199.【sideセルマ】ズレ始める歯車

 私が苦労しても数体しか倒せなかった相手を、オルンは一瞬のうちに討伐した。

 オルンはウチのエースだ。

 私よりも殲滅に時間を要さないのも当然だから、そのことに今更驚きは無い。


(しかし、今のオルンの動きは、なんだ……?)


 オルンがオオカミを殲滅した時の動きは、いくら何でも速すぎる。

 【空間跳躍スペースリープ】を繰り返していたかのではと思ってしまうほど、私はオルンの動きを捉えることができなかった。


 しかし、魔術を行使すれば魔法陣が現れるはずだ。

 魔術によっては目に見えないほどまで小さくするなど、工夫することで魔法陣を隠すことはできるが、【空間跳躍スペースリープ】ほどの複雑な魔術となると、目に見えないほどまで魔法陣を小さくすることはできない。


 つまり、瞬間移動とも言える今のオルンの動きは、身体能力のみで行ったものということになる。

 まぁ、バフは受けているのだろうが。


 そんなことを考えていると、背後からオルンとは別の男の声が聞こえてきた。


「オルンの学習能力の高さ・・・・・・・は聞いていたが、にしたって、縮地を見てから二カ月経ってねぇのに、もう習得しているのかよ。とんでもねぇな」


 振り返って声のあった方へと顔を向けると、そこには《赤銅の晩霞》のハルトとフウカが居た。


 それよりも縮地だって!?

 縮地と言えば、武術における到達点にして、奥義の一つとも言われている技法じゃないか。

 奥義と言われているだけあって、現在だけでなく過去を見ても扱えるものはほとんどいないと聞く。

 『フウカは武の極致に至っている』という話は、私も聞いたことがある。

 であるとするなら、オルンはフウカから縮地を教えてもらっているということか?


「見様見真似にやってみただけだ。フウカの縮地には全く及んでいないことは自分が一番わかってる」


「ふーん。ちなみに、フウカ先生。さっきのオルンの縮地に点数を付けると百点満点中何点だ?」


「……六十点」


「ほぉ、半分以上は取れているんだな。ちなみに合格点は?」


「最低でも八十点は欲しい。動きに無駄がありすぎる。体重移動ももっとまだまだ。さっきのオオカミみたいな弱い・・相手なら通用しても、強敵相手の戦術に組み込めるレベルでない」


 フウカがここまで話していることに驚きを覚える。

 彼女は基本的に無口で必要最低限のことしか話すことは無いと思っていたから。


 この約二か月間で、オルンとフウカはかなり仲良くなったということだろう。

 ……ん? 何で私は二人が親密になったことを気にしているんだ?


