108.異能者の王 VS. 勇者
俺は突然の状況に思考が追い付いていなかった。
いや、ホントに、どういう状況?
何故か腹が貫かれていたし、空中にいるし、眼下に見る街並みは、
その中でも一番驚いているのは、視界に映っている左手だ。
俺の左手はこんなに
手だけじゃない。俺の体が大きくなっている、というよりは
俺の少し離れた場所には、親友の面影がある青年もいる。
そして翼やら爪やら尻尾やらは、金色の魔力で形作られている。
この魔力は間違いなく――。
「……オリヴァー、だよね?」
「…………」
オリヴァーは俺の問いかけに反応を示さない。
理解が追い付いてないけど、突然意識だけが未来に跳んだとかか?
――いや、逆か。意識だけが過去に
それであれば、……うん、納得できなくもない。
未来の俺が、数年以上前であるはずの俺の意識に切り替わったとしても、メリットがあるとは全く思えないけど。
といっても、これ以上いくら考えても答えがでないことはわかりきっている。
であれば、現状を受け入れるしかない。
仮に俺の仮説が正しいとして考えるとするなら、未来の俺は十中八九オリヴァーと戦っていた。
そして、オリヴァーのあの感じ、あれが父さんの言っていた力の暴走だろう。
であれば、俺が止めないといけない。
本来なら父さんが開発した封印魔術は、
だというのに俺の心が弱かったために、俺に使われてしまったのだから。
「オリヴァー、ごめん。俺が弱かったばっかりにお前に負担を掛けてしまって……」
「…………」
今回もオリヴァーは俺の言葉に反応を示さない。
もしかして自意識が無いのか?
自意識まで力に飲まれていると考えるべきか……。これは父さんたちの推測に無かった状態だな。
父さんたちからは、『封印魔術がない以上、暴走したオリヴァーは殺すしか止める方法が無い』と言われてきた。
でもそれは、オリヴァーが自分の力を御しきることができないという仮定の上での話だ。
自意識を取り戻せば、力を制御できる可能性があるなら、まずは意識を叩き起こす。
俺は、オリヴァーを殺したくない。
力を御しきれるなら、殺す必要はない。
むしろ、
方針を固めると何かを感じ取ったのか、オリヴァーが俺の頭上に移動して来る。
そして、俺に向かって右手に纏っている爪を振り下ろそうとしている。
「遅くない? オリ――っ!?」
オリヴァーの
オリヴァーの攻撃が俺に直撃し、下に叩き落される。
(は!? なにこれ!?)
戸惑いながらもケガを治してから体勢を整える。
すぐさま地面が迫ってきたため、地面との衝突の瞬間に右手に持っていた黒い剣を振るい、落下の衝撃を殺す。
「あっぶな……」
地面に着地した俺は、すぐさま自分の体が重い原因を突き止めた。
その原因は単純で、封印魔術が掛かったままだったためだ。
「未来の俺は、暴走状態のオリヴァー相手に封印魔術ありの状態で戦ってたの? なんで? ――というか、封印魔術
魔術を
たけど今の俺を縛っている封印魔術は、俺が記憶している術式とは違うものになっている。
「体が重い割に動けているのは、身体能力の縛りだけ緩くしているから?」
未来の俺が何を考えていたのか、全くわからない……。
だけど、魔術に詳しくない俺でも分かる。
身体能力の縛りを緩くするための術式改竄に相当な労力を割いていることくらい。
「さっきから敢えて無視してたけど、この頭痛の原因、間違いなくこれでしょ……」
愚痴を言ってても仕方ないか。ひとまず封印魔術の術式を
その結果、更に体が重くなるのを感じた。
「未来の俺が何をしようとしていたのかはわからないけど、俺は俺の自由にさせてもらうからな――」
