181.尊敬していた探索者
俺のリーオン・コンティ――ギルド長に対する印象は、常に笑みを絶やさない温厚な人物というものだ。
しかし、国家という枠組みを飛び越えて大陸全土に影響力を持っている探索者ギルドでトップにまで上り詰めているんだ。
一癖も二癖もあると考えるのが自然だろう。
その片鱗を見せていると感じるほどに、今のギルド長は普段の温厚さは鳴りを潜め、底冷えするほどに冷徹な瞳がこちらを向いている。
「お互い今の状況に思うところがあるだろう。でも今は時間が惜しい。私に協力してもらいたいのだけど、良いかな?」
俺が口を開くよりも先にギルド長が口を開いた。
「……協力、ですか?」
「察するに君の目的は今回の氾濫の首謀者を捕らえること、だよね? 詳しくは話せないけど、この迷宮は既に首謀者によって攻略されている。そして、ギルドの規則でこの事実は近日中には公表しないといけない。だから今回の一件を私の権限で『オルン君が私の依頼に基づいてこの迷宮を攻略した』ことにしたいんだ」
ギルド長の提案は混乱を避けるためだと考えられる。
ギルドの許可無しに迷宮を攻略したとなれば、面倒な展開になることは明らかだ。
だからこそ彼は俺が攻略したということでこの件を終わらせたいのだろう。
悪い言い方をすれば、ギルド長がこの事実を揉み消すことに他ならないが、今の国内の情勢も考えるとギルド長の判断も妥当だと思う。
そしてギルド長は言外に自分は首謀者でないと告げている。
確かにオリヴァーも今回の首謀者は迷宮の最奥に居ると言っていた。
ということは、ギルド長がここに居たのはその首謀者を捕らえるためだったということか?
いくら何でも到着するのが速すぎる気もするが。
「それはありがたいですね。貴方が後で手の平を返さなければ、の話ですが」
今回の首謀者が一人とは限らない。
つまり、現時点で迷宮の最奥に居る奴とギルド長が繋がっている可能性を否定することはできない。
ここで俺がギルド長の話に乗って事を進めたとしても、最終的に彼が裏切って『俺が迷宮を無許可で攻略した』と言われれば、俺には探索者の資格をはく奪されるリスクがある。
さて、どうしたものか。
「君の懸念も尤もだ。だから信用してもらうためにもこれを渡しておく」
そう言いながらギルド長は封筒を出現させると、それを俺に差し出してくる。
警戒心を解くことなくその封筒を受け取った俺はその中身を確認した。
封筒の中には複数の紙が封入されていて、開くと一枚目にはこの迷宮の攻略を許可する文章と一緒にギルド長の捺印がされていた。
これが捺印されている書類はギルドの正式な文書となるため、仮にギルド長が後で不知を主張してもその言い分が通ることは無い。
つまり、ギルド長が後に裏切る可能性は極めて低くなったということだ。
「……許可証を頂けるなら断る理由はありません。利害は一致しているようですし、首謀者を捕まえてきます」
「よろしくお願いするよ」
許可証と一緒に同封されていたこの迷宮の地図を記憶してからそれらを収納し、迷宮の中へと足を踏み入れる。
気のせいかもしれないが、迷宮の中は外よりも空気が重い気がした。
◇
迷宮内からは魔獣の気配は感じ取れない。
氾濫があったとしても迷宮内の魔獣の数がゼロになることは無いため、ギルド長の言っていた通り既に攻略されていると考えて良さそうだ。
記憶した地図を参考に最短ルートで迷宮の最深部までやって来た。
最深部は開けた場所となっていて、その空間の中心には
ダンジョンコアの近くに佇んでいる男が俺の方に視線を向ける。
その人物は四十代の見た目をしていて、真っ赤に染まったローブを身に纏っている。
ほぼ間違いなく《シクラメン教団》の人間だろう。
「…………その胸の紋章は《夜天の銀兎》か。お前が俺の邪魔をした人間か?」
男から不機嫌さを隠さずに敵意を孕んだ声が投げかけられる。
邪魔というのは先ほどの氾濫の対処やスケルトンの討伐を差しているのだろう。
「そうだ。お前には聞きたいことが山ほどある。痛い思いをしたくなければ、俺の質問に素直に答えろ」
「今の探索者は礼儀も知らないのか。まぁアルバのおかげでデカくなっただけの弱小クランの探索者だもんな。そんなヤツに礼儀を求める方が失礼か」
