117.長期出張
第十班――《黄昏の月虹》が第三部隊に昇格した翌日。
第一部隊のメンバーと九十層の探索を終えた俺は、応接室へと向かっていた。
どうやら《夜天の銀兎》の大口スポンサーであるラザレス・エディントンが、俺に話したいことがあるらしい。
ラザレス・エディントンは、《夜天の銀兎》が九十三層に到達したときに真っ先にやってきたあの爺さんだ。
面倒な話じゃないといいんだけどな。
応接室の前に着いた俺は、一呼吸置いてからドアをノックし、自分の名前を名乗る。
ドアが開くと、そこにはメイド服を着た女性が立っていた。
「お待ちしておりました、オルン様。中でラザレス様がお待ちです。どうぞお入りください」
女性に案内されて部屋の中に入ると、エディントンの爺さんが紅茶を楽しんでいた。
「ラザレス様、お待たせしてしまい大変申し訳ございません」
「いやいや、暇を持て余しているこんな爺さんよりも、街を救った英雄である君の方が忙しいんだ。全く気にしてないよ」
爺さんが好々爺然とした雰囲気で返答してくる。
相変わらず表情が読めない。
「お心遣い痛み入ります。それで、本日はどのようなご用件で?」
「うん。オルン君に一つ提案を持ってきてね。その話を聞いてもらいたかったんだ」
「提案、ですか?」
「勿体ぶる話でもないから結論から言うけど、オルン君に慰安の意味も込めて我が家が領主を務めているレグリフ領に招待したくてね。ぜひ来てほしいんだけど、どうだろうか?」
レグリフ領はノヒタント王国の最北西にある領地だ。
今俺たちがいるツトライルは、王国中央のやや南寄りに位置している街であるため、かなり距離が離れている。
にしても急な話だな。
それに、いくら資金援助しているクランの探索者とはいえ、慰安のためだけにわざわざ領地に招待するなんて考えにくい。
この話には必ず裏がある。
俺を領地に呼び出す理由……。すぐには思いつかないな。
「大変光栄なお話ではありますが、私には九十三層の攻略も控えていますし――」
「あぁ、それなら問題無いよ。実はウィルクス君とルクレーシャちゃんも招待する予定なんだ。泊まってもらう場所は違うんだけどね。それにヴィンス君の許可も取っているよ」
ウィルとルクレも招待する上に、総長がこの件を承諾している?
第一部隊の人間を三人も領地に連れて行こうとするなんて、何が目的だ?
爺さんの目的について色々と思考するも、俺が持っている情報では納得できる結論が出せなかった。
(ここは、返答の時間を稼ぐべきか? いや、総長が承諾している以上、時間の引き延ばしに意味はないか)
「うんうん、その警戒心の高さは評価できるよ。安易に儂の提案に乗ってこないのはいいね。すんなり受け入れるようでは、それこそ信頼できないからね」
俺があれこれ思考を巡らせていると、爺さんが満足気な声を発する。
「そうおっしゃるということは、慰安以外にも領地に私どもを招待する理由があるということでしょうか?」
「うん、その通り。まだ伏せている情報なんだけど、実はレグリフ領に新たに三つの迷宮が出現してね。その調査をお願いしたいんだ」
「迷宮が、三つ?」
迷宮が突然出現することは、そこまで珍しい話ではない。
三つの迷宮が近くで同時期にというのは、とんでもなく低い確率だけど。
「うん、そうなんだ。一つだけなら我が領で活動している探索者に調査するところなんだけど、流石に三か所は手に余っていてね。早急に調査を終わらせるには信頼に足る《夜天の銀兎》の第一部隊にお願いするのが一番だと思ってさ」
「……なるほど」
「本当は第一部隊全員に来てもらいたいところだけど、君とセルマちゃんにはクラン幹部としての仕事もあるだろうし、迷宮調査なら勇者パーティで付与術士、ここではエースを務めているオルン君の方が適任だと思ってね。勿論その期間の衣食住は保障するよ」
これが理由なら、わざわざ俺たちを領地に呼び出すことにも納得がいく。
領内に迷宮が出現した時に、援助している探索者にその迷宮の調査依頼をすることは普通にあることだ。
「お話はわかりました。招待いただけるのは私とウィルクス、ルクレーシャの三人でしょうか?」
「うん、そのつもりだよ。オルン君と、ウィルクス君ルクレーシャちゃんのコンビで、それぞれ一つずつ迷宮の調査をしてほしいんだ」
迷宮はそれぞれ中身が違うため、当然攻略難度も変わる。
と言ってもその難易度は大迷宮の深層はおろか、下層に匹敵するものもそう多くない。
俺一人でも大抵の場合は対処できるだろう。
めんどくさいことこの上ないが、既にこれは決定事項のようだし、拒否はできそうにない。
であれば、この機会を有効に活用させてもらおう。
「お話は分かりました。迷宮調査は我々三人でも問題は無いと思いますが、少人数であると万が一と言うこともあります。そのため万全を期すために、そして効率よく調査を進めるためにも第一部隊以外の探索者パーティを同行させたく存じます」
「ふむ。同行させるパーティはそれぞれ一組ずつかな?」
「そうですね。多すぎるとそちらのご迷惑になりますので、一組ずつと考えています」
「こちらがお願いしている立場なんだから、遠慮しなくてもいいのに。でも、その心遣いは嬉しいよ。それじゃあ、第一部隊の三人に加えて、《夜天の銀兎》の探索者パーティ二組だね。うん、それなら問題ないよ」
「ご高配頂きありがとうございます」
「それで日程についてだけど、こちらで用意している馬車が五日後に到着する予定なんだ。その馬車に乗ってレグリフ領に行ってほしい。護衛も用意するから安心してね。天候なんかにも左右されるけど、大体二週間くらいで到着する見込みだ」
