190.悪意の視線

  

  ◇ ◇ ◇

  

 翌朝、迷宮攻略の準備を整えた俺は、フウカとハルトさんと合流して、攻略対象の迷宮へと足を踏み入れていた。

 迷宮の中は、一般的な洞窟のような場所だ。


「……ハルトさん、視ましたか・・・・・?」


 迷宮へと入り、慣れ親しんだ空気感に変わったところで、ハルトさんに問いかける。


「へぇ、オルンも気づいていたのか」


 ハルトさんが感心したような声を漏らす。


「あれだけ悪意の籠った視線を向けられれば、流石に気付きますよ」


 俺たちが迷宮へと近づくにつれて、悪感情が乗っているとき特有の視線を強く感じた。

 だが、すぐに何かを仕掛けてくるというよりは、俺たちを観察しているようにも感じたため、下手に刺激をしないようにと気付かないふりをして迷宮へと入ることにした。


 こちらに【鳥瞰視覚】という、周囲一帯を視覚情報として捉えることができる仲間がいることも大きい。

 そして、俺と同じく悪意の視線に気づき、異能を使ってその正体を確認しただろうハルトさんに確認を取ったということだ。


「まともに手を組むのは今回が初めてだってのに、俺の使い方・・・・・を解ってるじゃねぇか」


「お褒めに預かり光栄です。それで、正体はわかりましたか?」


「連中は探索者の格好をしていたな。仮に連中が探索者を装った帝国の工作員だとしても、俺たちに気配を気取られている時点で、程度は知れている。そこまで警戒する必要はねぇだろ」


 探索者の格好、か。

 連中の正体は帝国の工作員だと考えていたが、そうでないとするなら連中の目的はなんだ?


「――オルン、ゴブリン斬っていい?」


 俺が思考していると、俺の警戒網に魔獣の存在が引っ掛かり、時同じくしてフウカから戦っても良いか問われる。


 この臨時のパーティでは、俺が代表兼パーティの指揮を務めることになっている。

 普通に考えれば、年長であり《赤銅の晩霞》の団長でもあるハルトさんが代表を務めるべきだとは思うが、彼が固辞したことと、フウカからの強い要望で、俺が務めることになった。


「あぁ、フウカに任せた」


 ゴブリン一体を相手に連携の確認も無いだろうと考え、俺が戦闘許可を出すと、フウカはコクリと頷いてからゴブリンの居る方向へと歩き出す。


 彼女の進行方向からは、ゴブリンが汚い声を上げながらこちらに向かって走ってきている。


 フウカは左腰につけている収納魔導具から鞘に納まった刀を出現させると、それを左手で握った。

 それから鯉口を切って、いつでも抜刀できる状態にする。

 直後、彼女の姿がブレると、その場から消えていた。


 次の瞬間には、こちらに向かってきていたゴブリンの頭がぼとりと落ち、ゴブリンの更に奥へと移動していたフウカが、刀身を鞘に納めている。


 フウカの今の移動は、縮地という移動方法だったはずだ。

 武の極致に至った者のみに許された技法のひとつであると記憶している。


 俺はフウカの剣捌きに見惚れていた。

 それほどに無駄の一切を省いた見惚れるほど洗練された動きだった。


「どうだ? ウチの姫様の剣技は」


「えぇ、見事としか言いようがありませんね」


 わかっていたことだが、俺が武術大会でフウカに勝てたのは、彼女が様子見をしていたことと、不意打ちが上手く嵌っただけの偶然の産物だったのだと改めて実感した。


 フウカの域に到達するには、まだまだ努力が必要だな。


 それから俺たちは、三人での連携を確認しながら、最短ルートで迷宮の最奥を目指して進んでいく。

 

  ◇

 

「二十層到着、と。ここからは最短ルートではなく、魔獣が多くいる場所を経由しながら最奥を目指します」


 ギルドカードに二十層入口にある水晶を登録しながら、二人に方針の変更を伝える。


 事前に探索者ギルドから入手した情報では、この迷宮は二十二層構成で、その下に迷宮を迷宮足らしめている巨大な魔石――迷宮核が存在している。

 そして、二十層以降は魔獣の数が段違いに増えるとのことだった。

 ここから最奥までは、ちょうど良い狩場になる。

 昨日の夕食のときにも言ったが、少しずつでも金稼ぎはしておきたい。


「魔石と素材を集めながらってことだな。了解だ。……それと、ずっと思っていたんだが、オルン、俺にも敬語は使わないでいいぞ?」


「え、ですが……」


「曲りなりにも俺たちのリーダーなわけだしな。それにオルンに敬語を使われると、なんだかくすぐったいんだよ」


「……わかった。これからは敬語抜きで話させてもらうよ、ハルトさん」


「おう、よろしく頼むな」


 


