28.オルン VS. 黒竜④ 決着

  ◇ ◇ ◇


 それからも俺と黒竜は、長い間一進一退の攻防を繰り広げた。


 俺は黒竜の攻撃は全て躱したり、凌いだりしているため外傷はほとんど無い。

 ただ、既にもう十回もバフの更新をしている。

 頭痛はピークに達していて鼻血が何度も流れてくる。

 体が限界を訴えている証拠だということはわかっているが、鼻血が流れる度に左手で乱暴に拭ってそれを無視する。


 対して黒竜は腹や背中など、ところどころが抉れている。

 更に右目は潰れていて、全身の至る所でウロコが砕け、流血している。

 そして、モヤの数は十個から二個に減っている。


 どちらも満身創痍と言っても過言ではない。

 高度もかなり下がっていて、今は上空数メートルといったところだ。


 そして、ついに黒竜が飛び続けることができなくなったのか、地面に着地する。


「はぁ……はぁ……、ようやく、落ちてくれたな」


 危なかった。

 これ以上、上空で粘られていたら勝ち目はかなり低くなっていた。

 感覚的に魔術の使える回数は、せいぜいあと数回程度。

 三十個の魔術をほぼ同時に発動するバフの更新はもうできない。

 そんなことしたら、その時点で確実にぶっ倒れる。


 地面へと降り立った俺は右手を剣の柄から離す。

 剣は当然重力に従って地面に落ち、甲高い音を立てる。


 そんなことは気にせず、右手を前に突き出す。

 俺が今立っている場所は、最初に【反射障壁リフレクティブ・ウォール】で炎弾を跳ね返した後に地面に魔術を発動していた場所だ。


 俺の動きに呼応するかのように、地面に半径十メートルほどの巨大な魔法陣が出現する。


「……【魔剣創造ディストラクション】」


 そう呟くと、魔法陣の中心の地面が隆起し、漆黒の塊が現れる。


 それに右手が触れると、漆黒の塊を中心に突風と勘違いするほどのプレッシャーが放たれ、空間を震動しんどうさせる。


 そして漆黒の塊は形を変え、俺の背丈と同程度の巨大で禍々しい、漆黒の大剣へと変わる。


 【魔剣創造ディストラクション】は、元々【土塊武器アースンウェア】という、周囲の地面を固めて即席の武器を作る支援魔術だった。


 それに【魔力収束】を併用してできた魔術が、この【魔剣創造ディストラクション】だ。


 【魔剣創造ディストラクション】によってできた剣は、限界まで魔力が収束されている状態だ。

 その破壊力は、【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動しなくても、特級魔術をはるかに超えるだけの力を有している。


 魔力を収束してできた剣だから『魔剣』だ。


 魔剣を引きずりながら、ゆっくりと黒竜に近づく。


 魔剣が発するプレッシャーに臆したのか、黒竜が安易に二つのモヤで攻撃を仕掛けてきた。


「……【反射障壁リフレクティブ・ウォール】」


 灰色の半透明な壁を地面の上に発動し、それを全力で踏みつける。


 黒竜の攻撃すら難なく跳ね返してきた壁だ。

 当然俺が踏み付けたところで壊れることは無く、俺は真上に跳ね返される。


 「【反射障壁リフレクティブ・ウォール】、……【反射障壁リフレクティブ・ウォール】!」


 再び灰色の半透明な壁を今度は角度をつけて空中に発動する。


 体を反転させながらその壁に触れた俺は、再び跳ね返される。

 ――黒竜の頭上へと。


 更に黒竜の頭上には灰色の半透明な壁が地面に平行に設置されている。


 それに触れた俺は垂直に急降下する。


 全てのモヤで攻撃をした直後である黒竜には、頭上から急降下してくる俺を迎え撃つ術はない。


「【自重増加ウェイトアップ】!」


 元々かなりの重さのある魔剣を更に重くする。


 バフによって強引に引き上げられている身体能力にものをいい、回転を加えながら魔剣を全力で振り下ろす。


 それは、俺の初撃の再現だった。

 ――ただし、手にしている剣を除いて。


 最初の攻撃の再現ということであれば勿論、


「【瞬間的能力超上昇インパクト】ォォォオオオ!!」


 刀身が当たる直前、勇者パーティを支え続けた、俺の十八番おはこである【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動する。


 首付近に当たった魔剣は黒竜の抵抗を全く意に介さず、地面に叩きつける。

 ――が、それでも勢いは収まらない。


 そのまま黒竜の首を両断し、更には周囲を大きく陥没させることで、ようやく止まった。


  ◇


 首を両断された黒竜は、息絶えている。


 俺は魔剣を地面に突き刺して、もたれかかるような感じでどうにか立てている状態だ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


(どうにか勝てた……。頭痛い。今すぐ眠りたい。………………そういえば、みんなは無事だろうか)


 戦闘の後半はすっかり存在を忘れていた。


 《夜天の銀兎》のメンバーがいる方向に視線を向けると、空気が凍っていた。


 脅威が去って安堵する者、未だ現実が受け入れられていない者と様々だったが、共通しているのは、――俺に対する恐怖心。


 自分たちが所属するクランの中で、トップの実力を誇るセルマさんですら恐怖を抱いた相手を、たった一人で倒したんだ。

 恐怖を覚えて当然だ。


(こういう視線にさらされるって、覚悟していたつもりだったんだけどなぁ……。やっぱりダメージあるな。――って、ん? やっぱり? こんな視線を向けられるのは、初めて・・・だよな? なんで、今、既に体験していたかのように思ったんだ……?)


 今、何か見逃してはいけないような違和感があった。だけど、満身創痍の俺にはそれ以上思考する気にはならなかった。


(ま、みんなが無事ならそれでいいか。今はこれ以上難しいことを考えたくない。つーか……後処理どうしよう……。余力なんて全く無いぞ……)


 そんなことを考えていると、俺を含めた探索者全員と黒竜の死体が青白い光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る