104.【sideハルト】異能者の王

 昨日の武術大会準決勝で負けた俺とフウカは、ヒューイとカティも連れて朝一で隣町のマラントへと向かった。

 なんでかって? 朝、目を覚ましたフウカが第一声でマラントの団子が食べたいと言い出したからだ。


 マラントはツトライルから馬車で一時間半ほどの位置にあって、団子が美味だと評判の町だ。


 本当にこの姫様は自由奔放過ぎんだろ。

 それに寝起き一番に団子って、どんだけ食い意地張ってるんだ……。


 そして、マラントで大量の団子を購入した俺たちは、現在、ツトライルに向かっている馬車に揺られているところだ。


 とんぼ返りは疲れるから嫌なんだよなぁ……。

 とはいえ、夕方からはアルフさんとの会食があるから、ほっぽり出すわけにも行かねぇし。


「フウカ、美味しい?」


 団子を食べ続けているフウカにカティが声を掛けると、フウカはコクコクと首を縦に振る。


「そう。良かったわ」


 普段のカティなら、こんなにバカ食いしているフウカを諫めていたはずだ。

 だけど、昨日オルンに負けたことで傷ついていると思っているカティは、普段以上にフウカに甘々だ。


 ……コイツ、間違いなく傷ついてねぇぞ? 負けた直後の清々しい表情は絶対に悔しがっていない。賭けてもいいね!


 フウカもカティが甘々なのをいいことに、いつも以上に好き勝手に振舞っている。

 マラントに行きたいって言ったのも、このタイミングならカティは賛成してくれると思っての発言だろう。

 ホントいい性格してるわ。


  ◇


 窓の外からツトライルの外壁が見え始めたころ、団子を食う手を止めたフウカが急に顔を上げると、きょろきょろと周囲を見渡す。


「フウカ、どうしたの?」


 フウカの突然の行動に、心配になったカティが声を掛ける。


「……ハルト。ツトライルを確認して」


「あ? なんだ急に」


 フウカは決してバカではない。むしろ頭の回転は早い。

 だが、コイツは基本的に自己完結しているため結論しか口に出さない。

 コイツの中では、今の発言も様々な根拠があって故のものだろうが、生憎と見えている世界が違い過ぎる俺たちには、フウカの発言の真意を完全に汲み取ることはできない。もう慣れたがな。


「いいから、早く」


 説明するよりも俺が視た方が早いってことだろう。

 フウカの言う通り、目を閉じてから視界をツトライルの上空に飛ばす・・・


 これが俺の異能、【鳥瞰視覚】だ。

 自分の半径数キロ以内の任意の場所に、視界を移動させることができる。

 これを使うのに目を閉じる必要は無いが、二つの視界を同時に見るのは疲れるから、余裕がある時は目を閉じるようにしている。


 ツトライルを上空から見下ろす。


「まじかよ……」


 視界に広がった惨状に思わず声が漏れる。


 ツトライルの北側、高級住宅が立ち並ぶ区画の建物の一部が倒壊していた。


「団長、何か見えたんですか?」


 俺のつぶやきを聞いたヒューイから質問が来る。


「街の一部が破壊されている」


「――なっ!?」


 俺がヒューイの質問に答えると、ヒューイとカティが絶句する。


「ん?」


 惨状をより詳しく見るために視点を下げると、近くで何かが弾けた。

 弾けた方を視ると、そこには二人の人間が居た。


(って、ここは空中だぞ。なんで人が――)


 その二人はオルンとオリヴァーだった。


(武術大会の決勝じゃねぇよな。予定ならとっくに終わっているはずだ。それにオリヴァーの纏っているあれは……)


「最悪の状況かもしれねぇ。オリヴァーが暴走している。恐らくクリストファーの言っていた例のやつ・・・・だろう。今はオルンと戦闘中のようだ。当然だが、オルンが劣勢だな」


「例のやつ? それって団長たちがこの街に来た理由って言っていたやつですか?」


 ヒューイが再び質問してくる。

 昔に一度言っただけなのに、よく覚えてたな。


「そうだ。俺たちは――というよりフウカは、オリヴァーが暴走した際に、奴を仕留めるため・・・・・・・・にこの街にやってきた。暴走する可能性は低いと言われてたんだがな」