「あぁ、わかってるよ。――っと、セルマさん大丈夫? その鼻血は魔術の使い過ぎによるものだよね? 周囲の警戒は俺たちでやっておくから、今は一旦休んで」


 ハルトたちとの会話を切り上げたオルンが、気遣うようにして私を地面に座らせてから、私の周囲を魔力障壁で覆った。

 荒野であるため結構な頻度で土埃が上がっていたが、オルンの魔力障壁が砂風から私を守ってくれた。


「あ、あぁ。オルンが来てくれて命拾いした。ありがとう」


 オルンを見上げるようにしてお礼を言うと、彼は見ているこちらが安心するような笑みを浮かべていた。


「礼を言われるようなことじゃない。仲間が危険だってわかっていたら、セルマさんだって俺と同じ行動をしていただろ?」


 オルンと会話をしながら収納魔導具からタオルを取り出して、鼻血を拭う。

 既に鼻血は止まっているため、新たに血が流れてくることは無かった。


「それは、そうかもな。……それで、オルンたちは何でここに?」


「ルシラ殿下からセルマさんがここに居ることを聞いたんだ。それから大急ぎでセルマさんを追いかけたってわけ」


「やはり、ルーシーか。ということは、私がここに来ている理由も聞いているのか?」


「あぁ、聞いた。ソフィーとエメルト子爵の長男との結婚が決まったと」


「そうか。なら、オルンも協力してくれると思っていいのか?」


「……俺はソフィーの望む結果を手繰り寄せるつもりだ。まぁ、それとは別に、この迷宮に氾濫の可能性があるという観点から、この迷宮は攻略するがな」


 なるほどな。

 オルンらしい考えだ。


「あぁ、それで充分だ。ありがとう。感謝する。――さて、オルンたちも来てくれたことだし、とっととこの迷宮を攻略してしまおう」


 まだ頭痛はするが、これ以上時間を食うわけにもいかない。


「…………わかった。指揮は俺が執ってもいいか? セルマさんはフウカやハルトさんのことまだよく知らないだろうし」


 私が攻略の再開を口にすると、オルンは何か言いたそうな表情を浮かべるが、その言葉を飲んでくれた。


 足手まといである私を帰したいのだろうが、私の気持ちを汲んでくれたのだろう。

 なら、これ以上の我が儘は控えるべきだな。

 オルンの言う通り、私は二人の動きを伝え聞くものしか知らないわけだしな。


「わかった。オルンに任せる」


「それじゃあ、まずは二十一層に降りる。大急ぎでここまで来たからこの迷宮のことは最低限のことしか確認していないんだ。だからセルマさんに教えてほしい」


 オルンの指示に私だけでなく、フウカやハルトも了承した。


「それから、戦闘に関してだけど、基本的には俺とフウカで魔獣を殲滅していく。ハルトさんはセルマさんを護りつつ周囲の状況確認を。セルマさんは休んでいて。バフに関しては俺たち全員自前で賄えるから、念話だけ四人の間で繋いでくれると有難い」


 ……ふっ、私の支援は要らないというわけか。

 今は魔術の使い過ぎでまともに術式構築ができない状態であるからこそ、こう言われていることは理解している。


 それでも思い出してしまう。

 去年の教導探索でのオルンと黒竜の戦闘を。

 あの時もオルンに支援魔術を掛けようとして不要だと言われたな。


『念話を繋いだ。三人とも聞こえているか?』


 私は異能を使って、念話で三人に問いかける。


「へぇ、これがセルマの異能か。距離が離れても明瞭に聞こえるのか?」


 念話を受けたハルトが感心したような声を漏らしてから、私に口頭で問いかける。


「あぁ。私の異能の範囲内であれば、距離に関係なく声が聞こえるはずだ。念話で話したい場合は、声を相手に届かせたいと念じながら心の中で話せば、その声が相手に届く」


『こんな感じか?』


 私のアドバイスに従ってハルトが念話をすると、私の頭の中に彼の声が響いた。


『それで問題無い。声を発するときと同じで、慣れれば特段意識しなくても念話を相手に飛ばすことができる』


『ははっ、こりゃあ便利だな! なるほど、なるほど。これが、セルマが《大陸最高の付与術士》と呼ばれる最大の理由か。話には聞いていたが、この念話は便利すぎるな』


「……ハルト、うるさい。頭の中でギャンギャン騒がないで」


 ハルトが念話に興奮していると、フウカが苦言を呈する。

 表情が動かないため、本気で言っているのか、冗談で言っているのか、いまいち判断がつかない。


「ひでぇ言い草だな、おい。こんな便利なものを知ったんだから仕方ねぇだろ。フウカも便利だと思ってるだろ?」


 ハルトが特段気にした様子もなく、フウカにも念話の便利さについて同意を求めると「……うん」と彼女も同意した。


「フウカも念話を試してみな。お前ならぶっつけ本番でも問題無いと思うが、やるに越したことは無いだろ」


 二人のやり取りがひと段落着いたところで、オルンがフウカに念話を試すように言う。


『……こう?』


 フウカがオルンの方を見ながら首を傾げると、頭の中にフウカの声が響いた。

 その一連の言動が何とも可愛らしく見える。

 ……なんか、フウカを見ていると妹分を見ているような感覚になるな。


 フウカの問いにオルンが念話で『あぁ、聞こえている』と返答すると、私たちの方へと向き直ってから口を開いた。


「それじゃあ、まずは二十一層を目指して進もうか」

 

  ◇

 

