180.金烏玉兎

「…………まさか、こんなに早く見破られるとは思っていなかった」


 鎧の探索者――オリヴァーが呟く。

 兜に隠れて見えないが、その表情には苦笑が浮かんでいるはずだ。


「何年一緒に過ごしていたと思っているんだよ。先月じいちゃんの店で出会った時の佇まいや歩き方を見て、すぐにお前だとすぐわかったぞ?」


「確かに、お前の観察眼を甘く見ていたかもしれないな。――それで? あれを潰せばいいのか?」


 オリヴァーがスケルトンの方を見ながら問いかけてくる。

 俺も同じくスケルトンへと視線を向けると、先ほどオリヴァーによって切り落とされた前腕がまるで見えない糸によって引っ張り上げられるようにして上腕へとゆっくり移動している。

 このままであれば、オリヴァーが切り落とした腕は元通りになるだろう。


「あぁ。第一目標はアイツの討伐だ。あれを放置はできないからな。だが、あれはただの木偶の坊に過ぎない。できれば、裏に居る人間を引っ張り上げたいと思っている」


「……了解した」


「戦闘の流れは、これまで通り俺がオリヴァーの支援で良いか?」


「いや、俺への支援は不要だ。《黄金の曙光》は解散状態だし、オルンが今更曙光に縛られる必要はない」


「……いいのか?」


「良いも何も、それがベストだろう。今の俺たち・・・・・なら探索者を始めたころに語っていた夢物語をある程度は実現できるだろうしな。……まさか、俺に付いて来られる自信が無いのか?」


 オリヴァーが俺を煽るように言葉を投げかけてきた。

 その言葉を受けた俺は自分の口角が自然と上がっていくのがわかる。

 昔の俺は、実力的にオリヴァーに付いて行けなくなり、パーティ事情も相まって付与術士にコンバートした。

 そして、最終的にその実力も足りないという理由でパーティから追い出された。


 それなのに今は俺の前衛アタッカーとしての実力をオリヴァーに認めてもらえている。

 これが嬉しくないわけがない。


「そんなわけないだろ。なら、戦闘の流れは《黄金の曙光》の初期をベースにする。不在のルーナの役割は互いに補完するってことで良いな?」


「それで問題ない。あの木偶の坊を瞬殺するぞ、オルン!」


「あぁ。行くぞ、オリヴァー!」


 俺の声掛けと同時にオリヴァーが地面を蹴って、スケルトンの胸元目掛けて一直線に跳んでいく。


 オリヴァーが俺の支援は不要と言っていたことに多少の不安はあったものの、オリヴァーの移動速度は俺が支援魔術を掛けた時よりも速いものだった。

 オリヴァーが自身に支援魔術を掛けている様子は無かった。

 そのことから導き出せる答えは一つだけだ。


 それはつまり、――オリヴァーも氣の操作を習得しているということ。


 そんなことを頭の隅で考えながら脳内で構築した術式に魔力を流し、オリヴァーがスケルトンに接触するよりも先に二つの魔術を発動させる。


 一つ目の魔術である【風刃エアロカッター】が、元の位置に戻ろうとしていた切り落とされた前腕と上腕の間を過ぎ去り、そこにあった魔力の糸のようなものを切断する。

 魔力の糸のようなものは複数あり、その全てを切ることはできなかったが、剣を持つ腕の修復を妨害することに成功した。


 更にスケルトンの頭上に魔法陣が現れ、二つ目の魔術である【天の雷槌ミョルニル】が轟音とともにスケルトンに降り注ぐ。


 しかし、【天の雷槌ミョルニル】ではスケルトンには大したダメージを与えられなかった。

 雷の直撃を受けたスケルトンはそれを意に介さず、剣を持っていない方の拳を握り締めると、それを高速で迫ってきているオリヴァーに振るう。


 それに対してオリヴァーも自身の長剣を振るって、両者の攻撃が真正面からぶつかる。

 先ほど支援は不要と言われたためオリヴァーの剣撃には【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動していない。

