勇者パーティを追い出された器用貧乏～パーティ事情で付与術士をやっていた剣士、万能へと至る～

７８．竜虎相搏

　構築していた術式に魔力を流す。

　【雷矢（サンダーアロー）】がローブ女へと向かって飛んでいく。

　これくらいローブ女の身のこなしなら難なく躱せるだろう。

　むしろ躱してくれなきゃ困る。

　できれば最低限の動きで。

「時間を稼いでやったことが中級魔術の構築？　術式構築は苦手なのかい？　いや、そんなことないか」

　何やら呟きながら最低限の動きで躱される。

　それでいい。

　今のアイツは、【雷矢（サンダーアロー）】が陽動で、本命が他にあると考えているはずだ。

　俺の一挙手一投足に注意を向けろ。

　対人戦において重要なのは、如何に相手の不意を衝くかどうかだ、と思っている。

　不意打ちの一回で勝負が決まることもある。――【地電流（アース・ショック）】で三人を沈めたように。

　ローブ女の横を通過した雷の矢は、そのままローブ女の背後に設置した【反射障壁（リフレクティブ・ウォール）】に当たり、背後から再び襲い掛かる。

「――っ！？」

　雷の矢が当たる寸前で気付かれ、またしても躱される。

　が、これで終わりじゃない。ローブ女を囲うように複数の【反射障壁（リフレクティブ・ウォール）】を発動する。

　半透明の壁に当たるたびに方向転換を繰り返し、何度も襲い掛かる。

　ローブ女は数回躱したところで躱すのを諦めて魔力障壁で受けた。

「【全能力上昇（ステータスアップ）】【七重掛け（セプタプル）】……！」

　動きを止めたところで、今の俺が順応できる最大の【重ね掛け】である【七重掛け（セプタプル）】を発動して、体能力を引き上げてから地面を蹴って一瞬で距離を詰める。

（小手先の技術や連撃じゃ防がれる可能性が高い。――だったら純粋な力で押し切る！）

　剣の間合いに入ってから、シュヴァルツハーゼを左から右に薙ぐ。

　相手は今までと同様に杖で受けようとしている。

（そのまま、杖ごと斬り伏せる！）

　シュヴァルツハーゼと杖が接触する寸前で【瞬間的能力超上昇（インパクト）】を発動し、まとめて叩く――つもりだった。

　しかし今回のローブ女は攻撃を正面から受けることなく、軽く後ろに飛びながら斬撃を受けた。

　その結果、女は後ろに大きく飛ぶことになり、再び距離を空けられた。

「勝負あり、だね」

　後ろへと飛んでいくローブ女が、口元に笑みを浮かべながらそう告げてくる。

　俺の前後左右から【超爆発（エクスプロード）】、上空からは【天の雷槌（ミョルニル）】が発動されようとしている（・・・・・・・・・）。

（必要時間には全然足りていないから、直ぐに解除されるだろうが、そんなことを考えている場合じゃない！）

「――っ！　【魔剣合一（オルトレーション）】！　【伍ノ型（モント・フュンフ）】！」

　躱せないことを悟った俺は、シュヴァルツハーゼを魔力に変質させ、盾を模（かたど）る。

　盾を頭上に掲げると俺の周囲を漆黒の魔力が覆う。

　攻撃が来る瞬間に【瞬間的能力超上昇（インパクト）】を発動することで轟音とともに周りの空気が震動するが、どうにか凌ぐことができた。

　周囲の黒い魔力を消すと、地面の焦げた臭いが鼻を刺し、周りを煙包み込んでいた。

「魔術を跳ね返して攻撃してくるなんて、なかなか面白い戦い方だったよ。でも私の勝ちだ。流石に至近距離でこれだけの特級魔術を同時に受けて、耐えられるわけがない。……ごめんね、これも世界を救うためなんだ。これで、時間にゆとり（・・・）ができるといいんだけど……」

