57.ソロ戦闘
「もう昼か……。よし、それじゃあ、午後からは大迷宮に行こうか」
魔獣について教えた後も、各種ロールの考え方や探索者としての心得といった基本的なことを教えていたら、ちょうど正午になった。
「え、いいんですか……?」
「あぁ、教育方針は俺に一任されている。お前たちも初日からずっと座学ばかりだと退屈だろうし、体を動かしたいだろ? 今後の教育方針を決めるためにも、改めてみんなの実力を見せてほしい。だけどその前に昼食だな。三人とも食堂で食事してきな。そうだな、十三時三〇分に寮のエントランスに集合しよう」
「ししょ―は食堂で食べないの?」
「あぁ。俺は迷宮に行くときは自作の携帯食を食べるようにしているから。俺のことは気にしないでいいぞ」
「携帯食! なんかカッコいい! あたしも食べてみたい!」
「僕も食べてみたいです!」
「わ、私も!」
三人が携帯食に興味を持ったようだ。
「構わないが、美味しくないぞ?」
最終的に全員で携帯食を食べることになった。
俺の作った携帯食は味を二の次で作っている。
不味くはないレベルまでは改良できているけど美味しくはない。
予想通り、三人とも携帯食を口に入れた瞬間、表情が固まった。
「なにこれ! 美味しくな――むごむご!」
「お、美味しいです、師匠! こんなものまで作れるなんて、師匠はすごいですね!」
キャロルが正直な感想を言おうとしたところで、ログがその口を手で塞いでフォローしてくる。
「ぷは! 死んじゃうよ!」
「あはは……。味が微妙なのは分かっているから、無理しなくていいぞ。今からでも、食堂の食事にするか?」
「い、いえ! せっかくいただいたものを残すなんてできません!」
ログだけじゃなくて二人も全部食べるようだ。こんなところで無理しなくていいのに。
◇
携帯食を食べ終えてから、大迷宮の十一層に到着した。
「さて、これから、お前たちには一人ずつ戦ってもらう。一人でどこまでできるかを見せてほしい。何かあっても俺が絶対に護るから、全力で戦ってみてくれ。あと、戦うときはこのネックレスを首から下げるように」
一人と三人では、三人の方へ魔獣が来てしまう可能性が高いため、黒竜戦で俺が使っていたネックレスを首から下げてもらうことにする。
最初に戦うのはソフィーだ。
敵はスライム五体。
「ソフィー、がんばれー!」
「い、行きます! ……【
スライムは弱い魔獣の代表例に数えられる。
とはいえ、物理耐性が高く、弱点であるコアは体の中心にあるけど小さくて見えにくい。
そのため武器を使う新人の前衛では、苦戦する相手だ。
ただし、ソフィーは魔術士。
スライム五体が相手でも、難なく倒せるはずだ。
スライムが苦手な、火系統の中級魔術である【
スライムが近づいてきたら落ち着いて距離を取る。
一定以上の距離を保ちながら一体ずつ確実に倒していく。
並列構築ができればもっと殲滅速度は上がるだろうが、新人としては魔術の選択も、立ち回りも問題ない。
やはり、ソフィーにはこれから並列構築をマスターしてもらおう。
続いてログの戦闘に入る。
敵はゴブリン三体。
ログは付与術士であるため、本来なら攻撃にはあまり参加しないで味方のバフ管理に集中したほうがいい。
だけどパーティ人数が三人と少ないため攻撃に参加せざるを得ない。
この三人についていける新人がいればいいんだけど。
ログは瞬く間に【
やはりログは並列構築ができている。
探索管理部は新人たちに対して基本的なことを教える場所だから、上級探索者に必要な並列構築を教えたとは思えない。
だとすると独学でたどり着いたか、先輩の誰かに教わったのか。
いずれにしても、その歳で並列構築までできるようになっているとは。
まだ粗はあるけど、ログは既に付与術士としては充分な実力を持っている。
さて、ログにはこれから何を教えていこうかな。
最後にキャロルの戦闘だ。
敵はホワイトウルフ二体。
ホワイトウルフは素早い動きと強力な嚙みつきが特徴の魔獣だ。
キャロルは相変わらず敵にピッタリと張り付いて、攻撃を躱しながらカウンター気味に両手のダガーで斬りつけている。
キャロルの動きを見て、彼女は前衛アタッカー向きだと改めて思った。
俺の弟子になったからにはキャロルには死亡率がダントツで一番高い回避型のディフェンダーはさせない。
そんなリスクを負わせたくない。
ただ、現状で前衛ができる人がキャロルしかいない。
パーティにディフェンダーがいないのは致命的だ。
今はやむを得ずディフェンダーをさせているが、それも中層までだな。
下層に行ったら前衛アタッカーにコンバートさせる。
(この三人についていけるディフェンダーを探さないとな)
キャロルがホワイトウルフを翻弄しながら一体を斬り刻み、魔石に変える。
片方に集中していたためか、背後から迫ってくるもう一体に無防備な背中を晒している。
「危ない!」
ソフィーが悲鳴混じりの声を上げる。
構築していた術式に魔力を流して【
灰色の半透明な壁に触れたホワイトウルフが進行方向とは逆に飛ぶ。
【
そのまま無防備に空中にいるホワイトウルフを両断する。
「キャロル、今は一人で戦っているんだから、周りにも気を配らないとダメだぞ?」
なるべく責めた感じにならないように気を付けながら、キャロルを注意する。
「んー? 後ろからくることはわかってたよ? だから無防備にしていたんじゃん」
キャロルがさも当然のように発言する。
どういうことだ? 意味が分からない。
「わかっているのか? 今のは大怪我していた可能性もあるんだぞ?」
「んー? ケガなんてしないよ?」
会話がかみ合っていない。
「あ、ししょーには言ってなかったね!」
キャロルが得心したように呟くと、握っていたダガーで自分の
当然手首からは、多くの血が流れる。
…………は?
一瞬理解できなかったが、すぐさま【
しかし、俺が発動する前に、傷はみるみるうちに治っていく。
(これが、資料に書かれていた【自己治癒】か……)
心の中で呟く。
「これがあたしの異能だよ。どんなにケガしてもすぐに治っちゃうの! あたしは
満面の笑みで告げてくる。
(安心できるかよ!!)
この子はアンバランスすぎる。
いつか、なんて悠長なことは言ってる場合じゃない。
この異能があるから、いつも魔獣に突っ込んで行けてたのか。
偏った思考とこの異能。こんな危ない考えはすぐにでも改めさせないと……。
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