210.魔術の不具合

「【六系統の多連槍エレメント・ジャベリン】!」


 魔力の足場に立ち、地に落ちたオズウェルへと容赦なく大量の槍を浴びせる。


 轟音と共に大量の土煙が周囲を覆った。


 その土煙の中から、巨大な赤黒い魔力の塊がこちらに向かって飛んでくる。

 オズウェルからの反撃だろう。


「……【反射障壁リフレクティブ・ウォール】」


 俺の前に半透明と灰色の壁を出現させ、壁と接触した魔力の塊を跳ね返そうとした。


「――っ!?」


 しかし、壁に触れた魔力の塊は、壁を破壊してなおも俺に迫ってくる。

 そのことに驚きつつも、【封印解除カルミネーション】によって各段に引き上げられている動体視力と反射神経のお陰で難なく躱す。


 【反射障壁リフレクティブ・ウォール】は、ほぼすべての攻撃を反射できる。

 これで反射できなかったのは、一年前に暴走したオリヴァーの攻撃だけだ。


 ということは、先ほどの魔力の塊はそれに匹敵する威力ということになるわけか。


「ははははは! 最初から全力だな、《竜殺し》! でも、残念。この程度じゃあ俺には全く届かないぞ」


 土煙が晴れると、そこには無傷のオズウェルが嗤っていた


(……属性系統による有意差は無いと考えて良さそうだな)


 魔獣の中には属性系統によって攻撃の通りに違いが出るやつがいる。

 今のオズウェルは、二カ月前にルシラ殿下を亡き者にしようとした、ゲイリーの最期の姿のような魔人だと考えられる。


 魔人は魔獣の特性を反映させた人間のことだ。

 オズウェルがどんな魔獣を自身に反映させているかは不明だが、魔獣であれば系統による有意差がある可能性があったため、【六系統の多連槍エレメント・ジャベリン】でそれを確認した。

 有意差が無いとわかっただけでも大きな収穫だ。


「俺の実験は始まったばかりだ! 簡単に死んでくれるなよ、《竜殺し》!」


 オズウェルをどう追い詰めていくか考えていると、奴が動き出した。


 オズウェルの両肩から生えている魔力の竜が口を開くと、その口元に強大な魔力が集まり、それをブレスのように放ってきた。


 大きさこそそこまででは無いものの、内包されている魔力量は膨大で、弾速もかなりのものだ。

 だが、反応できないほどの速さではない。


 射線から逃れるようにその場から移動する。

 ――が、この攻撃はホーミングしてくるタイプのようで、進路が俺の居る方へと変わった。


「――【伍ノ型モント・フュンフ】!」


 攻撃を避けずに防ぐ方針に切り替える。

 魔剣を魔盾に変え、奴の攻撃の衝撃に備えた。


「躱すのが容易ではないと判断して、すぐに盾での防御を選択する。実に合理的じゃないか」


「――っ!?」


 魔盾を構えていると、すぐ後ろからオズウェルの声が聞こえてきた。

 【封印解除カルミネーション】によって研ぎ澄まされている五感を以てしても、オズウェルの声が聞こえるまで、接近に気付けなかった。


「そら、仕返しだ!」


 オズウェルが両手を頭の上で組むと、それを振り下ろしてきた。


 魔盾の防御障壁で上部を覆ってから、【重力操作】を行使してオズウェルの振り下ろしを妨害するが、攻撃を完全に防ぐことはできず、今度は俺が地面に叩き落とされることになった。


