211.《博士》の最期

「……俺の魔術を斬った、だと……? あり得ない! これは術理の臨界点に到達している魔術だぞ!? それを斬るなんて、そんなこと……」


 オズウェルから動揺しきった声が漏れている。


 そのおかげで天災が新たに発生することは無くなり、一時の静寂が訪れた。


「何をそんなに驚いているんだよ。お前が術理の臨界点という手本を見せてくれた・・・・・・・・・んじゃないか」


 動揺するオズウェルを煽るように言葉を投げかける。


 元々コイツに戦闘能力は無い。

 だが、天災すら作り上げるオズウェルは脅威そのものだ。

 このまま俺が戦いの主導権を握るためにも、もっと冷静さを失ってもらわなければ。


「手本……? まさか、貴様……! 道化の分際が、調子に乗りやがって……!」


 どうやら今の俺の発言は、オズウェルにとってクリティカルだったらしく、思っていた以上に激昂してくれた。


「ムカつくんなら、力尽くで黙らせてみろよ!」


 更にオズウェルの神経を逆なでるようなことを言い放ちながら、【魔剣合一オルトレーション】を発動して、再びシュヴァルツハーゼをいつもの魔剣に変える。


 長剣型の魔剣を携え、身体能力と【重力操作】を駆使して、距離を一瞬で詰める。


 オズウェルの肩部から現れている魔力の竜が、俺の接近を嫌って攻撃してくるが、竜共を魔剣でぶった斬る。

 普通の剣であれば魔力の塊であるこの竜に触れることはできないだろうが、こっちも同じ魔力の剣だ。

 魔剣なら魔力の竜を捉えることができる。


 剣の間合いに入ったところで魔剣を薙ぐ。


 オズウェルの存在自体は脅威であるが、戦闘経験を積んでいないことは佇まいや身体の動かし方からも分かる。

 戦闘における駆け引き自体は、俺に分がある。


 魔剣がオズウェルの胸元を斬り裂いた。


「ぐぅっ! クソが!」


 オズウェルがこれ以上の接近を嫌って、回し蹴りを繰り出してくる。


「……そんな隙だらけの攻撃、俺に届くわけ無いだろうが!」


 蹴りを躱し、魔剣を長剣から二本の短剣に切り替え、更に斬り刻む。


「羽虫が! 離れろ!」


 オズウェルが声を上げると、奴の周りに魔力が集まっていくのを感じたため、即座に距離を取る。


 その直後、奴の周囲で大きな爆発が起こる。


 煙が晴れて、そこから現れたオズウェルは、表情こそわからないが怒気を周囲にまき散らしている。


「道化が! 俺の邪魔をするな!」


「……はっ、ずいぶんと口が悪くなったな。化けの皮が剥がれ始めているんじゃないか?」


「黙れっ! もうベリアの計画なんてどうでもいい! 今ここで、お前をぶっ壊してやる!」


 オズウェルから先ほどまでわずかに残っていた知的な雰囲気や余裕は無くなり、獣のように本能に従っているような言動になった。


「……それはこっちのセリフだ、クズ野郎。お前がこれまでキャロルに与えてきた痛みや恐怖、その全てをお前の心身に刻み込んでやる。――楽に死ねると思うなよ?」


「ぎゃははははは! 俺の身体に刻むだと!? 俺には【自己治癒】があるんだ! 傷をつけられようが、すぐに治――――」


 自分が死ぬことは無いと思っているオズウェルが、品性の欠けた笑い声を発しながら、死なない理由を語っていると、突如黙り込んだ。

 そして、オズウェルは自分の左腕へと視線を落とす。


 ――魔刀で切り落とされた左腕の傷口を。


「……何故だ? 何故左腕が治っていない・・・・・・んだよ!?」


 普通の魔剣で与えた複数の切り傷は、既に塞がっている。

 それなのに、本来時間が経てば元に戻るはずの左腕からは、一向に元に戻る気配を見せないだけでなく、傷口すら塞がっておらず、未だに血が大量に流れている。


「出血死なんてつまらない死に方は許さねぇよ。――氷魔之太刀ひょうまのたち


 オズウェルが自分の左腕が治らないことに意識が向いている内に、ルーナの協力を得て、今度は氷の精霊による魔刀へと変える。

 それから、【瞬間的能力超上昇インパクト】込みの斬撃が、奴の肩口――腕の付け根から先を斬り飛ばす。


 斬り飛ばした傍から傷口を凍結させたため、これで出血死の心配はなくなった。


「ぐあああぁぁぁ!?」


 これまでは、治ると思っていたため痛みを無視することができていたのだろうが、治らないと解って耐えることはできなかったのだろう。

