179.乱入者

 俺たちが危なげなく魔獣どもを狩り続け、少しずつ終わりが見え始めたタイミングで、突如として地面にいくつもの光が走る。


「なんだ、これっ」


「――っ! ローレッタさん! 上空に飛びますので、ジッとしていてください!」


 即座に光の正体が巨大な魔法陣だと看破した俺は、ローレッタさんに声を掛けてから異能を行使し、俺と彼女に掛かる重力を逆転させることで俺たちは空に落ちるようにして地面から離れた。


「おぉ……。空に落ちる感覚なんて初めてだよ。これがオルン君の異能である【重力操作】か」


 上空十数メートルの位置で静止させると、ローレッタさんが愉快そうな声を発していた。


「そうです。いきなりすいません」


「いや、謝る必要はない。オルン君の判断は正しかったと思うよ」


 俺がローレッタさんに詫びを入れると、彼女は地上を眺めながら俺の行動を肯定する。

 俺たちの足元では、魔獣たちが地面に飲み込まれるようにして、魔法陣の中へと消えていった。

 あのまま地面に立っていれば、俺たちも飲み込まれていたかもしれない。


「あれが何かはわかりませんが、とりあえず【空間跳躍スペースリープ】でルーシーさんの元まで転移します」


「わかった。よろしく頼む」


 ローレッタさんの返答を受けて、脳内で構築していた術式に魔力を流し【空間跳躍スペースリープ】を発動する。


「ローレ! オルン! 無事でよかったです!」


 俺とローレッタさんがルーシーさんの近くに転移すると、俺たちに気づいたルーシーさんが安心したような声で俺たちの無事を喜んでいた。


 第二防衛ラインに居た翡翠メンバーも既に合流しているため、全員の無事が確認できた。

 魔獣の大群は半数が俺たちに狩られ、もう半数が突然現れた魔法陣に飲み込まれたため事実上全滅だ。


 だが、裏に教団の人間が居る可能性が高い以上、先ほどの魔獣の大群では王女を害することができないと判断して次の手を打ってきた可能性が高い。

 これで終わりなんて楽観視はできないだろうな。

 

「うん、オルン君のおかげでね。にしてもあの魔法陣はなんだ? オルン君、わかるかい?」


 ローレッタさんがルーシーさんに返答してから、俺に魔法陣について聞いてくる。


「いえ、見たことのない魔法陣でした。ただ、ロクでもないモノということは間違いないと思います」


 そんなことを話していると魔法陣の浮かび上がっている場所に変化があった。

 魔法陣から白骨化した人間の腕のようなものが空に向かって伸びる。


「なに、あれ……」


 ルーシーさんが声を震わせながらつぶやく。

 それも無理はない。

 その白骨の腕は異様にデカいのだから。

 まっすぐ上空に伸びているその腕は、十メートルはありそうだ。


 白骨の腕がその先にある手を開くと、地面を叩くようにして手のひらを地面に打ち付ける。


 周囲に土煙を上げ、その衝撃が地面越しに伝わってきた。

 それから白骨の腕が地面を押し付けるような行動を取る。


「全員、最大限警戒! ルーシーの身の安全が最優先だ!」


 ローレッタさんが声を上げる。


 同じタイミングで、腕の生えているところの近くから髑髏ドクロが顔を出す。

 そして、魔法陣の中から這い出るかのようにソイツは現れた。

 全長二十メートルに迫る巨大なスケルトンが。


「デカすぎでしょ……」


 翡翠メンバーの一人が呟く。

 二本の足で立つ巨大スケルトンはまだ距離があるというのに、そのデカさも相まってとんでもない威圧感を放っている。


 そのスケルトンの、人で言う左目にあたる位置には巨大な魔石が浮かんでいて、その魔石が妖しく光ったかと思うと、手に持つこれまた十数メートルはありそうな巨大な剣を地面に振り下ろす。


 それを見た翡翠のメンバーは即座に魔導具を起動して、俺たち全員を覆うように魔力の障壁を張った。


(大丈夫だ。距離はあるから直接剣撃を受けることはない。衝撃波もバカにならないだろうが、この障壁の強度なら問題なく受けきれるはずだ)


 そう考えた俺は、次の手を考えるべく思考を巡らす。――が、突然俺の脳裏にとある光景が思い浮かんだ・・・・・・


 それは、スケルトンが剣を地面に叩きつけることで、衝撃波とともにそこを中心に広範囲の地面から無数の先端の尖った白骨のようなものが勢い良く飛び出すというもの。

 その範囲には俺たちが今立っている場所も含まれていて、戦闘経験の無いルーシーさんは反応することができず、飛び出してくる白骨とルーシーさんの間にローレッタさんが割って入る。