「がはっ!」


 即座に【快癒エクスヒール】で身体へのダメージを緩和していると、無数の氷柱が雨のように降りかかってくる。


 魔盾の面を頭上に向けることで、氷柱の雨を凌ぐ。


「ほらほら! 落雷と竜巻も追加だ!」


 オズウェルが愉し気にそう口にすると、複数の落雷と巨大な竜巻が襲い掛かってくる。

 特級魔術である【天の雷槌ミョルニル】と【千刃の竜巻サイクロン】を優に超える威力と規模だ。


 加えて大きな火の弾が降り注いできたり、地震によって地面が割れたりと、天変地異の前触れと思えるほどの天災が、俺の周りに生まれている。


 突然の環境の変化による影響で、上空には分厚い雲が発生し、日の光が遮られた。


「どうだ、《竜殺し》! これが術理の臨界点に到達した、最高峰の魔術だ! 凡人が一生を懸けても到達できない領域だぞ! あははははは!」


 対策を考えながら、襲い掛かってくるさまざまなものを躱したり魔盾で凌いだりしているところに、オズウェルが自慢気な言葉とともに高笑いが聞こえてくる。


(術理の臨界点だと? 確か、術理ってのは……)


 奴が口にした『術理』という単語に引っ掛かりを覚えた。


 『術理』という単語を、俺はじいちゃんから聞いたことがある。

 それを聞いたのは俺がまだ子どもだった頃、じいちゃんから魔術を教えられた時だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

『良いか、オルン。これからお主に魔術を教えるが、その前提として知っておいてもらいたいことがある。それが、術理じゃ』


『じゅつり……?』


『そうじゃ。端的に言うなら、〝この世界特有・・の法則〟と言うべきじゃろうな』


『術理……。法則……。うーん……』


『ほっほっほ! 十三歳の子どもにはまだわからんよな。じゃが、お主は将来、この術理に直接的もしくは間接的に触れることになるじゃろう。その時には今から儂が話す内容が、解るようになっているはずじゃ。じゃから、今はふんわりとでも良いから頭の片隅にでも入れておいて欲しい』


『うん! わかったよ、じいちゃん!』


『うむ、良い返事じゃな。では、魔術について話していくぞ。まず、この世界における魔術とは、術理に従い力で現象を引き起こす技のことじゃ――』


『術理に従い……? 魔術って、術式ってやつを構築するんじゃないの?』


『厳密には違うが、『術理に従う』というのは、『術式を構築する』と言い換えることも出来る。魔術を発動させるプロセスは二段階に分かれておる。術式構築と魔力流入じゃな。難しく聞こえるじゃろうが、どちらも感覚的に・・・・行うことができる。それこそ呼吸をするように深く考えずとも、な』


『じゃあ、魔術ってそんなに難しくないんだ』


『発動するだけならのぉ。じゃが、それではただの魔術使いでしかない。魔術を感覚的に行使してる者が大半であるからこそ、魔術は理論的に行使するべきじゃ』


『……? どういうこと?』


『それがアドバンテージになるからじゃよ。感覚的に構築した術式は、どのような場面でも一定の効果を得られる魔術となる。言い換えると〝汎用性の魔術〟じゃな。対して、理論的に術式を構築した場合は、同じ魔術でも、その状況における最適なかたちの魔術となる。こちらは〝専用性の魔術〟と言えるな』


『ふむふむ……』


『汎用性の魔術よりも、特定条件下における専用性の魔術の方が優れているのは自明の理じゃ。じゃからこそ、オルンには感覚的にではなく、理論的にその状況に応じた術式を構築できるようになってもらいたい。それがマスターできれば、オリジナル魔術を開発することも叶うじゃろう』


『オリジナル魔術!? 俺も作ってみたい! どんな敵でも一撃で倒せるような魔術がいい!』


『ほっほっほ。それはすごい魔術じゃな。では、そのためにも魔術への理解を深めないとなんらんな』


『うん! 頑張る!』


  ◇ ◇ ◇

 

 当時のじいちゃんとのやり取りを思い出して懐かしい気分になったが、すぐに気を引き締めて、目の前のことに集中する。


(これが術理の臨界点。最高峰の・・・・魔術、ね)


 魔術が天災すら作り上げることができる可能性があることは理解していたつもりだが、実際にこの目で見ると流石に衝撃的だな。


 この天災を前に無策で挑むのは無謀だし、特級魔術でも対抗することは難しいだろう。


 だが、俺のこれまでの知識と経験があれば、この状況も打開できる!


 そのために必要なのは――。


『ルーナ、今少しいいか?』


 今もセルマさんの異能である【精神感応】によるパスは繋がっている。

 それを利用した念話で、ルーナに話しかける。


『オルンさん!? 無事なんですか!?』


『あぁ、今のところな。一つルーナに協力してもらいたいことがあるんだが、頼んでもいいか?』


『私にできることであれば、協力はできますよ! こちらは魔獣の追加が無くなったことで、事態はかなり収束していて余裕もありますから。それで、私は何をすればいいですか?』


 俺の協力依頼にルーナが即答してくれた。

 元々の戦力に加えて《黄昏の月虹》も合流しているんだ。

 魔獣はもう脅威ではなくなっているよな。


 むしろ今は、魔獣よりもこの天災のような大量の魔術の方が、皆の不安を煽っているだろう。


『ありがとう、助かる。ルーナにやってもらいたいのは、俺の周囲に精霊を集めることだ。可能なら風の精霊が望ましいが、属性系統は問わない。この辺りで一番多く在る属性の精霊を俺の周囲に集めてくれないか?』


 オズウェルはこの天災が術理の臨界点だと言っていたが、詰めが甘いと言わざるを得ない。

 確かにこの魔術は、術理の臨界点に達しているのだろう。

 だが、それは術理に於ける最高の術式・・・・・というだけだ。


 魔術の発動には術式構築と魔力流入の二つで成り立っている。


 この天災のような魔術に利用されているのは通常の魔力・・・・・だ。


 普通の魔力ではなく、属性系統に特化している精霊で魔力流入を行えば、更に一段階効果を高めることができた。


 と言っても、これは仕方ないことではある。

 本来、人間は魔力を術式に流すことはできても、感知することができないという矛盾を孕んでいる生き物だ。

 異能者の中には魔力を感知できる者もいるが、精霊の完全な見極めができるのは、【精霊支配】の異能を持つルーナだけだろう。

 精霊の瞳を持っている者であれば、その限りでは無いが。


 俺は長い間ルーナと行動を共にしていたため、魔力の濃さで精霊の有無についてはある程度分かるようになった。

 しかし、その精霊の属性系統までは判別できない。


 だからこそ、その見極めができて、尚且つ自由に操ることも出来るルーナにこそ、これは適任だ。


『わかりました。精霊は……、風の精霊が多く在りますね。では、すぐに風の精霊をオルンさんの元に運びます!』


 運の良いことに、この辺りには風の精霊が多く在るようだ。


『あぁ、任せた。俺の居場所は分かるか?』


『はい。もう見つけています。ノームの協力を得て、【感覚接続センスコネクト】で確認しましたので』


 【感覚接続センスコネクト】、【精霊支配】の拡大解釈か。

 長時間の行使はまだできないようだが、その恩恵はかなりのものだ。

 魔術で戦闘を組み立てているルーナが、ハルトさん並みの視野の広さを手に入れたと考えると、戦闘に於けるルーナの重要性はこれまでの比にならない。


 魔力流入時の魔力を精霊に置き換えれば、通常の魔術では届かない距離であっても、強引にその射程を伸ばして届かせることも出来る。

 そうなれば、誰の攻撃も届かない超遠距離から、一方的に攻撃することも可能になるのだから。


『わかった! よろしく頼む!』


 ルーナとの念話を終わらせると、俺の周りの魔力が徐々に濃くなっていることを感じ取った。


『オルンさん、この辺り一帯に在る風の精霊をオルンさんの元に運びました!』


『ありがとう、ルーナ。助かった!』


 念話でルーナに礼を言ってから、計画を行動に移す。


「――【岩壁ロックウォール】」


 まず、俺の周りを岩の壁で覆って、魔盾無しでも天災の影響を受けないようにする。

 この壁では持って一分くらいだろうが、その一分が作れれば充分だ。