 寄り道をしながらも着実に最奥に向かって進んでいき、二十二層も半ばまで消化したところで、これまで以上に魔獣がわらわらと現れた。


 低位の魔獣のため一体一体は弱いものの、俺たちが今居る場所はそこまで広くない通路だ。

 そこに何十体も来られると進路が塞がれることになる。


 それにしても、魔獣が多いことは事前情報で知ってはいたが、二十層も二十一層もこれよりは断然少なかった。

 この数は流石に異常じゃないか?


 最前線でディフェンダーであるフウカが魔獣を斬りつけ、一定以上こちらに魔獣が近づかないように立ち回ってくれているが、それでは現状維持にしかならない。


 このままフウカに殲滅してもらうという手もあるが、彼女一人に任せるのは気が引ける。

 俺たち全員で戦える状況を作りたいところだ。


「ハルトさん、一時的にでも道を空ける手段は持ってる?」


 記憶しているこの迷宮の地図と現在地を照らし合わせながら、ハルトさんに問いかける。

 もしハルトさんにその手段がない場合は、攻撃魔術で一掃する方向に切り替えるが、まだ余裕がある・・・・・内に二人の引き出しを確認しておきたい。


「一時的でいいのか?」


「一時的で構わない。何なら押し寄せてきている魔獣を全滅させてもらってもいいけど?」


「全滅はちと面倒から、一時的に道を空ける方で」


 特に気負った様子もなくハルトさんがそう口にすると、重心を下げて、その場で拳を構える。

 すると、ハルトさんの右手の周囲が、陽炎のように揺らき始めた。


(この揺らめきは魔力じゃない。とすると、これは氣か?)


「フウカ、行くぞ!」


 ハルトさんが、前で舞うようにして魔獣を斬りつけ続けるフウカに声を掛ける。

 フウカがハルトさんの声に対して、「うん」と返答したところで、ハルトさんは身体を捻じる。


「俺らの王様の命令だ。道を空けろ、魔獣ども!」


 ハルトさんが声を上げながら左足を踏み込むと、腰を回転させ、体重の乗った右拳を振り抜いた。


 ハルトさんの右拳から撃ち出された空気の揺らめきが、魔獣の群れを通り過ぎる。

 そして、その進路上に居た魔獣は、ひき潰されたように身体をひしゃげ、黒い霧へと変わり、魔獣の居ない道が作り出された。


「【岩壁ロックウォール】!」


 すぐさま岩の壁で、ハルトさんが空けた道が魔獣に塞がれないように魔獣を妨害する。


「ハルトさん、後二回、同じことできる?」


「へっ、問題ねぇ! 五回でも十回でも、どんとこいだ!」


「頼もしいな! だったら、このまま岩の壁の間をしばらく直進してくれ。しばらくすると、右に曲がる通路があるから、そこでもう一度道をこじ開けてくれ」


「了解だ、王様!」


「……その、『王様』ってのは何だ?」


「ははは、ノリだよ、ノリ。俺たちのリーダーなわけだし、王様も間違っちゃいないだろ」


「いや、間違ってると思うけど……」


「細かいことは気にすんな! んじゃ、行くぞ!」


 