 いくら高速による勢いも乗せた剣撃だとしても、圧倒的な質量であるスケルトンの攻撃の方が優勢だ。

 現に徐々にオリヴァーはスケルトンの拳に押され始めている。


 だけど俺は知っている。――本来のオリヴァーが無策で突っ込むような奴ではないことを。


 あと少しでオリヴァーが後方へ殴り飛ばされそうになったところで、振るっていたスケルトンの前腕が突如弾けた・・・

 それはハルトさんが昨年の武術大会で見せた相手の武器を破壊する光景によく似ていた。


 障害物を破壊したオリヴァーが【魔力収束】で足場を作り、更に上へと跳ぼうとしている。

 ただ、痛覚の無いスケルトンには腕を破壊されたという現象に大した感慨もないようで、修復した腕で持っている剣を逆袈裟のように振り上げる。

 その剣はオリヴァーが魔力の足場を蹴るよりも先にオリヴァーに到達した。


 オリヴァーは足場を蹴ることを諦め、下から迫ってくるスケルトンの剣に対して自身の剣を振り下ろして迎撃する。


 先ほどオリヴァーがスケルトンの拳を僅かでも拮抗できたのは、高速で移動していた勢いも剣撃に乗せていたためだ。

 つまり、氣を活性化させて身体能力を上げたとしても、それだけではスケルトンには力負けしてしまう。


 オリヴァーの迎撃むなしく、オリヴァーは自身へのダメージを防ぐことはできたが、スケルトンの剣撃によって上空へと吹き飛ばされてしまう。

 

 オリヴァーが上空へ吹き飛ばされるのは想定外だった。


 ――が、俺たちの目的は達成している・・・・・・


 今の一部始終を視界の端に捉えながら、俺はオリヴァーからにワンテンポ遅れてスケルトンの足元に接近していた。


 スケルトンが上空に居る・・・・・オリヴァーにヘイトを向けている隙に、スケルトンの足元に辿り着いた俺は速度を落とさずにすれ違いざまに長剣の魔剣シュヴァルツハーゼを水平に薙ぎ払う。

 その漆黒の軌跡がスケルトンの膝関節を通り過ぎた。


 スケルトン構成している骨は異様な硬さを誇っているが、人体と同様に関節部分は可動するために骨部分よりも柔らかくならざるを得ない。

 片方の足を失ったスケルトンは当然バランスを崩す。


 俺がある程度スケルトンと距離が取れたところで、上空に突如もう一つの太陽が現れたと勘違いするほどの極光が弾けた。

 その発光元は当然オリヴァーだ。

 【魔力収束】によって可視化できるほど高密度な黄金の魔力がオリヴァーの刀身に集まっている。


 足を切断されたことで俺の方へとヘイトを向けていたスケルトンも異様な魔力の塊に注意が向く。

 だが、少しでも俺に気を取られていた時点でスケルトンは後手に回ることになる。

 既にこの戦いの主導権はこちらが握っていた。

 つまり、もう勝敗は決まっている。


「――天閃!」


 オリヴァーが剣を振り下ろすと、黄金の魔力が巨大な斬撃となってスケルトンに襲い掛かる。

 俺が切り落とした片足を修復しているスケルトンに身動きが取れるはずもなく、スケルトンは手に持っている巨大な剣を盾のようにしてオリヴァーの天閃を受ける体勢を取った。


 オリヴァーの放った黄金の斬撃が爆発的な拡散を起こし、スケルトンは極光に飲み込まれる。


 眩い光が徐々に弱まり、スケルトンのシルエットが見え始めた。

 そして完全に光が無くなると、そこには巨大な剣と腕が消失し全身の骨に罅が走っている満身創痍なスケルトンが居た。


 そして頭蓋の罅からは禍々しい光が漏れていて、スケルトンの左目にある魔石がまた何かしようとしていることは明白だ。

 その魔石のターゲットはスケルトンをここまで破壊したオリヴァーに向いている。


 スケルトンは上空から奴を見下ろしているオリヴァーを見上げていて、背後にいる俺には気づいていても大した警戒をしていない。


「……【陸ノ型モント・ゼクス】」


 俺はスケルトンを見据えながら魔剣を魔弓へ変えると、収納魔導具から収束魔力を出現させる。

 先ほど魔獣の群れを殲滅した際に尽きていた収束魔力だが、これだけの時間があれば当然新たな収束魔力を用意することは容易だ。


 弦を引き、矢のかたちをした収束魔力をつがえる。


 【重力操作】で矢の重力波を増大させ、スケルトンの左後頭部に漆黒の矢を放つ。


「――震天」


 漆黒の矢は、重力波によって罅の入っている後頭部を粉砕し、その奥にある巨大な魔石を射抜いた。

 その直後に魔力の拡散が起こって魔石を文字通り粉々にした。


 魔石という核を失ったスケルトンは当然人の形を保つことができなくなり、その場にはボロボロと崩れた白骨の山だけが残った。




「これで終わりか。あっけないな」


 俺の近くに着地してきたオリヴァーが感想を口にする。


「だな。あと数手考えていたのにそれが無駄になった。でもまぁ、久しぶりにオリヴァーと戦えて嬉しかったよ」


「それは俺もだ。ここまで足を延ばして正解だったな」


「……それで、答えてくれるのか? 拘留されているはずのオリヴァーが外に出ている理由を」


「悪いがそれを俺の口から言うことはできない。あぁ、一応言っておくが脱走ではないからな? 俺から答えることはできないが、お前ならある程度察しがついているんじゃないのか?」