 続いて魔盾を解除して、漆黒の長剣――魔剣ではない通常時のシュヴァルツハーゼに戻す。


 同時に俺の周囲に在る風の精霊を収束して、風の精霊による収束魔力を作り出す。


 風の精霊による収束魔力に適応するように、オリジナル魔術の術式の一部を改竄する。


 ――この状況下に最適となる、この状況に特化した専門性の魔術になるように。


「あははははは! 反撃の一つもしてこないのかよ! もう死んじまったのか? あっけないなぁ、オルン・ドゥーラ!」


 上空から未だに高笑いをしているオズウェルの声が聞こえてくる。

 そのまま油断していろ。


  ◇


「……間に合ったか」


 俺を覆う岩の壁に亀裂が入り始めてはいるが、岩の壁が壊されるよりも前に準備は整った。


「これなら、あの天災すらぶった斬れるはずだ。――【魔剣合一オルトレーション】!!」


 改竄したオリジナル魔術の術式に風の精霊による収束魔力を流し込み、魔術が発動する。


 発動した魔術に反応して、シュヴァルツハーゼが魔力へと変質し、それが剣を形作る。


 だが、それは普段の魔剣とは違う。

 刀身の周りには漆黒の風精霊が風巻き、その形はフウカの愛刀である妖刀朝凪のような、反りの入っている刀のかたちをしている。


 天災の魔術を見て、術理の臨界点を識ることができた・・・・・・・・ことで、【魔剣合一オルトレーション】の術式も、術理の臨界点まで引き上げることができた。

 加えて精霊による魔力流入。


 これこそが、正真正銘の最高峰の魔術だ。


 重心を落として魔刀を構える。


「……イメージはフウカの居合抜刀術のような最速の攻撃。その斬撃はカマイタチのような、広範囲を一瞬で斬りつけるもの」


 集中力を高め、イメージをより明確にするために、そのイメージを言葉にする。


 そして、周りを覆う岩の壁が破壊される直前、


「――風魔之太刀ふうまのたち


 魔刀を最速で振るう。


 風巻く漆黒の斬撃が、一瞬で・・・辺り一帯を斬りつける。


 ――が、俺の攻撃はここでは終わらない。


 その斬撃に【瞬間的能力超上昇インパクト】を乗せる。


 ――【瞬間的能力超上昇インパクト】。

 《黄金の曙光勇者パーティ》時代からの十八番の魔術にして、幾度も難局を救ってくれた俺のオリジナル魔術。


 この魔術は、魔術の不具合を利用したものだ。


 不具合とは、端的に言うならば、術理に従っていない・・・・・・ということ。


 術理という世界の法則の上に成り立っている魔術に在って、その術理から外れた魔術、それが【瞬間的能力超上昇インパクト】だ。


 何故術理から外れているこの魔術が成り立っているのか、詳細については俺にもわかっていない。

 じいちゃんは何か知っていそうだが、終ぞ教えてくれることは無かった。

 言われたのは、【瞬間的能力超上昇インパクト】は使用しても問題の無い魔術であるということだけ。


 最高峰の魔術による斬撃に、術理から外れた魔術である【瞬間的能力超上昇インパクト】を乗せたんだ。

 これで斬れないものは無い。

 たとえそれが、天災のような魔術であったとしても。


 漆黒の斬撃が嵐を斬り裂き、オズウェルに届く。


「――なっ!?」


 オズウェルは、反応すら難しい速度で迫ってくる斬撃を躱そうとするが、完全には間に合わず、左腕が身体から離れる。


 そのまま漆黒の斬撃が上空を覆う分厚い雲を両断し、再び青い空が顔を覗かせた。


「……ぶっつけ本番にしては、出来過ぎだな」


 思い描いていた通りの結果を作り出せたことに、思わず笑みが零れる。


 そして、役目を終えた魔刀は、再び普通の長剣へと戻った。

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