 しかし、白骨の勢いを殺すことはできず、先端の尖った白骨はローレッタさんごと後ろのルーシーさんの体も貫いていた。


「――っ! 【封印緩和:第七層レストレーション・セプタプル】!」


 その光景を視た俺は、考えるよりも先にスケルトンとの距離を詰めていた。


 何故あんな光景が脳裏に浮かんだのかはわからない。

 それが本当に起こることなのかも不明だ。


 だが、俺の直感・・が言っている。今の光景はこれから起こる出来事であると。


 一瞬で距離を詰めた俺は地面を蹴って、振り下ろされているスケルトンの剣に近づく。


「【参ノ型モント・ドライ】!」


 二振りの魔剣を一つに戻し、その魔力を膨張させて魔剣を大剣の姿へと変える。


「――っ!!」


 魔剣を薙ぎ払うようにして、垂直に振り下ろされているスケルトンの剣の側面に叩きつける。

 互いの剣がぶつかるその瞬間に【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動し、スケルトンの振るう剣の軌道を強引に変えた。


 スケルトンの剣が地面にぶつかった瞬間、脳裏に浮かんだ光景の通り、そこを中心に広範囲に無数の先端の尖った白骨が地面から飛び出した。

 しかし俺が剣の軌道を逸らしたことで、ルーシーさんたちの居るところはその範囲から逃れることができた。


 それを確認した俺は、スケルトンの左目部分にある魔石を破壊するべく、即座に空中に魔力の足場を作り出してからそれを蹴って更に上昇する。


「【肆ノ型モント・フィーア】!」


 距離を詰めながら魔剣を魔槍に変え、間合いに入ってから魔石に魔槍を突き出す。

 しかし、穂先は障壁に阻まれて魔石まで届かなかった。


 その直後、魔石を中心に衝撃波が四散したことで、それを正面から受けた俺は後方へと吹き飛ばされた。

 空中で体勢を整えていると、スケルトンが振るう剣がこちらに迫ってきていた。


「くっ! ――【反射障壁リフレクティブ・ウォール】!」


 【重力操作】で剣の勢いを殺し、灰色の半透明な壁によって剣の進行を阻む。

 そうやって作り出した時間を使って【空間跳躍スペースリープ】でルーシーさんの元へと転移する。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「オルン! 大丈夫ですか!?」


 転移後、魔槍を長剣の魔剣に戻しながら息を整えていると、ルーシーさんが駆け寄ってきた。

 それによりフードが脱げて彼女の素顔があらわになる。

 彼女の紅色の瞳が揺れていて、本気で俺を心配していることがわかる。


(昨日見たときも思ったが、間近で見ると余計にそう思えるな。やっぱり彼女の顔立ちはシオンに似ている)


「あの……、オルン……? そんなにジッと見られると、流石に恥ずかしいです」


 俺がそんなことを考えていると、ルーシーさんは恥ずかし気に視線を逸らす。


「す、すいません!」


「オルン君、ルーシーに見惚れる気持ちはわかるが、今はアイツをどうにかすることを考えてほしいかな」


 俺とルーシーさんの間に気まずい雰囲気が漂っていたところに、ローレッタさんが茶化すような雰囲気で声をかけてくる。

 だが、それは無理して明るくしているように感じる。


 俺は思考を切り替えて、改めてスケルトンの方へ視線を向ける。


「……わかりました。とはいえ、今後の方針は決まっています」


 スケルトンはゆっくりとこちらに歩いて近づいてきている。

 ゆっくりと言っても、奴は全長二十メートルを超えるデカブツだ。

 あっという間に俺たちとの距離は縮まるだろう。


「流石だね。その方針を聞いても?」


 ローレッタさんの問いに対して、首を縦に振ってから口を開く。


「あいつは俺一人で対処します。《翡翠の疾風》の皆さんはルーシーさんを連れてツトライルに向かってください」


「一人では危険だ! 私たちも一緒に戦うよ!」


優先順位・・・・を見誤らないでください。貴女たちの役目・・・・・・・はルーシーさんを無事にツトライルまで送り届けることでしょう? それに、今は先ほどまでの魔獣の大群の相手とは状況が違います。あいつの強さは深層のフロアボスに匹敵します。なので、このことをツトライルに居るセルマさんに伝えてください」


「……セルマに?」


「はい。アイツは《夜天の銀兎》で倒します。俺一人でも時間稼ぎくらいならできますので」


「……わかった。確かに先ほどのオルン君とアイツの攻防を見れば、君とほとんど連携ができない私たちが邪魔になることは明らかだ。すぐにセルマ達を向かわせるから、それまで堪えてくれ!」


