103.【sideルーナ】妖精の女王

 フォーガス侯爵が出現させた金色の魔石のようなものを見たオリヴァーさんが、急に蹲って苦しみ始めました。


「オリヴァーさん! どうしましたか!? 大丈夫ですか!?」


 急いで【治癒ヒール】を発動しましたが、全く効いていません。


「これは、魔力……?」


 苦しんでいるオリヴァーさんの体から濃密な魔力が漏れだしてきました。


 私は異能の副産物として、魔力に敏感です。

 些細な魔力の流れすら見てとれますが、ここまで濃いと私でなくてもわかるかもしれません。


「やってくれたわね、クライブ・フォーガス」


 フィリーさんが怒気を孕んだ声音で呟きました。

 本当にこの人はフィリーさんなのでしょうか?

 私たちが昨日まで一緒に居た人とは、似ても似つきません。


「私は勝者であり続ける! 力を解放したオリヴァーには、お前でも勝てないだろう! さぁ、オリヴァー! この女を叩きのめせ!」


 侯爵は何を言っているのでしょうか?

 今のオリヴァーさんを見て、どうして戦えると思っているのでしょう。

 どう見たって戦える状態に無いというのに。


「……これは、計画を変更せざるを得ないわね」


 フィリーさんは侯爵の言葉には全く反応せず、独り言を呟きながらオリヴァーさんを見ています。


「ぐああああ!」


 するとオリヴァーさんが苦悶に満ちた声を上げました。

 そして、私の異能が無くても目視できるほど濃密な金色の魔力が、体からあふれ出しています。


 そして、苦しんでいたはずのオリヴァーさんが静かになると、突然立ち上がりました。


「オリヴァー、さん……?」


「ははは! オリヴァー、この女を殺せ!」


 立ち上がったオリヴァーさんに対して、侯爵が命令をします。


「ギルドを潰す」


 オリヴァーさんは一言そう呟くと、部屋の壁の方へ歩いていきます。


「お、おい、オリヴァー! 何をしている! 早くこの女を殺せ!」


 オリヴァーさんは、侯爵の怒鳴り声に耳を傾けることも無く壁際までやってくると、おもむろに壁に立て掛けていた剣を手に取り、壁を斬りつけました。


 剣を振ってできたとは思えないほど大きな穴が空き、オリヴァーさんはそのまま外へと歩いて行きます。


「なるほど。そうなるのね・・・・・・。――では、こうしましょう」


 フィリーさんが何やら呟いています。

 私は未だ、状況を理解できておらず、混乱したままでした。

 すると、


『ルーナ! 今すぐ防御を固めて!』


 頭の中に少女のような声が響きました。


「――っ!」


 咄嗟に自分の周りに魔力障壁を展開すると、その直後フィリーさんが手に持っている杖でトンと床を叩きました。


 すると、フィリーさんを中心に尋常では無い威力の突風が発生し、屋敷は耐えられず吹き飛ばされてしまいました。


 突風が止んで、建物が無くなり変わり果てた場所に、私とフィリーさん、侯爵、アネリさんにデリックさんだけが残されています。


「な、何が起きたのだ!?」


 いきなりの出来事で恐慌状態に陥っている侯爵が声を上げていますが、それは仕方のないことでしょう。


「……わたくしの攻撃に反応しただけでなく、全員を護るなんて、やるじゃない。ルーナさん」


『シルフですか? 助かりました。皆さんを守ってくださりありがとうございます』


 私は自分の周辺にしか魔力障壁を展開していませんでした。

 本来であれば、戦う術を持たない侯爵は当然、ただ立っているだけのアネリさんやデリックさんも一緒に吹き飛ばされていたはずです。

 しかしこの場に残っています。

 それは、風の妖精であるシルフが三人の周りで別の突風を発生させ、フィリーさんの攻撃を相殺したためだと推測しました。


『人間なんてどうなってもいいんだけどねー。女王様が守れって言ったから』


『ティターニアが……? それはなぜ――』


『ぼさっとしない!』


「――っ!?」


 シルフと話している・・・・・と別の声が頭の中で響きました。

 その直後、私を覆うように無数の魔法陣が現れます。


「……本当に厄介ね。わたくしの異能とは相性最悪なようだし、やはりルーナさんにはここで死んでもらうわ」


 その全てが【超爆発エクスプロード】だと理解した時には、私は無数の爆発に包まれていました。


  ◇


「ごほっ、ごほっ」


『生きてる? ルゥ子』


 爆発によって発生した煙を吸い込んでしまい、咳き込んでいると頭の中に大人びた女性の声が響いてきました。


『はい、おかげさまで。助けてくださりありがとうございます。ティターニア』


『全く、世話の焼ける子ね』


 人には見えない超常的な存在、それが妖精です。

 しかし私には姿かたちは見なくとも、そこに妖精が居るということがわかり、また、会話することもできます。


 私の異能は【精霊支配】。


 これは精霊を私の支配下に置き、自在に操ることができるというものです。

 オルンさんたちの【魔力収束】と本質は似ていますね。

 彼らが魔力に干渉してその魔力を一点に集めるように、私は干渉できるものが変質した魔力である精霊のみと限定的ではありますが、その分集める以外にも様々なことができます。

 そしてこの異能の副産物として、私は他の人には無い二つの能力があります。


 一つ目が、魔力を知覚できるというもの。

 私の場合は魔力の動きや濃度、精霊の有無がわかります。

 これについては、魔力に干渉できる異能を持っている人であれば、大なり小なり同じことができます。


 ただ二つ目は、恐らく私だけの能力です。

 それが、妖精を知覚でき、会話することができるというもの。

 妖精も精霊ではありますが、特異な存在であるため命令を下すことはできません。

 しかし、先ほどのように手助けをしてくれることがあります。

 まぁ、妖精は気まぐれですし、人間と関わることを嫌うためあまり協力的ではありませんがね……。


『お手数をお掛けしました。ですが、どうしてティターニアが? 人間に協力する気は無いと言っていたのに』


『確かにウチは今の世界・・・・が大っ嫌いだからね。だけどルゥ子のことは気に入っているから、死んでほしくないのよね。――それに、そこの女が存在しているというだけで腸が煮えくり返る気分になるんだ。邪魔ができるって言うなら喜んで協力してあげる』


 妖精に腸なんてあるのでしょうか? と栓無きことが頭によぎりました。


『ティターニアに協力頂けるとは、心強いです。フィリーさんが何故このような行動にでているのかわかりませんが、まずは無力化します。話を聞くのはそれからです!』


『……癪だけど、あの女は特別だよ。ウチらの力を十全に引き出せない今のルゥ子では、勝ち目はない。戦っても敗北は必至だね』


 確かにあの数の特級魔術をここまで早く発動できる人を私は初めてみました。


 ティターニアが私に勝ち目は無いと言うのであれば、それは本当なのでしょう。

 妖精は人間のように建前のようなものは使いません。言葉の全てが本音です。


 人間と妖精では、存在している次元が違うため、妖精はこちらに直接干渉することができません。

 干渉するには人を介する必要があります。

 しかし、妖精と親和性の高い私ですら、妖精の力を全て引き出すに至りません。

 今の私に引き出せるのは妖精の力のほんの一部です。


『そうですか。では、どうしましょうか』


 勝ち目が無いのであれば逃げの一手になりますが、本職が魔術士であると思われるフィリーさんから逃れるのは容易なことではありません。


 ……そういえば、シルフの気配が無くなっていますね。

 どこに行ったのでしょうか?


『……ルゥ子、しばらく死なないよう立ち回って。――そして十分間生き残って。そうすれば、状況が好転するから』


 十分間? 意図はよくわかりませんが、今のティターニアの言葉からして、私が十分間生き残るのも難しいということでしょう。


 気を抜けば死ぬ。

 それはフィリーさんの攻撃を受けた私が一番わかっています。

 死にたくありませんし、必死に足搔いてみましょう。


  ◇


 ティターニアとの会話を終えた私は、周りの煙を風で飛ばし、フィリーさんを視界に入れます。


 フィリーさんは拳大にもなる赤色の魔石を手の平に乗せ、何やら集中しているようです。

 何をしているのでしょうか?


「ふぅ……。やはり、五箇所も同時に引き起こすのは、容易ではないわね。でもこれで――」


 フィリーさんが何かを呟いていると、手の平の上にあった赤い魔石が粉々に砕け散りました。

 そして、魔石に内包されていた大量の魔力が、五つに分割され、それぞれどこかへと飛び去っていきます。

 あれほどの魔石は、迷宮の最深部にあるダンジョンコアや深層のフロアボス相当の魔獣からしか入手できません。

 そんな貴重なものを使い捨てにするということは、相応の何かをしたということでしょうが、私には見当も付きません。


「アネリ、デリック、貴方たちもギルドに向かいなさい。そしてこの混乱に乗じて、リーオン・コンティを処分しなさい」


 フィリーさんが二人にそう告げると、これまで全く動きの無かった二人が移動を始めました。

 リーオン・コンティギルドマスターを処分? つまり殺すということですか!?


「二人とも何をしようとしているのか、わかっているのですか!? そんなことをしたら、探索者ではいられなくなりますよ!?」


 探索者がギルド職員に危害を加えた場合、一定期間迷宮の入場を制限されるなどの相応のペナルティを課せられます。

 もしも、職員を手に掛けてしまったら除名もあり得ます。

 除名されれば当然ギルドカードも没収され、迷宮に入ることができなくなるため、探索者ではいられません。


「「…………」」


 二人は相変わらず感情を失ったような表情でギルドに向かって歩いていき、私の声には一切反応しません。


「無駄よ。彼らには既に自意識がほとんどないから。既にわたくしの命令でしか動けない人形よ」


「人形……? これがフィリーさんの異能ですか?」


「えぇ、そうよ。これから死ぬ貴女に詳細を言っても、意味は無いから教えてあげないけど」


 私とフィリーさんが会話をしていると、私の背後から大きな音と共に複数の建物が崩れ落ちる音が聞こえました。


「――っ!?」


 慌てて振り返ると、建物があった場所の一部がごっそり無くなり、瓦礫の山と化していました。

 その奥にはオリヴァーさんが佇んでいます。


(これを、オリヴァーさんが……?)


「流石はおとぎ話の勇者の力を宿しているだけはあるわね。まぁ、こんなものはまだ序の口でしょうけど。やはり、百層のフロアボスにその力をぶつけたかったわ。ここで壊してしまうなんて勿体ない使い方よね」


「な、何が起こっているんだ!? おい、フィリー! 説明しろ!!」


 先ほどから錯乱状態に陥っている侯爵が、フィリーさんに問い詰めます。


「耳障りね。寝ててくれるかしら」


 フィリーさんがそう呟くと、侯爵は突然魔力が尽きた魔導具のように、プツンと意識を失いました。

 呼吸は安定しているため命に別状は無いようですが、間違いなくこれはフィリーさんの仕業でしょう。


「どうして……、どうしてオリヴァーさんもフィリーさんもこんなことをしているんですか……!? こんなことをしたら、このパーティは勿論、私たち自身も危ないんですよ!? そもそも、戦う術を持たない一般人に手を上げるなんて、最低な行為です! 今すぐやめてください!!」


「嫌よ。今の時代・・・・は昔に比べれば、幾分か平和になっているわ。だからこそ、人間はのうのうと暮らしているのでしょう。――でも、それは愚かな行為よ。そうは思わない?」


「全く思いません! 平和ならそれでいいじゃないですか! 争いをもたらす必要がどこにあるんですか!?」


「甘い考えね。今の人間たちは自ら破滅へと向かっているというのに。まぁ、わたくしとしてはこの展開は大歓迎だけど」


『ルゥ子、あの女をぶっ飛ばせ。あの女の言葉は聞くに堪えん……!』


 怒りの滲んだティターニアの声が聞こえました。


 私も彼女とは価値観が違い過ぎて、会話は意味をなさないと思い至ったところです。


 私は探索者です。

 探索者は迷宮から資源を持ち帰り、人の暮らしを豊かにするために存在していると思っています。

 その探索者が、人に牙を向くなんてあってはならないこと。

 それが、パーティメンバーだというのなら尚更に。


 だからこそ私には、悪事を働く仲間を止める責務があります。

 そのために戦う必要があるというのであれば、私は迷いません!


 フィリーさんは私が止めます!

 申し訳ありませんが、オリヴァーさんを止めることはお願いします。――オルンさん!


 上空から近づいてくるオルンさんの気配を感じた私は、彼にオリヴァーさんのことを託しました。


  ◇


 それから私はフィリーさんとの戦闘を始めましたが、結論から言うと私個人では・・・・・手も足も出ませんでした。


 ティターニアの協力を得て、実質二対一で戦っているというのに、それでもこちらが追い込まれています。


「ふふふ。ほら、もっと必死に抗いなさいな」


「――っ。ティターニア、防御を頼みます! ――【超爆発エクスプロード】!」


 フィリーさんが風系統の特級魔術である【千刃の竜巻サイクロン】を発動すると、竜巻が発生し、私はその中に閉じ込められました。

 【千刃の竜巻サイクロン】は竜巻の中にいるものを無数の風の刃で切り刻むものです。

 更に中に閉じ込められると、自力で脱出するのは困難を極める凶悪な攻撃魔術です。


 ティターニアが私を中心に正方体の形をした魔力の結界を張ってくれたことにより、私に刃が届くことはありませんでした。

 この結界は人間が使う魔力障壁なんかとは比べ物にならないほど頑丈で、特級魔術をいくら受けても壊れる心配はありません。


 ティターニアに防御を任せて、私は【超爆発エクスプロード】を発動します。

 フィリーさんの近くで大きな爆発が起こりますが、風の壁に阻まれて攻撃が届きません。


「くっ――」


 先ほどから何度もフィリーさんに攻撃をしていますが、全く通用しません。

 確かに殺さないように威力は幾分か下げていますが、それでも難なく相殺されるほど弱い攻撃でもないはずですが、彼我の実力差をまざまざと実感させられます。


『ルゥ子、これでいい。このまま時間を稼ぐことに集中して』


 ティターニアの言葉通り、それからも様々な攻撃を試みますが、一向に戦況は変化しません。


「本当に厄介ね、妖精というのは。私の異能も防ぐし、面倒な存在を味方につけてくれちゃって、勘弁してほしいわ」


『……フィリーさんの異能を防いでいた? どういう意味ですか?』


『ルゥ子に対するあの女の異能を無効化していたんだよ。主に無効化していたのはピクシーだけど。そうしなきゃルゥ子は今頃、さっきの二人と同じになっていただろうね』


『えっと……、それは、ありがとうございます』


「仕方ないわね。少々本気を出すことにするわ」


 フィリーさんがそう言うと、上空に魔法陣が現れ【天の雷槌ミョルニル】が発動し、巨大な雷が降り注いできましたが、ティターニアの結界が守ってくれました。


『っ!? これはまずい……。ルゥ子、もう何もしなくていいから必死で意識を保つことに集中して!』


 私には見えていない何かが見えているティターニアが、私に警告してきます。

 これから何が起こるのでしょうか……。


『わ、わかりました!』


 私がティターニアにそう返答した直後、無数の特級、上級の攻撃魔術が私目がけて襲い掛かってきました。

 その数は優に百を超えています。


「――っ!?」


(こんな数の攻撃魔術を個人で扱えるなんて……)


 ティターニアの結界がなかったら私はすぐに死んでいたでしょう。

 そして、ティターニアが何故あのようなことを言ったのかも理解できました。


 ティターニアの結界は確かに強固です。

 これだけの攻撃を受けてもビクともしないくらいに。


 しかしこの結界は永遠には維持できません。

 この結界はティターニアが作っています。つまり私を介して・・・・・展開されているものになります。

 妖精が私を介してこちらに干渉すると、私の体力や気力がどんどん削られていくことになります。

 つまり私が限界を迎えると、この結界は消えるということです。


 それを自覚したからなのか、それともフィリーさんの攻撃が強烈だからかはわかりませんが、私の体力と気力がガンガン削られていきます。


 これは、きつい……。


「ぐっ……」


『ルゥ子、耐えろ! 意識を手放すな!』


 私は必死に意識を失わないよう、それだけに注力します。


「いくら妖精の力を常人よりも引き出せると言っても、所詮は只人ただびと。〝異能者の王〟のような存在でもなければ、妖精をこちらに顕現させることはできないのだから。これで詰みよ、ルーナ・フロックハート。このまま死になさい!」


 そしてついに結界を維持できなくなり、結界が消えました。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 立っていることも困難になり、息も絶え絶えに膝が地面に着きました。


 運良く結界が壊れるタイミングとフィリーさんのインターバルが重なったため、まだ生きていますが、これはもう――。


「ふふふ、ここまで粘れたことは褒めてあげるわ。――それでは、さようなら」


 フィリーさんがそう告げると、風の槍が私に向かって放たれました。


『ティターニア、折角協力いただいたのに、私の力が及ばず、申し訳ありません』


『……いや、ルゥ子はよく頑張ったよ。――だから間に合った・・・・・


 ティターニアのその言葉と同時に、私の真横を何かが通り過ぎます。

 そして、私の目の前に異国の服を身にまとい、濡羽色の髪を靡かせている少女が現れました。


 私に向かってきていた風の槍は、彼女が振るった剣によって相殺されます。


「……え?」


特別・・には特別・・をぶつけるに限る』




 まだ、オルンさんが勇者パーティに居た頃、共同討伐が終わった後にオルンさんはこう言っていました。

 『ツトライルで最強は間違いなく彼女だ。まともにぶつかれば、彼女に勝てる者はこの街――いや、この国には居ないだろう』と。




 オルンさんにそう評された最強の剣士――フウカ・シノノメが私を庇うように前に立ち、フィリーさんと対峙していました。


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