 俺たちは軽口を叩きながら、魔獣の群れを強引に突破していき、開けた場所へと移動した。

 先ほどの通路では三人で戦うほどのスペースが確保できなかったが、ここなら問題無く戦える。


「これで動きやすくなった。――さぁ、殲滅開始だ!」


 俺の声を皮切りに、フウカとハルトさんが動き出す。

 俺たちは全員、単騎でも余裕でこの魔獣どもを相手取れるだけの実力を持っている。

 そんな俺たちが、互いの死角を補うように連携しながら戦えば、結果は火を見るよりも明らかだ。


 攻撃魔術を使わずとも、大した時間を掛けることなく、大量の魔獣を全て魔石に変えることができた。


「いや~、大量大量! これで食費が多少は賄えるな」


 地面に落ちている魔石や素材をハルトさんが上機嫌に回収している。


「フウカはさっきみたいに魔獣の群れを相手にする場合に備えて、何か広範囲を攻撃できる手段を持っているのか?」


 俺は魔石を回収しながら、同じく回収しているフウカに問いかける。


「ある。だけど私は一騎打ちとか少数戦が得意だから、そういうのは、そういうのが得意な人に任せてる」


 フウカらしい割り切りだな。

 俺はどんな状況にも対処できるように、様々な技術を取り入れるようにしているが、フウカは逆に、自分の不得意分野はそれが得意な人に任せるという考えのようだ。


 それも間違った考え方ではないし、そもそもフウカの場合は、集団を相手にするのが得意ではないだけで、一人でも対処できるだけの実力を持っているのは間違いないだろう。


「なるほどな。可能であればでいいが、近いうちにその広範囲の攻撃手段を見せてくれないか? ――っと、フウカ、ハルトさん!」


 フウカに話しかけていると、俺の警戒網に再び複数の魔獣が引っ掛かる。


 俺が二人に魔獣のことを伝えようとしたが、既に二人とも魔獣を捉えていた。


「あぁ、わかってる。だが、これ・・は解せないなぁ」


 ハルトさんが、魔獣たちの居る方向を見ながら眉をひそめている。

 俺もハルトさんと同意見だ。


「た、助けてー!」 


 俺たちの視線の先では、探索者の格好をした青年が、魔獣から逃げるようにこちらに向かって走ってきていた。


 先ほどの魔獣の異常な数や、魔獣から逃げるために青年がこちら・・・に向かってきている状況、どちらも偶然では片付けられない気がする。


 俺たちが居る場所は、二十二層のちょうど中心辺り。

 魔獣から逃げるなら、俺たちの居る方向ではなく、俺たちがやって来た方向である階層の入り口に向かうべきだ。

 そこには魔獣除けのための水晶があるのだから。


 パニックで、入り口の水晶に思い至らなかったとも考えられるが……。


「ひとまず、俺たちの方へ来た魔獣は討伐。逃げてる人を追いかける魔獣は、余裕があったら倒す程度で良い。助ける義理も無いからな」


 疑問は残りつつも、ひとまずは目の前の問題を片付けるために、二人に指示を飛ばす。

 本来は助けるべきなんだろうが、どうにも引っ掛かる。

 人間の本性はピンチの時にこそ見えてくるものだから、このまま観察して情報を手に入れたい。


 俺たちと逃げている青年の距離が近づいてくると、これまで必死の形相をしていた青年が、突如悪意に満ちた笑みに変わった。


(はぁ……。これが人為的なものであることは確定か)


 そんなことを考えているうちに、青年が俺たちとすれ違う。


「へへへ、悪く思うなよ、ツトライルの探索者ども!」


 そんなことを言いながら、青年が俺たちの周りに魔石をばら撒いた。


 魔獣は魔石を狙う習性がある。

 これだけ魔石をばら撒かれれば、魔獣の注意ヘイトは、その近くに居る俺たちに向く。

 つまり、あの魔獣どもを押し付けられたということだ。


「お、こんなに魔石をくれるなんて太っ腹じゃねぇか。サンキュー」


「今日の夕食が豪華になる」


「あ? おい、フウカ。お前、まさか今日稼いだ金を、全部今日の夕食に換えるつもりじゃねぇだろうな?」


「……? ダメなの?」


「ダメに決まってんだろうが! ただでさえ活動資金がカツカツなんだから!」


「……残念」


 青年の行動に特段戸惑った様子もなく、ハルトさんとフウカは平常運転だった。


「フウカ、あの男を捕らえろ。殺すなよ。ハルトさんは魔石の回収を。魔獣は俺が片付ける」


 再び二人に指示を出す。

 その通りに動いてくれている二人を視界の端に捉えながら、俺は右手で握っているシュヴァルツハーゼの刀身に、魔力を収束させていく。


「――天閃」


 シュヴァルツハーゼを振り下ろし、【重力操作】と【瞬間的能力超上昇インパクト】を乗せた漆黒の斬撃を放つ。


 漆黒の斬撃が発する重力に引き寄せられるように、一か所へと集まった魔獣たちの中心で漆黒の魔力が拡散し、周囲に破壊をまき散らす。


 こちらに向かってきた魔獣は全て魔石へ変わり、俺たちに魔獣を押し付けようとした青年も、フウカによって組み伏せられていた。


 さて、答え合わせといこうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る