107.【sideルーナ】精霊魔術
「ふぅ、全く。――ルーナちゃん、大丈夫?」
先ほどの怖い雰囲気はどこへやら、普段の優しい雰囲気に戻ったエレオノーラさんが声を掛けてきます。
「はい。助けてくださり、ありがとうございます」
「どういたしまして。――それでね、ルーナちゃん。……あんな扱いを受けた直後で申し訳ないんだけど、ルーナちゃんにお願いしたいことがあるの」
どうやらエレオノーラさんは、私に何か依頼したいことがあったようで外に出てきたようです。
すごく恐縮しながらエレオノーラさんが私に声を掛けてきます。
そんなに話しづらい内容なのでしょうか?
「私にできることであれば、何でもおっしゃってください」
私は努めて笑顔で返答します。
つい先ほど助けてもらったばかりです。
それに元々どんな無理難題であろうと、私にできることならどんなことでもやるつもりでした。
「ありがとう。――時間が無いから手短に言うね。今すぐ西門に向かってほしいの」
「西、ですか?」
エレオノーラさんの発言にオウム返しをします。
話しづらそうにしていたため、もっと無理難題が来ると思いましたが。
「えぇ、元々西側には最近解放された新人向けの迷宮しか無いから、高位の探索者を振り分けていなかったんだけど、先ほど西側で水龍の存在が確認されたの」
「っ!」
水龍とは地竜や火竜と並んで竜種の一体に数えられています。
南の大迷宮では九十二層に生息している魔獣で、巨大な蛇のような姿をしています。
空中を自由に移動でき、硬いウロコに覆われているため、Aランク探索者でも倒すのは困難な相手です。
そんな相手が手薄な西門を襲ったら、街にも甚大な被害が出てしまいます。
「――わかりました。すぐに西門に向かいます!」
私はエレオノーラさんに返答してから、【
『待ちなさい! 今の自分の状態をわかっているの!? 普段のルゥ子ならともかく、今のルゥ子じゃ――』
『わかっています! それでも、やらなければいけません! どうせこの事態が収束したら私は捕まるんです。でしたら、多少の無茶をしても問題はありません!』
ティターニアの声を遮って私の意見をぶつけます。
心配をしてくれるのは嬉しいですが、これは譲れません。
勇者として、Sランク探索者の責務として、私が水龍を討伐します!
◇
西門付近は混乱の真っ只中にありました。
門は既に壊されていて、魔獣が十体ほど街中に入り込んでいます。
まだ距離があるというのに、それでも大きく見える水龍が徐々に迫って来ているため、士気の低下が激しく、先に西門に到達しているゴブリンやオークといった弱い部類に入る魔獣相手にも浮足立っています。
更には民間人の避難も済んでいないようで、避難誘導をしている軍人や新人探索者まで居て、混沌を極めています。
「きゃああああ!」
女性の悲鳴が上がり、そちらに視線を向けると、オークの一体がこん棒を振り下ろそうとしているところでした。
(っ、間に合わない……!)
急いで術式構築をしますが、間に合わないことを悟りました。
このままでは……!
「させない!」
赤い髪をツインテールにしている少女が左手をオークに突き出しながら声を上げると、オークの動きが何かに阻まれたかのように突然止まりました。
「人を傷つける魔獣は――死ね!」
動きが止まったままのオークと女性の間に赤みがかったベージュの髪の少女が割って入ると、両手に持つダガーでオークを切り刻み魔石に変えました。
(あの子たちはオルンさんの……)
その子たちは感謝祭の三日目に出会ったオルンさんのお弟子さんでした。
流石はオルンさんの教え子ですね。今の動きは新人とは思えないほど洗練されていました。
「大丈夫ですか? 動けるなら、ここを離れてギルドに向かってください!」
金髪の少年がオークに襲われそうになっていた女性を立たせると、即座に【
「ん? あ! セイレイのお姉さんだ!」
オークを倒した少女が私の存在に気付いて声を掛けてきます。
「お久しぶりです。貴方たちは新人ですよね? すぐにこの場を離れてください」
この子たちの実力は今の動きで相当高いものだということはわかりました。
それでも、この子たちは新人で、尚且つオルンさんのお弟子さんです。
この子たちに何かあれば、オルンさんに顔向けできません。
「ですが、この状況で逃げることなんて……」
少年が食い下がろうとしていたので、いくつもの術式を構築し、その全てに魔力を流して魔術を発動させました。
周囲にいるけが人には【
「す、すごい……」
「ここは私が引き受けますから大丈夫ですよ。――ここに居る者は全員退いてください! 西門にやってくる魔獣は私が一匹残らず討伐しますので!」
この場に居る全員に対して撤退するよう声を上げます。
(水龍との距離は更に縮まっていますが、こちらを舐め切っているのか、のんびりとした動きです。この距離ならまだまともな攻撃はしてこないでしょう。――先に第二波でやってくる魔獣を対処してから、水龍を倒す。それから再びやってくる魔獣の相手をする。かなり厳しいですが、不可能ではありませんね)
今後の予定を立てて、実現できることを確信します。かなりの無茶をすることになりますが。
