265.襲来と介入②

「……待ってくれてありがとう、皇太子殿下」


「どうせこの場にいる人間は全員死ぬんだ。最期の別れくらいはさせてやるさ。それに、お前と本気で戦えるこの機会は最大限享受したいしな!」


 フェリクスの濁った瞳に僅かに光が差し込んだ。


「そういえば、レグリフ領でもそんなこと言ってたっけ? 噂通り、戦いが大好きなんだねー。そういうところは変わってないんだ。それじゃあご期待に応えて、――少し遊んであげる」


 シオンは臨戦態勢を取った。


 彼女の右目に幾何学的な模様が浮かぶ。


「その余裕がいつまで持つかな!」


 フェリクスが声を上げながら剣を振るう。


 彼の異能である【引斥操作】によって生み出された斥力の混ざった不可視の斬撃が、シオンへ放たれた。


 しかし、精霊の瞳を宿しているシオンには、その斬撃がしっかりと視えている。


「いつまでって、それは――」


 シオンは話しながら【転移シフト】を発動した。


 彼女の姿が消える。


「――最後までだろうね」


 上から聞こえたシオンの声に反応したフェリクスが顔を見上げる。


 上空にはシオンとともに無数の玉霰が現れていた。


「――【霏霏ストレイフ】」


 シオンが魔法を発動すると、彼女の周りに浮いていた玉霰がフェリクス目掛けて一斉に撃ち出された。


 フェリクスは亜音速に匹敵する速度で降り注いでくる氷の塊を見て、即座に異能を行使する。


 自身の周りを斥力で覆ったことで、玉霰は彼に届く前に空中で静止した。


 シオンは玉霰を受け止められたことに動揺することなく、次の手を打つ。


「――散華ディフュージョン


 彼女の声に呼応するように、空中に静止していた玉霰が弾け散る。


 より細かくなった氷の礫が斥力の壁を破った。


「くっ……!」


 フェリクスが急所を守るように魔力障壁を展開して身を守る。


 咄嗟に守る場所を絞ったことで致命傷を避けられたが、身体に小さな切り傷をいくつも作られた。


 シオンは攻撃の手を緩めない。


 地上に降り立つと、フェリクスへと杖を振るう。


「――【刻凍之大河スティルネス】」


 まるでキャンバスに絵筆を振るうように、シオンが振るった杖の軌道に合わせて一瞬にして彼女の視界に映るものが巨大な氷塊に飲まれた。


 王城や城下町の一部を巻き込みながら、フェリクスが氷の中に閉じ込められる。


 【刻凍之大河スティルネス】はシオンのオリジナル魔術であった【刻凍スティルネス】を改良して広範囲化させた魔法だ。

 氷の中に閉じ込められたものは、シオンの異能の影響で実質的に時間が止まる。

 一種のコールドスリープのようなもので、仮に人が氷の中に入っても死ぬことは無い。


「拘束完了、だね」


 シオンがフェリクスを無力化したことで、気を僅かに緩めたその瞬間――。


 

「――こうもあっさり決着が付くとは、世界最強なんて評価もこれでは形無しだな」


 