 オズウェルが絶叫する。


「良い大人が情けない声を出しているんじゃねぇよ」


「や、やめ――」


 再び俺が攻撃をすると解ったオズウェルが、制止するよう言ってくるが、止まる理由も義理もない。

 そのままオズウェルの首を刎ねる。――予備の剣で。


 それから【超爆発エクスプロード】でオズウェルの身体を吹き飛ばすと、黒焦げになったオズウェルの身体が地面に墜ちる。


『ルーナ、次は火の精霊を頼む』


 俺のお願いを聞いてくれたルーナによって再び俺の周囲の魔力が濃くなる。


 その精霊を収束することで、左の手のひらの上には漆黒の収束魔力が燃え盛っていた。


「ふざけるんじゃねぇぞ、道化が!」


 そうこうしているうちに【自己治癒】で復活したオズウェルが、怒りと苛立ちを含んだ声を上げていた。

 そのオズウェルは、首が繋がり火傷も消えていたが、左の肩口から先は無くなったままだ。


 オズウェルの状態を観察していると、再び超巨大な竜巻が発生し、それが俺に迫ってきた。


「……それじゃあ、次の実験・・だ。――【陸ノ型モント・ゼクス】」


 シュヴァルツハーゼを魔弓へと変えてから、火の精霊で作った収束魔力を矢にして魔弓に番える。


「擦り潰れろ、オルン・ドゥーラ!!」


「――炎魔之矢えんまのや


 魔弓から放たれた漆黒の矢は、竜巻を消し飛ばし、そのままオズウェルの腹部を貫く。


「……あ、……がっ……」


「……躱すこともできないくらい追い込まれているのかよ。早すぎるだろ。こんなもんじゃ、キャロルの苦しみの欠片も味わえてないってのに」


 オズウェルの近くに着地してから、更に恐怖を刻み込むよう、言い放つ。


 そう言いながら奴の腹部を確認すると、貫かれていた火精の矢による傷は塞がっていた。

 ……これで、オズウェルの傷が治らない原因は確定か。


「なんだよ……。なんだよ、これ! お前は壊される・・・・! そう決まっているんだよ! なのに、なんで俺がこんなに苦しまなければならない! おかしいだろ!」


 まるで駄々をこねる子供のように、オズウェルは不平不満の愚痴を零す。

 その言動に俺の怒りは更に増していく。


「この程度で弱音を吐いているんじゃねぇよ。キャロルもその他のお前に弄ばれた人たちも、これ以上の苦しみを、もっともっと長い時間感じていたはずだ! それが自分に返ってきた途端、不平不満を言うなんて都合が良すぎるだろうが!」


「黙れ! 俺がやってきたことは、人類の進化に必要なことだ! 俺が死ねば世界の損失は計り知れないぞ!? それでも俺を殺すのか!?」


 


「――はい。殺しますよ」


 


 オズウェルと問答をしていると、突如誰も居なかった場所から柔らかい声質の男の声が聞こえた。

 そこに居たのは、元勇者のゲイリーを魔人に変えた、長い金色の髪を肩口で纏めている男だった。


 直後、オズウェルの身体に無数の細い光の線が走り、全身から血が噴き出す。


「がはぁっ! スティーグ、お前が、何故、ここに……!?」


「フフフ。《博士》という大層な異名で呼ばれている貴方にしては、愚問ではありませんか?」


 スティーグとオズウェルが話をしている隙に、スティーグの背後に回った俺は、奴の背に魔剣を振るう。

 しかし、音も予備動作もなく目の前からスティーグが消え、魔剣は空を切った。


「いきなりですね。ですが、良い判断だと思いますよ。まぁ、無駄ではありますが」


 オズウェルの側に移動していたスティーグが、俺に言葉を投げかけながら無造作に腕を振るうと、その手刀がオズウェルの身体を上下に両断した。


 そして、そのまま【自己治癒】が発動することなく、オズウェルが目を覚ますことも無かった――。


「…………」


 スティーグの得体のしれない存在感に、冷汗が止まらない。

 以前会ったときのコイツは、視界に捉えていても見失ってしまいそうなほど気配が希薄だった。

 それなのに、今は人の皮を被った化け物にしか見えない。


「お久ぶりですね、《竜殺し》殿。あぁ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私は【シクラメン教団:第八席】《羅刹》スティーグ・ストレムと申します。以後お見知りおきを」