「わかりました。なるべく早くお願いしますね」


 俺の要望を聞き入れてくれた《翡翠の疾風》はすぐに馬に跨って移動の準備を始める。


「オルン、ごめんなさい。巻き込んだ挙句、こんな役目を押し付けてしまって……」


「大丈夫ですよ。でも、まぁ、申し訳なく思っているなら、無事にツトライルに辿り着いてください。この情勢に於いて貴女を失うことは一番避けないといけないことですので」


「…………そう、ですね。わかりました。ツトライルでオルンの帰りを待っていますね」


「わかりました。あまりお待たせしないよう努力しますよ」


 ルーシーさんとの会話が終わったところで、彼女は《翡翠の疾風》と一緒にツトライルの方角へと馬を走らせる。


  ◇


「さて、と。それじゃあ骸骨退治と行きますか。――【封印解除カルミネーション】!」


 《翡翠の疾風》が離れていくことを確認しながら、自分を縛り付けているものを取っ払う。


 彼女たちには保険としてセルマさんたちへの連絡を頼んだが、周囲への被害を最小限にするためにもすぐに討伐するのがベストなのは間違いない。


 先程は彼女たちにこの場を離れてもらうため、あのスケルトンが深層のフロアボスに匹敵すると言ったが、実際のところは黒竜や大蛇と比べると格は一つ落ちる。

 そして、今の俺は去年の教導探索のときよりも断然強くなっている。

 黒竜を一人で倒せた俺なら、あのスケルトンを多少の余力を残しながら・・・・・・・・討伐することも可能なはずだ。


 もしもそれが難しい場合はセルマさんたちを待てば良いだけだしな。


 まずは、あのスケルトンを討伐する方向で動く!


 方針を固めた俺は、ルーシーさんたちが移動したことでそちらへと進路を変えたスケルトンに肉薄する。


「よそ見してんじゃねぇ!」


 スケルトンの左後方から奴の左側頭部に天閃を放つ。


 コイツの心臓部が左目部分にある巨大な魔石であることはほぼ間違いないだろう。

 もしかすると、これで左側頭部ごと魔石を破壊できるかとも考えていたが、そう簡単には行かない。

 俺の放った【瞬間的能力超上昇インパクト】込みの天閃は、スケルトンの左側頭部にひびを入れるだけに留まった。


 黒竜の翼すら消し飛ばせる攻撃を受けて罅程度しかダメージがないのか。

 やはり髑髏部分は他の部位以上に硬いと考えて良さそうだ。


 とはいえ、この攻撃の目的はスケルトンのヘイトを俺に向けること。

 その目的は達成できた。


 スケルトンがこちらに顔を向けると、左目の魔石が妖しく光る。


 直後、魔石から光線のような魔力が無軌道に俺に放たれた。


「【伍ノ型モント・フュンフ】!」


 超高速で迫ってくる魔力の光線に対して、俺は魔剣を魔盾に変えて俺の周囲を漆黒の障壁で覆うことで防御する。


 四方八方から襲い掛かってくる魔力の光線を全て防いでから障壁を取っ払うと、スケルトンの持つ巨大な剣が頭上に迫っていた。


「チッ!」


 そのまま反撃に移ろうと考えていたが、その考えを捨てて魔盾を頭上に掲げて剣を受ける体勢を取る。


(この質量だ。身体能力を限界まで引き上げたうえで、防御特化である魔盾に【瞬間的能力超上昇インパクト】を付与しても無傷で凌ぐのは無理か……!)


 多少のダメージを覚悟した俺は【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動待機させながら、魔盾と剣が接触する瞬間を待っていた。

 ――が、魔盾と剣が接触するよりも先に剣を持つスケルトンの腕に斬撃が走る。

 その斬撃は正確に肘関節部分を通り過ぎ、前腕と一緒に剣が地面に落ちる。


「っ!?」


 斬撃の飛んできた方へと視線を向けると、そこには全身を鎧で覆っている人間が佇んでいた。


 それを確認した俺は魔盾を長剣の魔剣に戻しながら落ちてくる剣を躱す。


 即座にスケルトンから離れた俺は、鎧の探索者の近くに着地した。


「……色々と問い詰めたいことが多いんだが、お前がここに居るってことは、スケルトンの討伐に協力してくれると考えていいのか?」


「…………」


 俺が鎧の探索者に問いかけると、彼は声を発することなく首を縦に振った。


「それは心強い限りだ。……一緒に戦うのは約一年ぶり・・・・・だな」


「……っ!」


 俺の言葉に鎧の探索者が息を飲んだ。

 まさか、俺がお前の正体に気づいていないとでも思っていたのか?




「よろしく頼むぞ、――オリヴァー・・・・・!」



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