56.魔獣

「それじゃあ、講義を始めようか。初日だしまずは基本から。既に知っている内容もあると思うが、大切なことだから復習だと思って聞いてくれ。質問は常に受け付けているから、気になった点は遠慮なく質問してくれ――」


 俺がそう言うと、さっきまでのほんわかした雰囲気から一辺、真面目な雰囲気に変わる。

 この切り替えの早さはありがたい。

 探索管理部の教育の賜物かな。


「最初に話すのは探索者が倒す魔獣についてだ」


 迷宮探索において、魔獣との戦闘は避けられない。

 魔獣の特徴を知っているのと知らないのでは生存率が大きく変わるため、絶対に知っておいて欲しい内容だ。


「まず、大前提として魔獣は人を襲う習性を持っている。これについては明確な理由はわかっていないが、一番有力視されている説が、『人間が空気中にある魔力を吸って、体内に蓄積されている密度の濃い魔力を狙っているのではないか』、というものだ」


 魔獣は別種の魔獣だろうと襲うことはない。

 しかし、魔獣も呼吸をしているため、体内に密度の濃い魔力を持っていると思われる。

 この説が有力視されながらも否定できる要素が多いことから、未だに結論が出ていない。


「だからこそ、魔獣は人が多いところを優先的に狙うことになる。だけど、それだけが魔獣の行動を決定付けるものではない。魔獣は他の魔獣を狙わない。――しかし、魔石は狙う・・・・・


 これも先ほどの説を否定する魔獣の行動になる。

 魔獣が魔石になった途端、他の魔獣はその魔石を体内に取り込もうと狙ってくるのだ。

 更に、その行動の優先順位はかなり高い。


 一つや二つ体内に魔石を取り込んでも変化はないが、多くの魔石を取り込むとそれに比例して魔獣は強力になっていく。


「少人数の集団と魔石を持っている人間一人が離れたところにいた場合、後者を襲うことが多い。絶対じゃないけどな。その他にも攻撃をしてくる人間を襲う。ま、これは当然だな。生物の生存本能的にもおかしな行動ではない」


 だからこそアタッカーは魔獣の敵対心ヘイトを稼ぎ過ぎないように、注意しながら攻撃しないといけない。

 何も考えずに攻撃していれば良いポジションではないのだ。


「ディフェンダーが装備に魔石を付けていることが多いだろ? それは魔獣の魔石を狙うという習性を利用して、魔獣の目の前で魔石をちらつかせながら攻撃することで、魔獣のヘイトを稼ぎ、自身に攻撃を集めているんだ」


「――あ、そっか」


 ソフィーが何かに納得したように呟く。


「どうした?」


「い、いえ、何でも無いです」


 ソフィーが恥ずかしがって答えようとしない。

 彼女の性格は分かっているつもりだし、普段ならそれでもいい。

 ――だけど、ここでそれはダメだ。


「間違っていてもいいから言ってみな。もし、間違えていたら、間違った知識を覚えることになるし、合っているなら、その知識は他のみんなも共有していた方がいいだろ?」


「は、はい。そうですね。えと、この前、オルンさんが、黒竜と戦っていた時なんですけど、その、本格的に戦う前に、魔石のついたネックレスを首からかけていましたよね? あれも黒竜のヘイトをオルンさんに集めるため、だったのかな、と」


「…………。正解だ。あの状況でよく見えていたな」


 ソフィーに心からの称賛を送る。

 黒竜が現れたあの時、新人たちはパニックになっていたはずだ。

 それなのに俺の何気ない行動を見て、尚且つそれを覚えているなんて、普通はできないと思う。


 オークの集団に襲われていた時もあの数の相手をギリギリながらもさばいていたし、ソフィーは思っていたよりも視野が広いのかもしれない。


「ソフィーすごい! ししょーのそんな行動まで見てるなんて!」


「あ、ありがとう、ございます」


 ソフィーが恐縮したように顔を真っ赤にしている。こうやって少しずつでも自信を与えていきたいな。


「話を戻すぞ。魔獣の行動原理は前述の通りだ。探索者の中には戦闘用の魔導具を、たくさん持って迷宮探索に挑む者もいる。でも、それはあまりお勧めできない」


「それは魔導具を使うには魔石が必要だから、ですか?」


 ログが質問してくる。


「その通りだ。確かに戦闘用の魔導具は、魔石があれば攻撃魔術を簡単に発動できるから便利だ。しかし、魔石を多く持っていれば、それだけ魔獣に狙われやすくなるから、持って行くにしても厳選した物だけにするのがいい」


「でも、それなら、収納魔導具に入れておけばいいのではないですか?」


「収納魔導具に入れていれば、普通に持っているよりは魔獣を引き付けることが無くなるが、ゼロにはできない。……そうだな、仮に魔石から魔獣だけにかぎぎ取れる匂いが発せられているとしよう。収納魔導具に入れていれば、その匂いはある程度抑えられるが、少し漏れてしまうんだ。だから、多く持っていれば、それだけ魔獣を引き付けやすくなる」


「そうなんですね。知りませんでした。本当に師匠はたくさんの知識を持っていますね!」


 ログが尊敬のまなざしを向けてくる。

 調子狂うな……。


「……ま、まぁ、色んな知識をかじっているからな。――あと、迷宮に長く居ると、時間が経つにつれて魔獣が現れやすくなるって話を聞いたことないか?」


「あ! あるある! 『探索者たちが疲れてきてから、迷宮は本気を出してくる』ってやつだよね!」


 あまり知識を持っていない探索者の中には、そう発言する人たちが少なからずいる。

 俺も探索者になった当初はそう思っていた。


「これもさっきのが理由だ。迷宮探索を続けていれば収納魔導具の中に魔石が増えていく。それに魔獣が引き寄せられているから、時間が経つにつれて魔獣との遭遇頻度が増えているんだ。だから迷宮探索では、帰るタイミングを時間ではなくて、入手した魔石の量で判断するのが良い」


 これは余談だが、俺の収納魔導具は一般的なものよりも更に魔石の匂い(仮)を抑えることができている。

 ホント、これを作ったじいちゃんの頭の中はどうなっているんだか。封入してある術式はいくら見ても全然読み解けないし。

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