、動かねぇ……!?」


 背中の痛みに顔を歪ませていたウィルクスの表情が驚愕に変わる。


「なんで……、なんで魔術が発動しないの……!? この魔力の流れは何なの!?」


 その間、何度も【快癒エクスヒール】を発動しようとして、それが失敗する状況に混乱しているルクレーシャが声を荒らげる。


「なかなか楽しめたぜェ。お前らの血はオレが有効に活用してやる。だから安心して死んどきな」


 突然身体が動かせなくなったウィルクスの背に、ディモンは大剣の切っ先を向ける。


「――させないっ!」


 ウィルクスの背に大剣を突き刺そうとしているディモンを止めようと、ルクレーシャは中央軍から支給された長剣型の魔導兵器を手に、ディモンへと向かって走り出す。


「――『止まれ』」


「――っ!?」


 ディモンがそう言い放つと、ルクレーシャが突然足を止める。


 そんな彼女は驚きの表情を浮かべているため、これが彼女の意思とは違う行動であると見受けられる。


「さっきから、なんなの……。なんなんだよ!!」


 不可解の連続に、ルクレーシャは怒りと苛立ちを含んだ声を上げる。


「お前はそこで、仲間が死ぬところを『見ていろ』」


 嗜虐的な笑みを浮かべているディモンが、再びルクレーシャに命令をする。


 それから、大剣を勢いよく突き刺すために一度持ち上げた。


「ルクレ、逃げろ……」


「ダメ……。お願い……。止めて……」


 体を動かすことも魔術を行使することもできないルクレーシャ は、 涙を流しながら懇願することしかできなかった。


 嗜虐的な笑みを浮かべているディモンに、そんな声が届くことなく、


「さァ、お別れの時だ!」


 ウィルクスの身体を大剣が貫いた。


「いやあああ――――」


 その一部始終を見ていたルクレーシャの表情が絶望に歪む。


 そして、ディモンに対する戦意・・は完全に失われた――。

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