男は下卑た表情でこちらを見下してくる。
「あぁ。俺にそんなものを求められても困る。お前ごときに礼節を重んじる理由が見当たないしな」
「ははは! 無知蒙昧とはこのことだな! 無知なお前に特別に教えてやるよ。俺は
男が自分の正体を明かす。
その内容に俺は耳を疑った。
それは目の前の男が何年も前に亡くなったと思っていた人物であったから。
「…………。お前が、ゲイリー・オライル……? 死んでいなかったのか」
「ほぅ、俺の名前は知っているのか。死んでいると思われているのは不快だが、寛大な心で許してやるよ」
男の正体を知った俺は、沸々と怒りが湧きあがってきた。
これが理不尽な怒りであることは自覚している。
しかし、湧き上がってくるこの感情を抑えることができなかった。
「どうして……、どうして前勇者パーティの一員であった人がそんな犯罪組織に所属しているんだよ!」
「何を言いだすかと思えば。
「《シクラメン教団》のどこに価値があるんだ! 大陸中で事件を起こし、子どもの心を壊すような組織だぞ!」
「やれやれ、お前も見ている世界が狭すぎるな。むしろそのガキ共は感謝するべきだ。あのお方の礎になれたのだから!」
ゲイリーがケラケラと笑いながら事も無げにそんなことをを宣う。
俺の中で思い描いていた〝ゲイリー・オライル〟という人間像がボロボロと崩れ去っていくのを感じた。
俺が《黄金の曙光》で剣士から付与術士にコンバートすると決めた際、他所のパーティの戦い方や役割分担を知るために過去に活動していたパーティも含めて様々な探索報告書を読み込んだ。
当然その中でも付与術士というスタイルを確立させたセルマさんが居たパーティの探索報告書は、重要視していたため他のパーティよりも目を通す頻度が多かった。
しかし、そんなセルマさんのパーティの報告書以上に読み込んで、そして俺の付与術士としての立ち回りの基盤となった探索者が居た。
それが当時の勇者パーティであった《金色の残響》のゲイリー・オライルだ。
報告書から察するに《金色の残響》の戦闘スタイルは、歯に衣着せぬ言い方をすれば攻撃一辺倒だった。
前衛であったウォーレンさんとアルバートさんは当然、ゲイリーを除く他の二人も後衛アタッカーであり、『攻撃は最大の防御』と言わんばかりの戦闘スタイルだ。
とはいえ、そのスタイルは彼らが現役の頃は最も一般的なものであったため何らおかしいものではない。
そんな周りと同じパーティ構成でありながら当時のトップまで上り詰め、南の大迷宮の九十三層まで到達できた最大の要因がゲイリー・オライルの存在だと俺は思っている。
刻一刻と状況が変化する迷宮探索に於いて、その時々でパーティに足りないものを即座に補う。
それが《金色の残響》におけるゲイリー・オライルの役割であり、俺が目指した付与術士の姿だった。
手前勝手であることは百も承知している。
それでも、尊敬していた探索者が犯罪組織に身を落としたという事実は、俺個人として認められない。
「だったら教えてくれよ。貴方が見ている広い世界ってやつの全貌を!」
「ふん、お前はここで殺すんだ。死にゆくお前が知る必要は無い、と言いたいところだが、いいだろう。冥途の土産に教えてやるよ、あのお方が成そうとしていることを!!」
そう高らかに声を発するゲイリーの瞳に宿る狂気が一層増したように見える。
「前提として、俺たちが居るこの世界は、隔たれた――――――え?」
ゲイリーがこの世界について話そうとしたその時、彼の胸から鋭利な刃物が飛び出した。
自身の胸を貫いている刃物に視線を落としたゲイリーは、何が起こったのか理解できないと言いたげな表情で間抜けな声を漏らす。
ゲイリーの胸から刃物が飛び出した直後、彼の背後にもう一人の気配が現れた。
「――何をペラペラと話そうとしているんですか? 愚物だとは思っていましたが、まさかここまで救いようが無いとは」
突然現れたそいつは、長いアッシュ色の髪を肩口で纏め、貴族のような装いに身を包んだ若い男だった。
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