 オリヴァーが言う通り俺はオリヴァーが外に出ている理由について、ある程度目星をつけている。

 その考えが正しいのか答え合わせをしたかったが、答えられないのであれば仕方ない。


「まぁ、ある程度筋の通った理由は考え付いている。フォーガス侯爵がそれを認めたのには驚いているけど」


「彼も変わったということだ。正確には元に戻ったと言うべきなのかもしれないが」


「フィリー・カーペンターの【認識改変】か」


「…………なぁオルン、お前は何故――」


 オリヴァーが何か俺に質問をしようとしたところで、突然地面が揺れた。


「地震か? このタイミングで滅多にない地震が起こるなんて自然現象では片づけたくないな」


 俺がそう呟くと、オリヴァーが首を縦に振ってから口を開く。


「だろうな。まさか、魔石を破壊しても復活するなんてな。考えてはいたが面倒くさい状況だ」


 オリヴァーがそう言った直後、山のように積まれている白骨が勝手に動き始めてカタカタと音を鳴らしていた。

 そして、白骨が宙に浮き始めると、次第に先ほどのスケルトンをかたどり始める。


「スケルトンの核は魔石だろ? その魔石が壊れたのになんでまた動き始めているんだ?」


 理屈に合わない現象を前に疑問を漏らす。


「…………なるほど・・・・な」


 オリヴァーの顔が見えないため彼が今何を考えているのかいまいちわからないが、まるで知りたいこと・・・・・・の答えが見つかったかのように頷きながら呟いた。


「何がわかったんだ?」


 オリヴァーは俺の問いにしばらく黙り込み、


「…………強いて言うなら現在地・・・についてだ」


 意味深なことを口にする。

 『現在地』というのが物理的なものでないことはわかるが、何を指しているのかはわからない。

 問い詰めたいところではあるが、スケルトンが復活しようとしている状況でこれ以上おしゃべりをしているわけにはいかないためひとまず保留とする。


「オルン、ここから西にしばらく進んだところに迷宮があるのは知っているな?」


 スケルトンに集中しようとしたところでオリヴァーから声を掛けられる。


「……あぁ。それがどうした?」


「さっき言っていただろ。この裏に居る人間を引っ張り上げたいと」


「言ったけど、それと迷宮にどんな関係が?」


「このスケルトンを操っている元凶が居る場所がその迷宮の最深部だからだ」


「っ! なんでそんなことがわかる?」


「俺の異能は【魔力収束】だ。それの拡大解釈で兎のルクレーシャの異能である【魔力追跡】に近いことができる。それでこのスケルトンが西側から魔力を供給されているのが確認できた。ここから西の方角にあるもので、尚且つ距離がそこまで離れていないとすると、有力そうな場所は迷宮だろ?」


「なるほど、【魔力収束】の拡大解釈か」


 異能には拡大解釈をすることで、その異能をこれまでとは違う用途に発展させることができる。

 【魔力収束】をどう解釈して【魔力追跡】のような効果を発揮しているのかはわからないが、ありえない話ではないな。


「だから二手に分かれよう。俺がこのスケルトンを足止めする。だからオルンは迷宮の最深部に赴いてその元凶をぶちのめしてこい。それが最良だろ?」


 確かにオリヴァーの提案は渡りに船だ。

 《シクラメン教団》の連中には聞きたいことが山ほどある。

 そのメンバーと接触できる機会は逃したくない。


 先ほどの共闘でオリヴァーの今の実力は充分に分かった。

 一人でも問題なくスケルトンを討伐できるだけの実力を持っている。

 ……そもそも今のオリヴァーは俺よりも強い可能性の方が高いと思っている。

 お互い全力は出していないからあくまで現状の推測に過ぎないが。


「……わかった。俺は迷宮へと向かう。スケルトンの相手は任せた!」


「あぁ。行ってこい」


 方針を決めた俺は、オリヴァーの言葉を背に受けながらこの場を離れて迷宮へと向かった。


  ◇


 空中を迷宮方向に落ちるように移動していると目的地である迷宮の入り口が徐々に大きくなっていく。

 大きくなるにつれてその形は明瞭になっていき、その入り口付近に一人の人間が立っていることが確認できた。


 その人間は探索者ギルドの制服を身に纏った白髪交じりの初老の男で、俺も良く知る人物だった。

 迷宮の入口の方を向いているその男を警戒しながら、その近くに着地する。

 直後、僅かにこの場に残っている血の匂いが鼻を刺した。


「まさか、本当にこのタイミングで君がここに来るとは思わなかったよ」


 そう言いながら男が振り返る。


 その人物の名はリーオン・コンティ。

 南の大迷宮を含めた大陸南部にある迷宮を統括している探索者ギルドのトップに数えられる四人のうちの一人であり、南の大迷宮で活動している探索者おれたちが『ギルド長』と呼ぶ人物だった。

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