衣食住だけでなく、護衛付きの輸送まであるなんて至れり尽くせりだな。
……だけど逆に、それだけエディントン伯爵は今回の迷宮調査を重く見ていると考えられる。
「そこまでしていただけるとは、恐縮です」
「儂はまだこの街でやり残したことがあるから、先に君たちだけで行ってもらうことになるけど、この件は息子――領主が主導することになっているから。迷宮調査よろしく頼むよ」
「承知いたしました」
◇
俺がラザレスの爺さんとの会話を終えてから、ウィルとルクレも爺さんに呼ばれたらしい。
急遽今後の予定が変更となることから、ウィルたちが爺さんとの会話を終えたタイミングで、第一部隊の作戦室に全員が集合した。
全員が揃ったところでセルマさんが口を開く。
「総長から話を聞いたが、オルンとウィル、ルクレが長期離脱するらしいな」
「え、このタイミングで?」
セルマさんの発言に、唯一全く話を聞かされていなかったレインさんが驚きの声を上げる。
「ねー。このタイミングで?ってなるよねー。折角これから九十三層の攻略を!って時にさ。正直、迷宮調査くらい第二部隊のパーティに一任しちゃえば良かったと思うんだけど。なんでボクたちなの?」
ルクレが不満を洩らす。
確かにルクレの意見もわかる。
うちの第二部隊に在籍しているパーティはどこも優秀なパーティだから、今回の爺さんの依頼も問題無く対処できていたはずだ。
勇者パーティが無くなり南の大迷宮で活動している探索者の中では、《夜天の銀兎》がトップになった。
しかしこれは勇者パーティの自滅によるものだ。
ここで勇者パーティと同じ九十四層に到達できれば、そのイメージも払しょくできて、胸を張ってトップだと言うこともできる。
だからこそ今は、九十三層の攻略に注力するのがクランとしては一番良いと思うが。
「迷宮調査? どこかで迷宮が出現してその調査に三人が行くってこと?」
「そういうこと。なんでもレグリフ領に三つも迷宮が出現したらしいぞ。全く、めんどくさいことこの上ない話だよな」
レインさんの質問にウィルが答える。
どうやらウィルもルクレも今回の件は乗り気では無いようだ。
まぁ、俺も人のことは言えないけど。
「総長も第二部隊のメンバーを派遣できないかラザレス様に進言したらしいんだが、ラザレス様は一向に首を縦に振らなかったようだ。うちはラザレス様個人に恩があるからな。そのこともちらつかされて、今回はこの条件を飲むことになったと言っていた」
「そうなんだ。迷宮調査となるとやっぱり半年くらいは掛かるのかな?」
「どんくらいの規模の迷宮かは知らないが、細かく調査するならそれくらい掛かるんじゃねぇのか?」
迷宮調査で行うことは、主に生息している魔獣や迷宮素材の種類や分布の確認、それと迷宮内のマッピングだ。
それ以外にも比較的安全に進めるルートの選定などやることは多くある。
エディントン伯爵がどのくらいのレベルを求めているのかわからないが、わざわざ俺たちを呼び出すということは本格的な調査なのだろうから、半年以上は見積もった方が良いだろう。
「ま、できるだけ早く帰って来るさ。オルンが交渉してパーティを一組連れて行けるのはありがたい。オルン、サンキューな」
「どういたしまして。俺としても一人での迷宮調査は嫌だし、ちょうど連れていきたいパーティがあったからね」
「それって、ソフィアたちか?」
「うん、昨日付で第三部隊に昇格した《黄昏の月虹》。探索者になってから日が浅いうちに迷宮調査を経験すると得られるものが多くあるし、俺とルーナが居れば余程の事態でも対処できる。だからセルマさん、あの子たちにはまだ話していないけど、あの子たちが同行を希望したときは、ソフィーを連れていくことを許可してほしい。当然全力で護るから」
「ふっ、私が反対すると思っていたのか? ソフィアももう《夜天の銀兎》の正式な探索者だ。本人に行く意思があるなら私は止めないさ」
「セルマさん、ありがとう」
「勇者パーティのルーナかー……、まさか彼女まで《夜天の銀兎》に入ってくれるとは思わなかったなー。いや、嬉しいんだけどさ、第三部隊のパーティに入るのはどうなの?」
「確かにBランクパーティに収まる器ではないけど、今は欠員の居るパーティも無いからね。強いて言うならキャロルたちのパーティが三人だから、配置的には納得せざるを得ないよね。それにオルン君のごり押しもあったしね」
「あはは……」
確かにあれはごり押しと言われても否定できないから、俺は笑ってごまかすしかできない。
第二部隊の後衛が薄いパーティへの加入という話を強引に叩き折ったわけだし……。
でも、俺はあの行動を後悔していない。
《黄昏の月虹》はすぐに上に上がってくるだろうし、問題ないだろう。
「ウィルたちの方は第二部隊のパーティを連れて行くの?」
やや強引に話題を変える。
「そのつもりだ。明日には第二部隊に通達して希望したパーティの中から選ぶことになるだろうな」
「まぁ、決まってしまったものは仕方がない。各人鍛錬は怠らないように。迷宮調査が終わったらすぐに九十三層の攻略を始めるからな」
「わかったわ」「はーい!」「はいよ」「わかった」
こうして俺は数日後から長期出張が決まった。
なるべく早く帰ってきて、九十三層の攻略に取り掛からないとな。
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