「ダメだよ! お姉さんすごく疲れてるでしょ。そんな状態で戦い続けたら……」
赤みがかったベージュの髪の少女――名前は確か、キャロラインちゃん――は私の状態を察しているようです。
何故分かったのでしょう? この子たちにもわかるほど表情や態度に現れていましたかね。
「大丈夫ですよ。勝算はありますので」
「でも……」
「それでは、役割分担しませんか?」
私が大丈夫と伝えてもキャロラインちゃんは納得していないようで、そんな時に少年――ローガンくん――から提案を受けます。
「役割分担、ですか?」
「はい。僕たちでも地上の魔獣なら相手できます。なので、空にいる水龍の相手をお願いします」
「…………」
手伝ってくれることは正直ありがたいですが、それでもやはり……。
「子どもたちだけじゃない。俺たちもやるぜ! お前、勇者パーティのルーナ・フロックハートだよな? 勇者が来てくれたなら心強い! さっきまで諦めかけていたけど、もう一度戦うぞ!」
その人の言葉がどんどん波及していき、探索者全員の目に光が灯ります。
「……私はこの事件を引き起こしたかもしれない勇者パーティのメンバーですよ? 私を信用できるのですか?」
こんなことを聞いても良いことは無いとわかっていますが、つい口から零れてしまいました。
先ほどの探索者の行動が多少なりとも堪えていたようですね……。
「当たり前だろ!」
「っ!」
「アンタはここに駆けつけてくれた。魔獣を倒して俺たちを助けてくれた。それが事実だ。今更疑うかよ!」
「そう、ですか……」
私の心の中が暖かくなるのを感じます。
私はもう探索者全員から恨まれていると思っていました。
味方はもう居ないと……。
でも、ここの人たちは私を信じてくれると、一緒に戦ってくれると言ってくれました。
でしたら私も彼らの気持ちに応えないといけませんね。
「――わかりました。皆さんの力を貸してください。水龍は私が倒します。地上の魔獣の相手をお願いしてもいいですか?」
「任せろ!」
「あたしたちも戦うよー。あ、無理をしたらししょーに怒られるから無理はしないよ!」
オルンさんのお弟子さんたちも戦いに参加するようです。
無理をする以前に、戦いに参戦した時点で怒られそうな気がしますが、三人とも真剣な目をしています。
まるで、オルンさんのような真っすぐに目的を見つめている、そんな目です。
これは、言っても聞かなそうですね。
時間も無いことですし、力を借りることにしましょう。
『ティターニア、お願いしたいことがあるのですが』
『この一件では手を貸すって決めたからね。いいよ。それで内容は?』
まだ、私の近くに居るティターニアに声を掛けると、すぐに反応が返ってきました。
『この子たちのサポートをお願いできますか?』
『この子どもたちを?』
『はい。貴女が力を使った結果私が死ぬことになったとしても、絶対にこの子たちを護ってください。お願いします』
『…………はあ。わかったよ。色々と言いたいことがあるけど、それは帰ってきてからだね』
『苦言はあとできちんと聞きます。この一件が終わってからは、たっぷりと時間ができますから』
ティターニアとの会話を終えてから、キャロラインちゃんたちに声を掛けます。
「わかりました。貴方たちの力も貸してください。でも無茶は許しませんよ? 無茶したらオルンさんに言いつけますので」
「えぇ!? だから無理はしないよぉ……」
「ふふっ。――それでは、魔獣の第二波が来ます。私たちでここを護りましょう!」
「「おぉ!!」」
◇
「精霊魔術――【
私が異能を併用したオリジナル魔術を発動すると、周りに青白い光の玉がいくつも浮かびます。
「きれい……」
「この光の玉は魔獣のヘイトを集めます。疑似的なディフェンダーだと思ってください」
【
かなりの高い確率で、魔獣はこの光に釣られることになります。
「流石は勇者だな……。光の玉に魔獣のヘイトを集めるなんて……」
「それでは、私は水龍の討伐に行ってきます。ここは任せましたよ」
皆さんにそう告げてから西門近くの外壁に近づいてから、シルフに声を掛けます。
『シルフ、
『え!? ホント!? やるやる!!』
私の提案にシルフが賛同してくれました。
今日は協力的で良かったです。
今の私では、妖精の力を借りないと成立させることができませんからね。
『上昇気流をお願いします』
『はいよー!』
私が外壁付近でジャンプすると、下から上昇気流が発生し、その風に乗って一気に外壁の上まで到達しました。
外壁の外は見晴らしの良い草原が広がっています。
地上からは魔獣がやってきていますが、下の探索者たちが【
これなら先ほどのような壊滅状態に陥ることは無いでしょう。
オルンさんのお弟子さんたちも、必要以上に前には出ていませんね。
地上は任せても問題なさそうなので、私は空を飛んでいる水龍に集中します。
水龍がどんどんこちらに近づいてきて、ついに私の射程範囲内に入りました。
『シルフ、いきますよ!』
術式を構築しながらシルフに呼びかけます。
『八つ裂きだー!』
シルフが物騒なことを言いながら、私を介してこちらに干渉します。
(ぐっ、やはり先ほどの戦闘でかなり消耗しているので、キツイですね……。――しかし、これは覚悟していたことです!)