未来の自分に断りを入れてから、全身に氣を巡らせ、
「――【
封印魔術を解き放つ。
◇
氣を込めた言霊によって、俺を縛り付けていたものが無くなっていくのを感じる。
そして、先ほどまで主張していた頭痛も徐々に消えていった。
続いて、見るからに業物とわかる黒い剣の刀身に魔力を纏わせる。
これで斬撃武器から即席の打撃武器に様変わりだ。
俺の目的はオリヴァーの意識を叩き起こすこと。こんなもので斬ったら治療が追い付かない可能性もある。
戦闘準備が完了してからオリヴァーを確認すると、オリヴァーはどこかへと飛び去ろうとしていた。
俺は即座に【
「どこ行こうとしてんだ――っ!」
それからオリヴァーの真正面に移動し、剣を薙ぐ。
黄金の魔力でできた翼がオリヴァーを包み込み、俺の剣を阻む。
(硬っ……)
翼はかなりの硬度を誇っていた。
俺の攻撃はヒビを入れるに留まり、オリヴァーまで届かなかった。
こういう時、一瞬だけでもいいから威力を底上げできるようなものが欲しいとつくづく思う。
俺の攻撃を受け止めたオリヴァーが強引に翼を広げたことにより、俺は態勢を崩された。
そして正面からは爪で、背後と左右からは腰から出てる三本の尻尾を使って連撃を仕掛けてくる。
即座に体勢を整え、オリヴァーの攻撃を難なく躱し続ける。
しばらく回避に専念してから、僅かな隙をついて剣で薙ぎ払う。
刀身に纏っている魔力のお陰で真っ二つにすることなく、オリヴァーを後方へと吹っ飛ばした。
「――【
オリヴァーとある程度距離が取れたところで、
漆黒の魔力でできた鎖が虚空から現れ、オリヴァーの体や尻尾に纏わりつき、動きを強引に止める。
「――【
鎖で空中に縫いつけたオリヴァーを取り囲むように漆黒の魔力の塊が大量に現れ、それが一斉にオリヴァーに向かって撃ちだされる。
一発一発が特級魔術に匹敵する魔力弾を何発も叩きこみ、轟音と共に煙がオリヴァーを飲み込む。
(……まだ収束率を上げられるのか。当然だけど、この数年間でオリヴァーの【魔力収束】も成長しているってことだね)
煙が晴れるとそこには、全体的にヒビが入りながらも魔力の翼で身を守り切ったオリヴァーが居た。
(これ以上威力を上げると、オリヴァーを殺しかねない。だったら――)
俺は続いて黒い剣を振り下ろし、漆黒の斬撃を飛ばす。
未だ鎖に束縛されているオリヴァーは、翼を修復させ俺の斬撃に耐えようとする。
この斬撃だけならその翼で充分凌げるだろう。だけど――。
「――【
魔法でオリヴァーの目の前に転移した俺は、左手で黄金の翼に触れる。
そのまま異能と氣をかけ合わせ、その力を発勁の要領で打ちつける。
すると黄金の翼と漆黒の鎖がガラス細工のように砕け散った。
すぐさまその場を離れると、俺と入れ違いに漆黒の斬撃がオリヴァーに迫り、そのまま直撃した。
再び煙に包まれたオリヴァーから、お返しと言わんばかりに五つの斬撃がこちらに迫ってくる。
「――【
俺の目の前に魔法陣とは違う幾何学的な模様が現れ、それに触れた黄金の斬撃は進行方向を真逆に変え、オリヴァーを襲う。
漆黒の斬撃に続いて黄金の斬撃の直撃を受け、ある程度のダメージが入っているはずだけど、オリヴァーは気にした様子もなく、接近戦を仕掛けるべく接近してきた。
「――【
威力を抑えた漆黒の魔力弾を撃ちだし、オリヴァーを迎撃する。
漆黒の魔力弾がオリヴァーと接触し、大きな爆発を発生させる。
三度煙に包まれたオリヴァーとの距離を一瞬で詰めると、翼で防御を固めていた。
(流石にワンパターン過ぎないか?)