 氷に閉じ込められたフェリクスの傍に、別の男が立っていた。


「――っ!?」


 シオンは驚きから息を飲みながらも、再び臨戦態勢を取ろうとする。


 しかし、まるで金縛りにあったかのように身動きが取れなかった。


「まさか、お前まで王都に居るとは思わなかったぞ、《白魔》」


 身体を動かせないシオンに男が声を掛ける。


 その男は左腕を無くし右目に眼帯をしている青年だった。


「ベリア・サンス……!」


 シオンがベリアに殺気を孕んだ視線を飛ばす。


「……へぇ。一目見ただけで俺だと看破するのか。思いのほか、俺はお前に想われているようだな」


「気持ちの悪いことを言うな! 吐き気がする! お前は地獄に叩き落とす! 今ここでだ!」


 シオンは感情のままに声を荒らげる。


 その声に呼応するように、地面から氷でできた槍がいくつも現れ、ベリアに向かって襲い掛かった。


 ベリアが自身に迫ってくる氷の槍へ剣を振るう。


 その剣圧によって槍は砕かれ、ベリアに届くことは無かった。


「俺の異能の支配下でこれだけの威力の攻撃を? それも、これは魔法・・か?」


 現在ベリアの周辺一帯は、彼の異能である【永劫不変】の影響でベリア以外が強制的に静止させられている。

 その影響で、この空間では魔術が行使できない。

 ベリアはこれで魔術士であるシオンを完全に無力化していると考えていたが、それは見当違いだった。


「まさか、超越者になっていたとはな。……農場ファーム水の魔人ドゥエと交戦したときか? ……予定変更だ。ルシラ・N・エーデルワイスの前にお前を殺す」


 ベリアがシオンを敵として認識すると、剣を握りながら彼女へと近づく。


「それはこっちのセリフだ! ――【氷霜之銀嵐ボレアス】!」


 氷点下を遥かに下回る銀色の嵐が、通った場所を銀世界に変えながらベリアに襲い掛かる。


「身体の芯まで凍てつかせる氷の嵐か。なかなかに面倒な攻撃だな。だったら――」


 ベリアが剣を納めると、


「――【終焉之焔レーヴァテイン】」


 その手に空間すら焼き尽くしかねない業火の剣が現れる。


 ベリアは迫りくる銀色の嵐へ業火の剣を振るった。


 超低温の風と超高温の剣の激突は急激な温度変化を引き起こす。


「――っ!?」


 シオンが息を飲む中、周囲を巻き込んだ大爆発が起こる。


 轟音と共に巨大な白煙が辺りを包んだ。


「…………なんだ、これは?」


 大爆発の直撃を受けながら、【永劫不変】によって無傷だったベリアが周辺を見回しながら、戸惑いの声を漏らしていた。


 先ほどの大爆発は、その影響範囲にあるもの全てを破壊するほどのものだ。

 すぐ近くの王城は当然、城下町にも甚大な被害が出てもおかしくない。

 王都に居る者も少なくない数の人が死んでいただろう。


 しかし、そうはならなかった。


 王都は大爆発を受けながらも、何一つ壊れていなかった。


 爆発が起こる前と違う点があるとすれば、王都全域が・・・・・巨大な氷塊に飲み込まれているということ。


「はぁ……はぁ……はぁ……。そう、だった……。お前らは街が壊れようが、どうでも、良いと思ってる、連中だったね。……良かった。何一つ壊れなくて」


 この景色を作り出した張本人であるシオンは、自分を魔力の結界で覆って身を護りながら呼吸を荒らげていた。


 シオンは王都全域を【刻凍之大河スティルネス】で飲み込み、氷の表層が壊れた直後に【時間遡行】で氷塊を維持し続けたことで王都を守り切った。

 【刻凍之大河スティルネス】の特性上、氷に飲み込まれた人も誰一人として死んでいない。


「まさか王都を護り切るとはな……。想定外の結果だが、消耗してくれたなら良しとしよう」


 ベリアはシオンが作り出した氷の世界に驚いたものの、思考を切り替えて再び彼女へと近づく。


「超越者へのせめてもの手向けだ。一思いに殺してやる」


「あはは……」


 ベリアの言葉に、シオンが笑声を零す。


「なにが面白い?」


「残念だけど、私には、果たさないといけない約束があるんだ……! こんなところで、死ぬわけには、いかないんだよ……!」


 シオンが息を切らせながらも、不敵な笑みを浮かべている。


「【時間遡行】があるから死なないとでも思っているのか? 《魔女》の先祖返りだろうが、異能を行使する時間を与えなければ、そのまま死ぬだけだ」


「本当は、私が自分の手で、お前を地獄に突き落としたかったんだけどね……。それが出来なくて、残念だよ」


 シオンは話すことや表情を動かすことは辛うじて出来るが、ベリアの異能によって身体を動かすことができない。


「それは残念だったな。後悔しながら死ね!」


 ベリアは剣を振り上げると、そんな彼女に容赦なく刃を落とす。


 凶刃がシオンに迫り――、


 

「――お前は、俺からいくつ大切なモノを奪えば気が済むんだ?」


 

 ベリアだけが動くことを許されている静止された空間で、――オルンが握る漆黒の剣シュヴァルツハーゼがベリアの凶刃を受け止めた。

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