水龍の真下でシルフが作り出した竜巻が発生し、それがどんどん大きくなっていくと、巨大な水龍の全身を竜巻が飲み込みました。
特級魔術である【
「精霊魔術――」
私は呟きながら周囲に存在する雷の精霊を水龍の上に集め、構築した術式に大量の雷の精霊を流し込みます。
「――【
巨大な魔法陣から降り注いだ【
――ですが、これで終わりではありません!
雷とシルフが作った風の刃が混ざり合い、無数の雷を纏った刃が水龍を切り刻んでいきます。
攻撃魔術には六つの属性があります。
しかし、複数の属性を掛け合わせて一つの攻撃魔術にするということはできません。
何人もの魔術研究者が試行錯誤を繰り返しても、未だ一つたりとも完成されていません。
しかし私は、オルンさんの知識もお借りして、精霊を使うことで疑似的な複合属性の魔術を完成させることができました。
ですが、今の私だと一人では扱えず、片方の属性は妖精の力を借りなくてはいけないのですが……。
シルフが作り出した規格外の【
しかし、相手も深層に生息している魔獣です。
この一撃で仕留めるには至らないでしょう。
嵐のような竜巻が晴れると、全身がズタズタになった水龍が、怒りを孕んだ咆哮を上げました。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
『シルフ、とどめをお願いできますか?』
『できるけど、ルーナは大丈夫なの?』
『大丈夫ですよ。遠慮なくお願いします』
既に限界を迎えていますが、死ぬことはないでしょう。
今の私には特級魔術の術式を構築できる余裕が無いので、シルフにお願いするしかありません。
『わかった。――それじゃあ、潰れろー!』
「……ぐっ…………」
脱力感に襲われ地面にへたり込むことになりましたが、水龍の上空から猛烈な下降気流が発生し、水龍は地面に叩きつけられました。
それだけでは終わらず、最終的に水龍はぺちゃんこになり、その姿が黒い霧となって霧散します。
「っ、【
上空から吹き降ろしてきた風による街の被害を防ぐために、門を土の壁で塞ぎます。
『うん! 大満足!』
『シルフ、ありがとうございました』
街を見下ろすと、水龍が居なくなったことで更に士気の上がった探索者たちによって、魔獣が次々と討伐されていきます。
ひとまずこれで西門は大丈夫でしょう。
私はもう動けません。
他の門は別の探索者に任せるしかありませんね。
そんな風に達成感に浸っていると、街の上空から大きな音が鳴り響きました。
オルンさんとオリヴァーさんが戦いを始めてから幾度も聞こえていましたが、今回の音はこれまでよりも更に大きいものでした。
既に自分にできることが無くなった私は、音の鳴った方に視線を向けると――。
「…………ぇ……」
◇ ◇ ◇
ルーナが水龍を討伐した直後、オルンとオリヴァーの戦いも決着していた。
「…………」
「…………オ、リ……ヴァ…………」
口の端から血が零れ落ちているオルンは、オリヴァーの腰から現れた魔力でできた尻尾によって腹部を貫かれていた。
それでも目は死んでおらず、オリヴァーを真っ直ぐ捉えているが、徐々にその瞼が落ちていく。
ついに意識を手放してしまったオルンだが、既に魔剣ではなくなっている黒い剣を手放さなかったのは、最後の意地によるものか。
しかし、オルンの受けた傷は致命傷であり、死に至るのは時間の問題だ。
ここでオルンとオリヴァーの勝敗は決した――。
――かに思われた。
意識を失ったはずのオルンが、突如目を見開く。
「ここは……。――痛っ!」
意識を取り戻したオルンは状況を理解していないような素振りを見せるが、腹部の痛みに気づき、顔を顰めながら自分の腹部に視線を落とす。
「おぉぅ……、そりゃあ、痛いわけだ……」
表情は苦痛で歪んでいるものの、自身の体が貫かれていると気づいても緊張感のない声音で呟く。
オルンがおもむろに左手で腹部を貫いている尻尾に触れると、魔力が突如気化したかのように金色の煙のように変化し、霧散した。
それからオルンの腹部に空いた大きな穴が、まるで時間が巻き戻るかのようにみるみるうちに復元されていく。
更にはボロボロであった服までもが元の綺麗な状態に戻る。
「ふぅ……。痛かった」
【魔力収束】による足場も無しに空中に
オルンの異様な雰囲気に、オリヴァーが距離を取った。
これまで感情の揺らめきが全く無かったオリヴァーの額から、一筋の汗が流れる。
「それで? これは、どういう状況?」
なおも緊張感のないオルンのその雰囲気は、普段のオルンよりも幼い印象を受けた。
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