　ローブ女が既に勝った気でいる。

「師匠ぉぉぉぉ！！」

「やだ……。死んじゃ、やだよ、オルン、さん……」

　弟子たちから悲鳴が上がっている。

　すぐに安心させてやりたいが、それよりも先にやることがある。

　相手は完全に油断している。

　あいつは俺が想定していたよりも、なお強かった。

　そんな中で掴んだ千載一遇のチャンス。

　絶対に無駄にできない！

　ローブ女が視線を仲間たちの方に移動させた（・・・・・）その直後、

「【空間跳躍（スペースリープ）】……！」

　ローブ女の死角（うしろ）に移動する。

「――っ！？」

「【零ノ型（モント・ヌル）】」

　シュヴァルツハーゼを形を持たない流動的な魔力にしてから、ローブ女を拘束する。

「え、この魔力（・・・・）……⁉」

　その呟きと一緒に、拘束したときにローブ女の顔を隠していたフードが取れる。

　俺の視界に移ったのは、輝くような色艶の銀髪をしている同年代の女性だった。

　その姿を見た途端、説明できない何か（・・・・・・・・）が湧き上がってくるのを感じた。

（なんだ、この感覚は……。――いや、今はそんなことを考えている場合じゃない）

　次の手を打とうとしたところで、俺の横から強烈な殺気を感じた。

　そちらへ視線を向けると、俺が先ほど開けた壁の穴から入ってきた人間が俺の方へ高速で接近してきて攻撃を仕掛けてきた。

　近くで見ると、初めて見る少女だ。

「――っ！」

　攻撃を躱してローブ女から距離を取ると、少女はローブ女を庇うようにこちらに威嚇をしてくる。

（増援かよ……）

　俺と新たに現れた少女がにらみ合う格好となる。

　その静寂を壊したのはローブ女だった。

「あは、あはははは！　なにこれ？　どういうこと？　ううん、そんなことわかりきっている。あの老害と害悪女の仕業に決まってるじゃん。あはは！　――――――ふざけるな！　どこまで人を弄べば（・・・）気が済むんだ！！」

　ローブ女が感情のままに叫んでいる。

　しかしそれは、俺たちではない、どこか別の場所に向けられているように感じる。

（……いきなりなんだ？　――というか、なんなんだよ、この感情は……！）

　いきなりの豹変に戸惑うと同時に、何故か（・・・）苦しんでいるように見える彼女に手を差し伸べたくなる。

　自分の感情を理性でねじ伏せ、収納魔導具から予備の剣を出現させてから再び構える。

「待って、オルン（・・・）。もう、私に戦う意思はないよ。オルンとは、戦えない。……見逃してくれないかな？　他の連中もこの大迷宮から引き揚げさせると約束するからさ」

　ローブ女が戦闘中とは思えないほど穏やかな声で、見逃してほしいと訴えてくる。

（なんで、そんな親しげに声を掛けてくるんだよ……！）

　自分の中でねじ伏せた感情が再び湧き上がってくる。

　それと同時にここで仕留めるべきだと、俺の中にある何か（・・・・・・・・）が訴えている。

　自分の状態に混乱していると、更に状況は悪化する。

　まずは、黒い魔力が黒い剣に戻りローブ女の拘束が解かれる。

　続いて、先ほど意識を刈り取った三人の意識が戻り始めている。

　このまま五対一で戦っても勝ち目は薄い。

　手を引いてくれるというのなら、願ってもない状況だ。

「……………………」

　構えを解いてから剣を収納する。

　だけど不意打ちをしてくる可能性もあるため、相手の動きや魔力の流れには最大限警戒する。

「……ありがとう。次に会う時は、殺し合うような関係ではないことを祈っているよ。それじゃあ、またね（・・・）、オルン」

　ローブ女がそう発言すると、波紋が広がっている水面に映っているかのように、五人の姿が揺らめく。

　そして少しずつ消えていった。

　周囲の魔力の流れにも風の流れにも不自然なところは見当たらない。

　本当にどこかへと消えたようだ。

　　◇

「ししょー……」

　シュヴァルツハーゼを回収してから弟子たちの元に向かうと、キャロルが意識を取り戻していた。

「キャロル、良かった。三人とも体調はどうだ？」

「うん、あたしは大丈夫」

「私も、大丈夫です」

「僕も、師匠に【治癒（ヒール）】を掛けてもらったので」

　三人とも外傷は見当たらないし、嘘はついていなさそうだ。

「そうか。……今回は危険な目に遭わせてしまって悪かった。後でいくらでも文句は受け付けるから、今は帰ろう」

「文句なんて、そんな！　自分たちだけ行きたいと我儘を言ったのは私たちです。オルンさんは悪くありません！」

「そうだよ。それに助けに来てくれただけでもありがたいよ……」

「あ、あの、師匠、あのローブの人と知り合いなんですか？」

「――――いや、知らない（・・・・）。最近の俺はよく新聞に取り上げられていたからな。大方それで俺の名前を知ったんだろう」

　最初に沈めた三人や途中で介入してきた少女の四人であれば問題無く対処できたが、あのローブ女は別格の強さだった。

（驕っていたつもりじゃないけど、やはり上には上がいるな……。今のままでは護りたいものを護れない。もっともっと強くならないと……）

　俺は、大切なものを護るためにも、更に強くなることを決意した。