118.【sideオリヴァー】悔悟
俺が暴走して、ここに収容されてから二週間と少しが経過した。
運良く記憶を思い出せたこともあって、自分の記憶の整理や【魔力収束】の鍛錬など、意外にも暇を持て余すことはなかった。
「それで、これから九十三層の攻略って時に長期出張を命じられちゃってさ、今からレグリフ領に行くところなんだ」
「…………」
「レグリフ領ってワインが特産なんだってさ。海辺に近い領地だから一般的なワインとは味わいが違うらしい。時間があったら送るよ。ワイン飲めたよな?」
「……なぁ」
「ん? どうした?」
「どうしたじゃねぇよ! なんでお前がここに居るんだよ!」
俺はガラス越しで対面しているオルンに、つい声を荒らげてしまった。
対するオルンは、一緒にパーティを組んでいた頃のような穏やかな雰囲気で、
「なんでって、一人で暇だと思って。もう少ししてから来るつもりだったんだけど、さっきも言った通り今からツトライルを発つからさ」
「そうじゃなくて……。なんでお前は、普通に俺と接しているんだよ。俺は、お前を殺しかけたんだぞ?」
そう。当時の事情をオルンは知らない。
オルンからしてみれば、急に暴れ出した俺を止めようとして殺されかけたんだ。
普通なら避けるだろ? なんでわざわざここに来る?
いずれは俺のところを訪れることになると思っていたが、それは今ではない。
「うーん……、そうなんだけどさ。それは【認識改変】が原因なんでしょ? だったらオリヴァーも被害者だろ」
……何故オルンが【認識改変】のことを知っている?
フィリーはあの日以来行方知れずだと聞いている。
俺以外に【認識改変】を知る者はいないはずだが……。
オルンが自力でこの結論に至った?
いや、流石にそれは考えにくい。いくらオルンでも情報元も無い状態でその考えに行きつくことはないだろう。
フィリーの正体を、そして【認識改変】を知る者がいると考えるのが自然だが、そいつは誰だ?
「……それに、あの時のことは夢だったような気がして、正直実感が湧かないんだよ。でも、あの夢の光景は――、いや、何でもない」
今のオルンの姿は、色々と一人で抱え込んでいた昔のオルンの姿と重なる。
オルンがここに来たことは想定外だったが、せっかく来てくれたんだ。
次に会った時に伝えようと思っていたことを言うには絶好の機会だろう。
といっても、自己満足でしかないんだがな……。
「…………オルン」
「ん?」
「すまなかった」
「いきなりどうしたの? それに、さっきも言ったけどあれはオリヴァーの意志ではなかったことはわかってるから。結果的にお互い五体満足なわけだし、オリヴァーが気に病む必要は無いよ」
「それもあるが、今の謝罪は、勇者パーティからお前を追い出したことに対するものだ。あの選択を、すごく後悔している……。謝ったって許されないことはわかっている。だけど、言わせてほしい。――本当にすまなかった」
俺が今の気持ちを正直に吐露すると、オルンは何を考えているのかわからない表情で俺を見据えている。
「……ねぇオリヴァー、俺をパーティから追い出すと決めたその決断は、迷った末のものなのか?」
「あぁ、即断できたわけではない。『一緒に大迷宮を攻略しよう』って約束は覚えていたし、すごく迷った。だけど、最終的には
この決断にはフィリーの意志が介入していたように思えるが、そんなことはオルンには関係ない。
ずっと一緒にやってきた人間に裏切られたも同然なんだ。
オルンの心の傷は、俺なんかでは計り知れないだろう。
謝って許されることでないことはわかっている。
それでも言わずにはいられなかった。
「少し前にさ、俺の尊敬する人からこう言われたんだ。『迷ってから決断したことは、必ず後悔する』って。俺を追い出すと決断したことで、オリヴァーは後悔しているんだろうけど、多分俺をパーティに残していたとしても、それはそれで後悔していたと思うんだ」
『迷ってから決断したことは、必ず後悔する』、か。
恐らくはそうだろうな。
俺とオルンが大迷宮の攻略に乗り出している状況は
もしもあのまま南の大迷宮を攻略していたら、俺たちは間違いなく後悔していただろう。
客観的に見れば、オルンをパーティから追い出すという選択は正しかったように思える。
でも、だからと言って納得できるものでもない。
「俺はもう気にしてないよ。確かに追い出された直後は悲しかったけどさ、追い出された理由は正当なものだったし、何より、俺は今の環境に満足しているから。ルーナにも勇者パーティに居たころより今の方が伸び伸びしているって言われたしね」
「ルーナが?」
「あぁそうか。オリヴァーは知らないよね。ルーナも《夜天の銀兎》に加入したんだよ」
「そうだったのか。それは良かった。ルーナはまた、オルンとパーティを組めるんだな」
「所属してるパーティは違うけどね。でも、レグリフ領にはルーナも一緒に行くから、しばらくはルーナと一緒に行動することになる」
「そうか」
オルンを追い出してから、ルーナには相当な負担を掛けてしまった。
俺が言うのも筋違いだが、彼女には幸せになってほしい。
「――と、そろそろ時間だ。ここ最近はオリヴァーとは色々とあったけどさ、それでもやっぱり、オリヴァーは俺の幼馴染で親友だ。帰ってきたらまた来るから、その時は今みたいに話し相手になってよ」
オルンが屈託のない表情でそう告げてくる。
「…………あぁ、待ってる。――ありがとう」
俺の返事を聞いたオルンは満足気に頷いてからこの場を去る。
予想外の面会だったけど、またオルンと普通に話せることにこの上ない喜びを感じていた。
……それにしても、レグリフ領に三つの迷宮が出現か。
どう考えても偶然では片付けられないよな。
恐らくは教団の――。しかし、何のために? 目的はなんだ?
レグリフ領といえば、海に面した観光地として有名な場所だ。
迷宮が無くとも人の出入りは多いから、人を集めるためではないだろう。
それ以外に特徴と言えば、北のクライオ山脈を挟んでサウベル帝国があるくらいしか思い浮かばない。
サウベル帝国は、今は無き西の大迷宮が存在した国だ。
今考えると、この攻略には教団の協力があったことはほぼほぼ確定的だと思うが、西の大迷宮が無くなった今は接点が無いはず。
迷宮の出現と帝国を紐づけるのは強引すぎるか。
帝国の国力は大陸内でも上位に位置する。
それを抜きにしても《英雄》という守護者までいる国だ。
教団が必要以上にちょっかいを掛けても、しっぺ返しを食うリスクが高まるだけ。関わる理由がない。
「……ん? 《英雄》?」
何かが引っ掛かった。なんだ?
「《英雄》――フェリクス・ルーツ・クロイツァー。サウベル帝国の皇太子にして西の大迷宮の攻略者。そして、オルンやシオンと同じ先祖返り……」
《英雄》という単語を皮切りに、嫌なピースがどんどん出てくる。
「いや、こんなの妄想に妄想を重ねてるだけだ。だけど、もしも俺のこの考えが当たっているとするなら、オルンがレグリフ領に呼ばれたのは――」
俺は、今思い浮かべた最悪のシナリオが、現実にならないでほしいと願うことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます