189.金欠が決定した迷宮攻略ツアー

「鶏肉のバター和え、鶏肉と長ネギの串焼き、肉と野菜のポトフ、豚肉の甘酢かけ、川魚の塩焼き、ハッシュポテト、それから――」


 フウカが、まるで何かの呪文を唱えているかのように、次から次へと料理名を言っていく。


「え、えぇっと……」


 フウカによる呪文詠唱のような注文を終わると、それを聞いていた店員がこちらに困った顔をこちらに向けてくる。

 店員だから口にしていないのだろうが、その顔には「そんなに食べられるのか」とはっきり書かれているように見えた。


 俺の隣から「最初から飛ばしすぎだろ……」と、呆れたような声を零したハルトさんが、店員の方を向いてから口を開いた。


「冗談だと思うだろうが、全部きちんと食べるから、それらの料理を頼む。金もきちんと支払うから心配しないでくれ」


「わ、わかりました。それでは、料理ができ次第順次運ばせていただきますね」


「あぁ、よろしく頼む」


 店員が注文を料理人に伝えるべく、俺たちの元を離れていった。


 俺たちは現在、ノヒタント王国にあるケグリスという町に来ている。

 先日、俺とフウカとハルトさんの三人は、この国の王女であるルシラ殿下より依頼を受けた。

 その依頼というのが、王国内にあるいくつかの迷宮を攻略するというもの。

 そして、攻略対象の迷宮の一つがこの町の近くにあるため、今日はここで一泊して、明日早速攻略に乗り出す予定だ。


「フウカがよく食べる人だというのは知っていましたが、いつもこんなに食べているんですか?」


 身体が資本である探索者おれたちにとって食事は重要なものだ。

 しかし、先ほど注文した料理を全て食べるとなれば、相当苦しいはず。

 本来なら明日の迷宮攻略にも支障が出てもおかしくないが、ハルトさんが止めていない辺り、フウカは問題無く動けるのだろう。


「まぁ、大抵はこれくらいだな。おかげで《赤銅の晩霞ウチ》はいっつも素寒貧状態だ」


 ハルトさんが俺の質問に答える。

 その内容は愚痴そのものだが、本気でフウカを責めるようなものではなく、面白半分に言っているようだった。


「その分私は稼いでる」


 ハルトさんの愚痴にフウカが反応した。

 相変わらず表情の変化が乏しいが、なんとなくハルトさんの発言にムッとしているように見える。


「へぇ、お前がこんな会話に入ってくるなんて珍しいな。差し詰め、『オルンに変な印象を持たれたくない』と言ったところか?」


「……別に、そんなのじゃない。ハルトが私のせいでウチが貧乏だって言ったから、それに反論しただけ」


 ハルトの言葉に、フウカは顔を逸らしながら言葉を発する。

 それはまるで、バツが悪い子どもが言い訳をしているようにも見えた。

 ハルトさんも似たようなことを思っているのか、「ふ~ん」と言いながら微笑ましいものを見ているときのような表情をしていた。


「なんか、その表情ムカつく。絶対二人とも失礼なこと考えてる。斬っていい?」


 俺たちの表情を見たフウカが、ジト目で物騒なことを言いだす。


「これ以上弄ると本当に抜刀しかねないな。料理も来ることだし、食事にしようぜ」


 ハルトさんがそう言い終えると、ちょうど店員が料理を持って現れた。


 彼は【鳥瞰視覚】という異能を持っている。

 その異能は視界を任意の場所に転移させるというものだ。

 本来なら死角となる場所すら視ることができるため、非常に使い勝手の良い異能だと思う。

 それで厨房や周囲の状況を確認していたことで、いち早く料理が運ばれてくることが分かったのだろう。


 フウカは料理が運ばれたことで、俺たちに対する怒りは霧散していて、運ばれてきた料理に目を輝かせていた。

 それから視線を俺の方へと移動させ、「食べていい?」と問いかけてくる。


 何故俺に許可を求めるのか不思議だったが、特段触れる必要も無いと考えて頷く。


「それじゃあ、いただきましょう」


 俺の声を聞いたフウカとハルトさんは、「いただきます」と言ってから食事を口に運ぶ。

 料理を食べてもあまり表情に変化が無いフウカだが、彼女の纏う雰囲気は幸せそうなものになっていた。


 


