62.厄介な情報
夕方まで三人に様々なメニューを与え、全部が終わったところで今日の鍛錬は終了にした。
教導を終えた俺は、じいちゃんの店へと足を運んだ。
「こんばんは、じいちゃん。遅くにごめん」
「おぉ、よく来たのぉ。ちょうど店じまいをしているところじゃ。中で待っといてくれんか?」
じいちゃんが商品を移動させたりしながら、そう言ってくる。
「いや、手伝うよ」
「そうか? ありがとう」
片づけをササッと終わらせて、居間に移動した。
「……それで、今日は何用じゃ? こんな時間に来るってことは、魔術関係かのぉ?」
湯呑に入った温かい緑茶を
ちなみに緑茶とは、東の国から輸入されている甘みや苦味、渋みがちょうど良いバランスで成り立っている緑色のお茶のことだ。
珍しい飲み物だけど、俺も好きでよく飲んでいる。
「うん。実は今新しい魔術を開発しているんだけど、アドバイス貰えたらなと思って」
そう言いながら、術式の書いている紙をじいちゃんに見せる。
じいちゃんはとんでもない技量を持った魔導具師だ。
そして、魔術にもかなり精通している。
俺の収納魔導具を作ってくれたのもじいちゃんだし、俺に魔術を教えてくれたのもそうだ。
魔術に関する知識量では、俺はじいちゃんの足元にも及ばない。
それもそのはず。
じいちゃんは世界中に名前を轟かせていた伝説の魔導具師であるカヴァデール・エヴァンス本人なのだから。
じいちゃんは普段、偽名を使っているけど、どうしてかある日俺に正体を明かしてくれた。
カヴァデール・エヴァンスの伝記には、魔導具の常識を覆してきた数々の実績と共に、色んな人に疎まれ、周りから迫害を受けて、最終的に自死を選んだと記載されている。
なんで死んだと言われている人が生きているのか、なんで俺に正体を明かし尚且つ魔術の知識を教えてくれたのか、わからないことは多い。
でも、そんなのは関係ない。
じいちゃんには何度も助けられているし、勝手に家族だと思っている。
雑貨屋としての宣伝はするけど、じいちゃんが魔導具師だということは誰にも言うつもりはない。
「ほぉ。面白い魔術じゃのぉ。流石は儂の弟子じゃな」
じいちゃんがにっこりした顔で褒めてくれた。
「ありがとう。じいちゃんにそう言ってもらえると自信になるよ」
「ほっほっほ! 魔術開発に関してはもう儂より断然上じゃよ。それで、相談とは? 見たところほぼ完成しているようじゃが」
「うん。もう完成形は見えているから、自力でこの魔術は完成できると思う。完成してから試行錯誤は必要だけどね。それで、相談したいのは発動時間についてなんだ。この魔術はどうしても発動までに時間がかかってしまう。すぐにでも使わなければいけない状況に陥ったら、発動するまで悠長に待つなんてことはできない。この魔術は【
「【
「……? どういう意味? 支援魔術の前提を覆しているんだから、不具合でしょ?」
「そうか……。やはり
じいちゃんが小さく呟く。上手く聞き取れなかった。
「俺の【魔力収束】が、なんだって?」
「いや、何でもない。――話を戻すが、これは魔術の特性上、発動するまでの時間を短くするのは無理じゃな。簡易的な魔術にすることもできん」
「やっぱ無理かぁ……」
俺は肩を落とす。
自分では、どう考えても発動までの時間を短くする方法が思いつかず、じいちゃんに聞いてみたけど、じいちゃんも同じ考えのようだ。
「
常時発動型って……。
何人もの魔導具師が、必死にその技術を確立させようと日々努力しているのに、さも当然のように言わないでよ……。
「それはありだと思うけど、それだと魔獣を引き寄せるでしょ?」
「うむ。間違いなく数人のディフェンダーが別のところに居ても、オルンの方へ一直線で向かってくるじゃろうな」
「そんな怖いもの持ちたくないよ……。だったらいっそ別の場所で用意しておいて、必要になったら――ってそうじゃん! これならいけるかも!」
俺は今思いついた案をじいちゃんに話す。
これはウィルの双刃刀から着想を得たものだ。
「……確かにそれなら可能かもしれんのぉ。インターバルはあるが、必要なときにすぐ発動できるのぉ。それに魔獣を引き寄せる効果も一般的な収納魔導具と同程度じゃ。それを儂に作って欲しいと?」
「お願いできる? ここまで複雑なものになると、俺では開発に十年は余裕で掛かりそう。そんなに時間を掛けていられないんだ」