「フィリーはどこにいる?」


 こんな時でも平常運転のフウカはオリヴァーの状態や場所ではなく、フィリーの居場所を聞いてくる。


 フィリーを探すために再びツトライルを俯瞰する。


 そして勇者パーティの屋敷があった場所で、同パーティのルーナと戦闘をしているフィリーを見つけた。

 フィリー相手に無謀だと思っていたが、ルーナの魔力障壁はかなり硬く、強力なフィリーの攻撃を受け止めきっていた。

 だだ、それも時間の問題だろう。

 今この街の近辺に居る者であいつに敵うのは、フウカしかいない。


 だが、フウカにはオリヴァーを仕留めるという役目がある。

 ここは俺が命懸けで、フィリーを食い止めるしかないか……。


「フィリーは勇者パーティの屋敷があった場所にいる。とりあえず俺が時間を稼ぐから、オリヴァーを仕留めてからこっちに来てくれ」


「その必要は無い。フィリーは私が斬る」


 フウカはいつも通り自己完結し、結論だけを俺たちに告げる。


「フウカ、今は異常事態だ。俺にもわかるように言ってくれ。お前がやることは、オリヴァーを止めることだ。何故それを放ってフィリーの方へ向かうんだ?」


 俺の質問にフウカは『なんでそんなことを聞くの?』と言わんばかりの表情で、首をコテンとかしげる。


「それはオルンが居るからだよ?」


「だから、その理由を言え。お前はなんでそこまでオルンに信頼を置いているんだ? 言っちゃ悪いが、オルンがこのままオリヴァーと戦い続ければ、間違いなく死ぬぞ?」


「………………ん? もしかして、クリスからオルンのこと聞いていない?」


 フウカは何かに思い至ったようで、そう質問してくる。


 クリストファーからだと?

 オリヴァーの件とフウカのサポートを頼まれたが、それ以外は特に何も聞いていないよな?

 記憶を必死に漁るが、それ以外のことを言われた記憶はない。


「……聞いていないな」


「そっか。だからオルン関連の話がかみ合っていなかったんだ」


「納得していないで、俺にも話せ。それとも分家・・の俺には話せない内容か?」


 俺の問いかけに、フウカはふるふると首を横に振る。


「そんなことは無い。むしろ私はハルトも知っていると思ってた。今から説明する。――まずは、〝異能者の王〟が現れたことは知っている?」


「それは知っている。オリヴァーと同時期に誕生した本物・・のことだろ? だが、そいつは十年前に教団の襲撃を受けて命を落としたって、………………おい、まさか……」


 嘘だろ、おい。

 だからオルンは、あんなにもアンバランス・・・・・・だったのか?

 フウカに迫るほどの武術を修めていながらも、それに身体能力が追いついていなかった。それはつまり……。




「そう。オルンが封印魔術を施されたおとぎ話の勇者・・・・・・・――〝異能者の王〟だよ」




 その一言で全て納得した。

 これまでのフウカのよくわからん言葉も今なら理解できる。


「それじゃあ、なんであいつが劣勢なんだ? 十年前の時点で、封印の解除については本人の意思でできるはずだろ?」


「フィリーがオリヴァーに対して十年前に・・・・何をしたのか、それも聞いていない?」


「……なるほど、【認識改変】か。つまりオルンの記憶も書き換えられている・・・・・・・・・、そう言うことだな?」


「そう。そして、封印解除の方法どころか、氣のことも覚えていない」


 そういえば、フウカの二回戦が終わった時に俺が氣について触れたが、あいつは知らない感じだったな。


「だったら、まずいんじゃねぇのか? アイツが異能者の王でも、封印魔術が掛かっている状態なら、オルンに勝ち目はないだろう」


「多分大丈夫。氣のことは覚えていないけど、封印の一部を解除していたから。別のやり方で解除する方法をオルンは持っていると思う。そうじゃなきゃ黒竜は一人で倒せていないはずだから」


 そうだった。あいつは黒竜を一人で倒しているんだ。

 異能者の王と勇者の二人が南の大迷宮の攻略に乗り出しているとか、今思うと悪夢でしかないな……。


「そろそろ時間が足りなくなる。さっきルーナがフィリーに殺される未来を視た・・・・・。ルーナが死んだらオルンは悲しむ。だから私は先に行く。ハルトもすぐに来て」


 フウカはそう言うと走行中の馬車から降り、とんでもない速さでツトライルに向けて駆けだす。


 未来って、どんだけを視たんだよ……。てことは、しばらく【未来視】が使えないってことじゃねぇか!


「団長も行くんですか?」


 ヒューイが不安げな表情をこちらに向けながら問いかけてくる。


「あぁ。これが俺たちがこの街に来た理由だからな。お前たちはこのまま馬車でツトライルに着いたら、民間人の避難誘導に力を貸してやってくれ」


 ヒューイもカティも仲間だとは思っているが、ここから先は巻き込めない。

 一瞬の油断が命取りになるから。

 こいつらにはそんな場所に足を踏み入れてほしくはない。


「私は団長について行くわ」


「僕もです!」


「わかって無いようだから、はっきり言う。生半可な気持ちなら死ぬぞ?」


「そんなのは団長やフウカの雰囲気を見ればわかるわ。それでも私は、命の恩人である団長たちの力になりたい。足手まといなら切り捨ててもらっても構わないわ」


「僕も同じ気持ちです。団長とフウカさんがいなければ、僕はここには居ません。だから恩人であるお二人の力になりたいんです!」


 ……二人とも決意は固そうだ。今は問答している時間も惜しい。


「わかった。それじゃあ、すぐに移動するぞ。カティは自分とヒューイに【敏捷力上昇アジリティアップ】を掛けてくれ」


「わかったわ!」


 それから馬車を止めてもらい、俺たちはフウカを追いかけるために勇者パーティの屋敷へと向かった。


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