 最初の料理が運ばれてきてからしばらく経つと、テーブルの上には空の皿が多く置いてあった。

 俺もハルトさんも充分に腹を満たしたため、食事にはもう手を付けていないが、フウカは相変わらず目の前の料理を嬉しそうに食べている。

 彼女は食事量こそ多いけど、ガツガツとはしておらず、食べている姿は上品だ。

 絵になりそうなその所作は見ていて飽きないし、フウカも満足そうなので、それ自体は問題無い。


 だが、別の面で見過ごせない問題があるのも事実だ。


「……あの、ハルトさん」


「どした?」


「このペースだと、ダルアーネに着く前に活動資金が尽きます」


 今回の迷宮攻略はルシラ殿下から依頼されたものとはいえ、実質的には国からの依頼だ。

 そのため、国から少なくない金額の活動資金を貰っている。

 だが、この食事がこれからも続くとなると、どう試算しても、全ての迷宮を攻略して最終目的地でありソフィーたちの故郷でもあるダルアーネに到着する前に、貰った資金は底を突く。


「はははー、だよなー……」


 俺の言葉に、ハルトさんも目を逸らして、現実逃避気味に乾いた声を漏らす。 


「俺たち三人で中隊規模相当・・・・・・の食費が掛かったと言って、国が素直に信じてくれるとは思わないんですよね……」


「だな。俺が国側の人間だったら、間違いなく金をぼったくろうとしている、浅ましい探索者としか思わねぇ。それに王国は近々戦争を始めるんだ。戦争には莫大な資金を投じることになるんだから、尚更俺たちに追加の金は払わねぇだろ」


「まぁ、俺個人の蓄えがある程度あるので、全ての金が尽きることは無いと思いますが――」

「いやいや! オルンに金を出してもらう必要はねぇよ! こうなることを見越して《赤銅の晩霞クラン》からも予算を割いているから、不足分はウチで出す。原因はウチの姫様なんだからな」


 俺の提案をハルトさんが焦ったように遮る。


「そ、そうですか。それは、ありがとうございます。ですが……」


「オルンの言わんとすることはわかる。さっきも言った通り、ウチは金をあんま持ってねぇからな。だから、迷宮攻略時に少し寄り道して素材や魔石を採りたいんだが、それでもいいか?」


「はい、それは全く問題ありませんよ。俺個人としても、二人の戦闘は少しでも多く見たいので」


「さんきゅ。だが、フウカの戦闘はともかく、俺の戦闘なんか見ても、オルンが得られるものは少ないと思うがな」


「そんなことありませんよ。ハルトさんの氣の操作は、改めて間近で見てみたいですから。去年、ハルトさんから氣について学びましたが、あの時教えてくれた内容が氣の全てではないですよね?」


「……なんでそう思うんだ?」


 こちらに向けてきているハルトさんの目が、興味深いものを見るようなものに変わる。


「そうでなければ、魔術が禁止されていた去年の武術大会で、二戦連続・・・・相手の武器を破壊した現象を説明できないからです」


 ハルトさんの異能は先ほども言った通り【鳥瞰視覚】であり、この異能を拡大解釈しようが武器を破壊するなんてことは考えにくい。


 加えて、先日オリヴァーと一緒に巨大なスケルトンと戦った際、オリヴァーはハルトさんの武器破壊のようにスケルトンの腕を破壊した。


 それはつまり、あの物を破壊する現象は再現性のある技術と言える。

 だったら、氣の操作で武器を破壊していると考えるのが、幾分か筋が通るだろう。


 俺の言葉を聞いたハルトさんが思案するように目を閉じると、視界の端でフウカが頷いたように見えた。

 それから再び目を開けると、ハルトさんは不敵な笑みを浮かべていた。


「正解だ。俺がオルンに教えたのは氣の操作の基本部分だけだった。氣の操作は異能と同様、応用力のある技術だ。氣の操作の応用はこの迷宮攻略ツアーの期間中に追々教えてやるよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ハルトさんから氣の操作について更にレクチャーしてもらえる約束を取り付けたところで、フウカも全ての料理を食べ終わったため、俺たちは宿へと戻って明日の攻略のために早めに休んだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 俺の名前はダスティン。