 そう言いながらスティーグが、演技がかったようでありながら、貴族のような仰々しい挨拶をしてきた。


 第八席、か。コイツとオズウェルを除いても、最低でもあと六人は教団の幹部が居るのか。


「ゲイリーに続いてオズウェルまで……! お前は何がしたいんだよ!」


 《シクラメン教団》がクズの集まりであることは理解している。

 そんな連中と価値観が合わないこともわかっている。

 それでも言わずにはいられなかった。

 俺にとって仲間は、何よりも大切な存在だから。


「何がしたいと言われましても、不要になったゴミを処分しただけですが? 不要なものを処分して何故ここまで怒りを向けられないといけないのでしょうか?」


 俺の問いにスティーグはあっけらかんと答える。


「そうか。良くわかったよ。お前とは相容れないことがな!」


 オズウェルから得ようと考えていた情報を失ったため、それをスティーグから聞き出すべく、奴との距離を一瞬で詰め、魔剣を振るう。


 だが、先ほどと同様突如目の前から消え、俺の剣は届かなかった。


「良い太刀筋ですね」


 再び離れたところに現れたスティーグが感心したような声を発する。


 即座にスティーグが居る場所へ天閃を放つ。


「実は貴方と《博士》の戦い、私は遠目から見ていたんですよ」


 先ほどまで離れたところに居たはずのスティーグの声が、真後ろから聞こえてきた。


「――っ!?」


 振り向きざまに魔剣を薙ぐが、またしても捉えることはできなかった。


「以前会ったときは児戯に等しい魔術でしたが、今はきちんと魔術を扱えるようになっていて驚きました。やはり、貴方の成長速度には目を見張るものがありますね」


 再び間合いの外に現れたスティーグが、嫌味を言ってくる。


「ですが、ここで戦うのは止めておきましょう。私にはこれから予定もありますし、貴方との戦いにふさわしい舞台は、近いうちに整います。そうしましたら、遊んで・・・あげますよ。その日を楽しみに待っていてください。あくまで今日の私は《博士》を処分しに来ただけですので」


 まるで親が子どもをあやすような口調で声を掛けてくる。

 気にくわない。だけど、今の俺ではまだ届かない相手であることはわかった。……見逃されている感は否めないが、これ以上踏み込むのは避けるべきか。


 くそっ、これでもまだ実力が足りないのか!


「私の想いが伝わって良かったです。では、また会う日まで」


 その言葉を最後にスティーグの姿は消え、気配も感じ取れなくなった。


 


 不完全燃焼な感じはするが、魔獣の群れからダルアーネは護りきれたし、オズウェルは排除できた。


 〝過程〟に納得はいっていないが、〝結果〟を見れば、目的は達成できている。

 弟子たちにあれだけのことを言ったんだ。

 俺もこんなところでウジウジしているわけにはいかないな。


 全員無事に事態は収束した。

 その結果で、今は自分の気持ちを慰めよう。


「……そういえば、フウカと黒竜はどこ行った?」


 オズウェルとの戦いを始めてからフウカの存在がすっかり頭から抜けていた。


 周囲を見渡してもフウカも黒竜も居ない。

 黒竜はかなりのデカさだ。

 それなのに見えないということは、既に討伐されていると考えるべきか。


『ハルトさん、フウカが今何処に居るかわかる?』


 念話でハルトさんにフウカのことを確認してみた。


『オルンか。フウカは迷宮に潜っているぞ』


『……迷宮に? どうして?』


『さぁな。理由まではわからん。気になるなら追いかけてみればどうだ?』


『わかった。そうしてみるよ』


 ハルトさんからフウカの居場所を教えてもらった俺は、迷宮の入り口へと歩を進める。


『あぁ、それと、オルンの戦い見ていたぞ。最後は変な乱入者が現れたが、気にするなよ? お前はダルアーネ守り切った。その事実は変わらねぇ。あの天災を斬った光景はみんなが見ているから、ダルアーネではみんな大興奮状態だ。戻ってきたら大歓迎を受けるだろうから覚悟しておけよ?』


 迷宮へと向かっていると、ハルトさんが今回の結果について労いの言葉を掛けてくれた。

 それから、街の様子も教えてくれて、俺を気遣ってくれていることが伝わってくる。


 この気遣いは嬉しいな。


『あはは! わかりました。覚悟しておきます』





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