握りしめた左拳に【魔力収束】による魔力と氣を纏わせてから黄金の翼を殴りつける。
一点に力を収束した俺の攻撃は翼を貫き、そのままオリヴァーの顔面を殴りつける。
その勢いのまま体を一回転させながら、右足で蹴り飛ばす。
幾分か攻撃を食らわせているが、一向に動きを止めたり意識を取り戻したりする素振りが見えない。
(……次)
オリヴァーを叩きのめしている現状に辟易としながらも、心を鬼にする。
◇
そこからも一方的にオリヴァーを痛めつける。
離れれば【
だけど、進展が無いため作戦を変更することにした。
「――【
近づいてきたオリヴァーが爪を振り下ろそうとしてきたところで、魔法を発動し、二人揃って街の外壁の外へと転移した。
転移の際にオリヴァーと距離を取ったため、今は数十メートルほど離れている。
術式を構築しながら下を見下ろすと、そこでは多くの魔獣と人間が戦っていた。
(地上になんでこんなに魔獣が? まぁいいか。魔獣の駆除も同時にやろう)
「――【
まずは地上に居た人間を街の入り口付近に、魔獣をオリヴァーの下に転移させる。
それから土系統の特級魔術を発動すると、オリヴァーの頭上に巨石が出現し、重力に従って落下してくる。
オリヴァーが巨石から逃れようとするが、この巨石からは小規模な引力が発生しているため逃げ切ることができなかった。
オリヴァーが巨石と一緒に地面に落ちると、轟音と共にクレーターができた。
これほどの質量が地面に落下すれば、その時の衝撃が四散するはずだけど、巨石が発生させている引力によって、その衝撃波を相殺している。
そのため、周囲に必要以上の被害が出ることは無い。
(この質量攻撃ならかなりのダメージが入っていると思うけど)
そんなことを考えながら、俺も地面に降り立つ。
入り口付近に転移させた人たちが何やら騒いでいるが、関わらない方がいいだろう。
未来の俺の知り合いかもしれないけど、今の俺が話してもボロが出るだけだろうし。
そもそも今はオリヴァーに集中するべきだ。
クレーターを作り出した巨石が突如はじけ飛ぶ。
十中八九オリヴァーによるものだろう。まだ気を失っていないのか。
そして、【
オリヴァーがいるクレーターの中心に向かって駆け出し、その道中でついでに向かってくる魔獣どもを斬り伏せる。
予想通りその中心でオリヴァーが、多少の出血をしながら佇んでいた。
これまでのダメージがようやく表面化してきたようで、翼や尻尾といった魔力で作られていた部位の形が維持できておらず、いびつな形になっている。
すぐさまオリヴァーのケガを治し、オリヴァーの頭上に移動してから剣を振り下ろす。
このまま意識を刈り取ろうと思っていたけど、まだ力は残っていたようで、俺の剣は爪に受け止められオリヴァーに届かなかった。
「っ、――【
オリヴァーを束縛しながら地面に縫い止める。
術式を構築しながら距離を取り、魔術を発動する。
「【
オリヴァーの目の前で爆発が起こり、それが誘爆したかのように、大量の爆発がオリヴァーを襲う。
既に魔力の形状を変えるのも困難なほど消耗していたオリヴァーに、この爆発の連鎖を凌ぐ術はないだろう。
だけど、爆発が収まっても、未だオリヴァーが立っていた。
(まだ立っているのか……)
オリヴァーのタフさが頼もしいと思うと同時に、まだ戦わないといけないのかと思うと、心が締め付けられる。
一度深呼吸をしてから意識を切り替え、剣を構えたところで、――ついにオリヴァーが倒れた。
「……終わったのか? いや、まだ油断はできないか。次に目を覚ました時に暴れない保証はない……」
オリヴァーを治療しながら周囲を確認する。
場所に目星をつけてから【
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