 この町、ケグリスで活動する探索者パーティのリーダーを務めている。

 俺たちはいわゆる〝領主様お抱えの探索者〟ってやつだ。

 この町の近くにある迷宮の探索を専門とすることで、他の探索者よりも優遇を受けている。


「みんな、今週もお疲れ! 明日は休養日だから、今日は大いに飲め!」


 俺の声掛けに、仲間たちが思い思いに飲み食いを始める。

 今週も誰一人欠けることなく、この時間を迎えることができた。

 勝手知ったる迷宮の探索とはいえ、一時の油断が最悪の結果を招くことがあるからな。

 とはいえ、リスクを最小限に抑えつつ、領主様の信頼も得られる。

 ホントお抱え制度様様だぜ。


 近々王国と帝国が戦争を始めるらしいが、ここは国境からかなり離れているから、ここが戦火になることはまずない。

 俺たちの安寧が帝国との戦争で破壊されることは無いだろう。

 むしろ魔石や迷宮素材の需要が上がれば、これまで以上に稼げるはずだ。

 そうしたら、嫁や子どもに、もっと良いもん食わせてやることができる。


「おい、ダスティン! 大変だ!」


 仲間たちと気分良く飲んでいると、俺たちと同じく領主様お抱えの探索者パーティのリーダーであるエリックが、慌てた表情でこちらに駆け寄ってくる。


「なんだよ、エリック。また、俺たちより稼ぎが悪かったからって、いちゃもんでも言いに来たのか? それなら――」

「そんな呑気なこと言ってる場合か!」


 エリックが俺の冗談交じりの言葉を遮る。


「さっき領主様へ定期報告をしに行ったんだが、その時に言われたんだよ。俺たちとの契約を切るって!」


「……それは、残念だったな。ま、死ぬわけじゃないんだ。お前たちなら、また領主様の信頼を勝ち取れるはずだ。あの人は領民を何とも思っていない他の貴族様たちとは違うからな」


「話聞いてたか!? 俺たち・・って言っただろうが! 契約を切られるのはお前らもだ!」


「はぁ!? なんだよそれ!!」


 ここの領主様に抱えられている探索者パーティは、俺のパーティとコイツのパーティの二つだけだ。

 その両方を切るだと!?

 領主様は何を考えているんだ!


「だから大変だって言ってんだろうが! ……具体的なことは言ってくれなかったが、どうやらあの迷宮が攻略されるらしい」


「攻略だと!? この領地にはあそこしか迷宮が無いんだぞ! あの迷宮が無くなれば、領内の魔石はどう賄うんだよ!」


「んなこと言われたって、俺だってわかんねぇよ! だた、近日中に攻略を一任された探索者がツトライルからやって来るって話だ」


 ツトライルからだと!?

 死に急いでいるようにしか見えない、イカれた連中がなんでこんな田舎に来るんだよ!

 素直に大迷宮の攻略なんていう、実現不可能な夢を見ながら死んでおけよ!


「……認めない。あの迷宮を攻略するなんて、俺は絶対に認めないぞ!」


 何の権利があって、この町を、この領地を混乱に陥れようとしているか知らねぇが、余所者に俺たちの居場所を踏み荒らされてたまるか!


 そうだ、俺はこの領地に住むみんなを守らねぇとならない。

 そのために手を汚すことになっても、それは正義の執行だ。


 ククク、迷宮攻略中に・・・・・・探索者が死ぬのは普通のことだよなぁ?

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