「うむ。わかった。オルンは儂のかわいい孫じゃからな。孫の頼みは何でも聞いてあげるのがじいちゃんという生き物よ。しかし、魔術はオルンが完成させるんじゃぞ?」
「うん、わかってる。じいちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして、じゃ。試作品は数日中に作るから、使用感を報告してくれ。微調整には時間が掛かりそうじゃのぉ」
数日って……。ほんとにこの人は規格外だな……。
◇
その後、じいちゃんと一緒に夕飯を食べてから雑貨屋を後にして、とあるバーに向かっている。
当初はそんな予定は無かったんだけど、帰り際にじいちゃんから耳を疑う情報を聞いたため、急遽向かうことになった。
『《アムンツァース》が南の大迷宮で活動している』と。
そんな話を聞いたら、真偽を確かめないといけない。
じいちゃんは色々な情報に精通しているし疑うわけではないが、内容が内容なだけに複数人に確認を取っておきたい。
《アムンツァース》とは《シクラメン教団》と並ぶ、二大犯罪組織の一つだ。
こちらは、教団と違って一般人に危害を加えていない。
では、何故二大犯罪組織に数えられているのか。
それは
《アムンツァース》は大迷宮を攻略してはいけないと主張している。
その忠告を無視していることから探索者を殺して回っているらしい。
探索者にとっては、迷惑この上ない組織だ。
そもそも大迷宮攻略の何がいけないのだろうか?
現に西の大迷宮が攻略された後の帝国は、大迷宮の下層にある素材が多く市場に出回って経済が活性化していると聞く。
魔獣が現れなくなって大迷宮から魔石を取ることはできなくなったけど、帝国内には多くの迷宮があるため、魔石が枯渇することもないはず。
それに大迷宮は永続型の迷宮に分類されると
永続型であれば、いずれダンジョンコアが復活し、再び魔獣が蔓延る迷宮に戻る。
今の実生活において、魔石や迷宮素材は無くてはならないものになっている。
迷宮からも入手は可能だけど、大迷宮に行けば必要な素材は一通り揃う。
魔石も入手できるんだから、大迷宮の階層を進めることにはメリットしかないと思うんだけどな。
目的地であるバーに入って中を見渡す。
目的のバーテンダーがカウンターにいることを確認してから、そのバーテンダーの前の席に座る。
「
そう言いながら金貨を提示する。
それをチラッと見たバーテンダーがカクテルを作り始める。
そして出されたのは、見た目は美味しそうな澄んだ青色のカクテルだ。
グラスを持ち、自身に【
この飲み物は体に害は無いが、激マズでまともには飲めない飲み物らしい。
俺はちゃんと飲んだことがないからわからないけど。
このバーテンダーは、この飲み物を飲み切ったら、聞きたい情報を教えてくれる変わった情報屋だ。
「それで? 聞きたいことは?」
口直しのためか、今回はちゃんとしたカクテルが出された。【
「《アムンツァース》が南の大迷宮で活動していると聞いたんだが、事実か?」
「事実だ。既に上級探索者が何人か殺されている」
大迷宮や一般の迷宮に入るためにはギルドカードが必要になる。
《アムンツァース》に所属している者はギルドがブラックリストに入れているため、ギルドカードを発行されない。
そんな《アムンツァース》のメンバーがどうして迷宮に入れるのか。
それはあいつらが独自にギルドカードに代わるものを作れるからだ。
それで迷宮に潜って、迷宮内で探索者を殺している。
ここ
「ギルドはそれを把握しているのか? ギルドから通達はなかったと思うが」
「把握しているだろうな。大方、混乱を恐れて情報統制しているのだろう。真実はわからんがな」
混乱する可能性があることはわかる。
でも、これじゃ本末転倒じゃないか?
探索者ギルドは
これはクラン内にも注意喚起していた方がいいな。
あいつらの標的になるのは上級探索者だ。
上級探索者が活動している大迷宮の下層は広い。
運が悪くなければ出会うことはないが、可能性はゼロじゃない。
相手は対人戦が得意だ。
その上で、下層まで行ける実力も持っている。
本当に厄介極まりない連中だ。
というか、短期間で《シクラメン教団》に続いて、《アムンツァース》の話まで聞くことになるとはな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます