21.魔術

  ◇ ◇ ◇


 勇者パーティの噂を聞きながら露店街を抜けて、集合場所である広場に着く。

 既に第九班、第十班のメンバーは全員揃っていたため全員に挨拶をする。

 全員から挨拶が返ってくるが、ローガンはギラギラした目をこちらに向けてきている。

 俺、何か怒らせるようなことした?


 ひとまず、昨日の戦いの中で一番気になっていたことを、キャロラインに話す。


「キャロライン、今日は魔獣に突っ込んでいくだけじゃなくて、ディフェンダーとしての動きを意識してみてくれ」


 キャロラインも、俺の指示通りには動いてくれている。

 だけど、魔獣に突っ込んでいくのは相変わらずで、魔獣の注意を自分に引き付けるディフェンダーの動きにはほど遠い。


「えー、なんでよ。それよりもさ! 私が魔獣を殺すために最前線で戦うから、他のみんなは無理しないで私のサポートをしてくれればいいと思うんだよ。どう? 良い作戦だと思わない?」


 なんでそんな考えに行きつくんだ……?


「良い訳ないだろ。《夜天の銀兎》のエースだったアルバートさんも、連携を重視していたって聞いている。個人でできることには限界があるんだ。だからみんなパーティを組んで、迷宮探索をしているだろ?」


 アルバート・センシブル。

 彼は去年まで《夜天の銀兎》に在籍し、《夜天の銀兎》の絶対的エースと呼ばれていた探索者だ。去年、《夜天の銀兎》で挑んだ九十二層のフロアボスである黒竜との戦いで命を落としてしまった。

 彼の死をきっかけにクラン内で様々なトラブルがあったらしいが、話が長くなるためここでは割愛する。


「その結果仲間を庇って死んだんでしょ? それもディフェンダーを。バカだよあの人は。死んだらみんなから笑顔が無くなるってわかっていたはずなのに。死んだら何も残らないのに。なら、庇う人を近くに置かなければいいんだ。私一人が最前線で戦えば、他の人が危険な目に合うこと無いもんね」


 そんな悲し気な声を発するキャロラインからは、異様な圧力を感じる。

 魔獣を見たらすぐに突っ込むところや今の発言から、何かしらの闇を抱えていそうな子だと、なんとなく察することはできる。

 でもこれは部外者である俺が、踏み込んではいけない領域だ。

 ひとまずは、必要最低限の指示には従ってくれているし、良しとするか。


 さてと、これから行く三十六層から五十層の特徴は――


「あ、あの、オルンさん……!」


「――ん? どうした、ソフィア」


 今日潜る階層の構造や魔獣の特徴を思い出していると、ソフィアが話しかけてきた。


「オルンさんに教えてほしいことがありまして……」


「うん、良いよ。何が聞きたいの?」


「その……、私に足りないものは何でしょうか? 私がもっと強くなるためには、何が必要でしょうか?」


 ソフィアが真剣な瞳をまっすぐこちらに向けてくる。


 この二日間のソフィアを見て感じたことは、頑張りすぎている節があるということ。

 初めて出会った日も野良でパーティを組んでまで迷宮探索に乗り出していた。

 それもセルマさんに禁止されていたにもかかわらず。

 彼女の真面目な性格は美徳だと思う。

 ただ、それが若干空回りをしているように見える。それが悪い方向に行かなければいいんだけど。

 とはいえ、彼女のやる気に水を差すのも悪いし、無理のない範囲で希望に応えよう。


「ソフィアに必要なもの、か……。それを話すには少し時間が掛かるな。もう迷宮に入る時間だから、入ってから余裕がある時に教えるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ソフィアがまぶしい笑顔を向けてくる。


「ソフィア、ズルいぞ! オルンさん! 僕にも今後何が必要になるのか教えてください!」


 ソフィアのお願いを聞いていたローガンが自分も教えてほしいと名乗りを上げた。

 さっきは俺を睨んでいたように見えたけど、俺に対して悪感情を持っていたわけではないみたいだ。


 その後、他の面々も教えてほしいと同調してきた。

 最終的に全員に個別に指導をしていくことになった。

 やること増えたな……。


  ◇


 これまで同様、セルマさんの号令から教導探索が開始する。


 三十六層に足を踏み入れた俺は、周囲の警戒に意識を割きながらソフィアに話しかける。


「さて、最初はソフィアからだな。魔獣の出現やトラブルが起きた場合はそちらを優先するからその点は理解してくれ」


「勿論です! お願いします!」


「それじゃあ、まずはソフィアの魔術に対する理解度が知りたい。魔術について説明してみてくれ」


「はい! えっと……、まず前提として、空気中に存在する魔力を利用し、様々な現象を引き起こす力を魔法と言います。しかし、魔法は魔獣にしか・・・・・使えません。――魔術とは、魔法を参考に・・・・・・作られた技術・・・・・・のことです。魔力に術式を介する事で、本来魔法を使えなかった人間が、魔法に近い現象を引き起こすことができるようになりました」


 大体正解だな。

 より正確に言うならば、術式とは『魔力を現象へと変える手順』のことだ。

 つまり、魔法と魔術は本質的には同じものとなる。

 とはいえ、より詳細なことを言っても混乱するだろうから、これ以上は割愛する。

 要するに名称が違うだけで、実際にはどっちも同じってことだ。


「ちゃんとわかっているな。それじゃ、魔術の発動手順は?」


「えっと……、魔術の発動手順は、術式構築、魔力流入の二段階に分かれています」


「それじゃあ、二段階について解説を」


「……術式構築とは、各魔術の基本式に威力や効果範囲といった付加設定を加えて、術式を作ることです。次に魔力流入は、完成した術式に空気中の魔力を流し込むことです」


 うん、これだけ理解できていれば合格点を上げてもいいだろう。

 新人であるソフィアがここまで答えられるとは思っていなかった。

 一般的の魔術士なら、『脳内で複雑な計算をして、導き出した答えと空気中の魔力を合わせることで、魔術が発動する』程度の認識だろうからな。


 魔術は非常に複雑だ。

 新しい魔術を開発しようと思っていなければ、その程度の認識でも問題ない。


「かなり理解していたな。正直驚いた」


「え、えへへ。ありがとうございます」


「それじゃ、ソフィアが更に上のレベルに行くために、必要な考え方や知識を教えるよ」


「は、はい! よろしくお願いします!」


  ◇


 魔獣との戦闘なんかもあって、ソフィアとの会話は途切れ途切れになってしまったが、それは仕方ない。


「並列構築、ですか?」


 ソフィアへのレクチャーは未だに続いている。今はAランクの魔術士には必須と言っても過言ではない技術である『並列構築』を教えるところだ。

 今のソフィアが一番習得したほうが良いと思っている技術だ。


「そう。意味は読んで字の如くなんだけど、二つ以上の術式構築を同時に行う技術のことを言うんだ」


「二つ以上同時に……。そんなことできるんですか? とても難しそうですが……」


 確かに並列構築は難しい。魔術士が挫折するポイントの一つと言われるくらいには。

 そもそも術式構築というのは、膨大な計算を脳内で行うことだ。同時進行で複数の計算をするには慣れが必要となる。


「慣れれば二つくらいならできるようになる。中には数十個の術式を同時に構築できる人もいるからね」


「数十個……。私には無理ですね……。しかし、なぜ並列構築が必須の技術になるのでしょうか? その、特級魔術が使えれば問題なさそうな気がするのですが」


 攻撃魔術は初級、中級、上級、特級の四階級に分けられている。

 階級が上がるほど、威力が上がったり、範囲が広がったりするが、当然ながら術式構築の難易度も上がるため術式構築に時間が掛かる。


「下層の魔獣ともなると、たとえ特級魔術でも一撃で仕留めるのは難しくなるんだ。魔術士が魔術を発動してから次の魔術を発動するまでの時間を、インターバルと呼ぶのは知ってるよね? ほとんどの魔術士がインターバル中は無力になる。そこで、並列術式が役に立つんだ。基本的な活用法は、一つの魔術の術式構築が半分ほどできたタイミングで、別の魔術も同時に構築を始める。それによって単純計算で、インターバルの時間が半分になる」


「な、なるほど。確かに何もできない時間が短くなるのは魅力的です。それと、下層の魔獣は特級魔術でも倒せないくらい強いんですね……」


「魔術士は単純に威力の高い魔術を連発していればいいってわけじゃない。Aランクの魔術士でも中級魔術を使っているよ。流石に初級を使う人はほぼ居なくなるけど。要は使い方次第だ。確かに特級魔術は威力が高いけど、範囲も広くなるものが大半だ。そうすると前衛の仲間も巻き込む可能性がある。初撃に特級魔術を発動して、以降は中級や上級の魔術で仲間と連携しながら戦う、というのがAランク魔術士の王道の動きになるかな」


「勉強になります! 私は早く特級魔術を発動できるようにならないといけない、と思っていました。でも、特級魔術だけ使えても魔術士はダメなんですね。頑張って並列構築ができるように努力します!」


「うん、頑張って。ソフィアには既に中層で戦えるだけの実力がある。だから、今の内から下層でも戦えるよう並列構築を練習してみるといい。幸い《夜天の銀兎》にはたくさんの先輩がいるんだ。先輩たちに教えて貰いな。それこそセルマさんなら喜んで教えてくれると思うよ」


 大衆料理店での、セルマさんのソフィアに対する溺愛っぷりを見れば、間違いないだろう。


「わかりました! で、でも、教わるならお姉ちゃんじゃなくて、オルンさんがいいな、なんて……」


 ソフィアが顔を真っ赤にして俯きながら小さな声で呟く。

 小さすぎて危うく聞き逃すところだった。


「……俺に?」


「は、はい、ダメ、でしょうか……?」


 ソフィアが潤んだ瞳で、上目遣いこちらを見てくる。すごく可愛い。

 わ、わざとやってるわけじゃ、無いよな?


 それにしても俺に教えてほしい、か。

 教えること自体はできるけど、部外者の俺が教えていいものだろうか?

 《夜天の銀兎》にも教育方針はあるだろうし、セルマさんに確認するか?

 ……いや、なんか、ものすごく面倒な展開になりそう。

 とはいえ、勇気を出して俺に頼んできたこの子の意志も尊重してやりたい……。

 仕方ない。

 面倒な展開にはなりそうだけど、セルマさんが許可をくれたら応じることにしよう。


「セルマさんがいいって言ってくれたらいいよ。部外者の俺が無許可で指導するわけにはいかないからね」


「ホントですか!? お姉ちゃんは私に甘いから大丈夫です! ありがとうございます!」


 セルマさん、妹さんにそう思われているみたいですよ……。

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