『フウカ、右の二体を頼む』


『わかった』


 私たちが、サイのような魔獣三体と接敵すると、即座にオルンとフウカが魔獣たちへと肉薄し、オルンはフウカに念話で指示を飛ばす。


 オルンが魔獣の一体を危なげなく倒しているうちに、フウカは二体を既に討伐している。


 オルンたちと合流してからしばらくの時間が経過した。

 私であれば、万全な状態であっても優に数倍の時間はかかっていただろうが、オルンとフウカは下層相当の魔獣が相手でも難なく魔獣を屠っていき、既に最下層となる二十七層に到達していた。


「二人とも、すごいな……」


 オルンとフウカの戦闘を傍から見て、私は思わず声が漏れた。


 すると隣に居たハルトが笑いながら私に声を掛けてくる。


「だな。そもそも単騎でえげつないほど強い二人が、この二カ月で連携の練度をかなり上げている。その上セルマの【精神感応】による意思疎通も可能となれば、ここの魔獣なんて赤子も同然だろ」


 私も日々成長している自負はある。

 それでも私とオルンの差は開き続けていることが、否応にもわかってしまう。


 レインが以前言っていた。

 私たちはオルンの仲間にふさわしくないのではないだろうか、と。


 オルンとフウカの共闘を見ていると、第一部隊で戦っていたときのオルンはどこか息苦しそうだったようにも思える。


 オルンが《夜天の銀兎》に加入してからというもの、オルンがクランに齎してくれた恩恵は計り知れないが、逆に私たちやクランがオルンにしてやれたことは何かあっただろうか?


 ……私たちはオルンの枷になっているのではないだろうか?


(――っと、いかんな。どうしても気持ちが不安定になっている)


 ソフィアの件や頭痛、自分の力不足など、色々なことが重なって、自分でも思考が悪い方向に転がってしまう。


「……セルマさん、大丈夫? ペース下げようか?」


 ネガティブな思考になって勝手に落ち込んでいる私を見て、オルンが心配げな表情で問いかけてくる。


 魔術もまともに使用できない今の私は役立たずだ。

 無理言ってオルンたちに同行させてもらっているのだから、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。


「いや、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」


「…………わかった。辛いと思うけど、あとちょっとで最奥だから。もう少しだけ頑張ろう」


「あぁ」


 移動を再開してからも、何度か魔獣と接敵したが、オルンとフウカの阿吽の呼吸ともいえるほどの見惚れてしまう連携で、魔獣はあっという間に魔石へと変わる。


 その戦闘はまるでオルンにもう一つの剣があると思ってしまうほど、オルンの動きの間をフウカがカバーすることで、全く隙の無い動きになっている。


 オルンもフウカの動きを見越しているかのような戦い方で、傍から見ていると、フウカだけでなく、オルンも未来が視えているのではないかと錯覚してしまうほどだった。


 そして、ついに迷宮の最奥へとやってきた私たちは、そこで迷宮核を手に入れて、地上へと帰還した。

 

  ◇

 

「オルン、ハルト、フウカ、改めて迷宮の攻略に協力してくれてありがとう。お前たちが来てくれなかったら、私は死んでいただろう」


「何度も言っているだろ? 仲間なんだから当然だ。それに、あんな話を聞いてしまったら迷宮を攻略しないわけにもいかなかったから」


 相変わらず穏やかな表情をしているオルンが気にしないように言ってくる。

 それにしても、仲間、か。


 さっきは思考がマイナスの方向に行ってしまったから、あんなことを考えてしまったが、オルンは私たちのことを仲間だと言ってくれているんだ。

 だったらオルンに見合う実力が身に着けられるように、これからも精進していくしかないよな。


「戦闘中の念話をここで試せたのは願ってもないことだったから。気にしないでいい」


 続いてフウカが口を開いた。

 彼女の言葉からは、念話を介しながら戦闘をする機会が今後もあるように聞こえる。


 【未来視】は少し先の未来を視れるものと聞いているが、もしかして、数秒先というわけではなく、もっと先――例えば数日や数か月先の未来も視えているのか?


「それよりも、セルマさんは限界が近いんだし、今は休んだ方が良い。ソフィーのことが心配なのはわかるけど、ソフィーが今のセルマさんの状態を知ったら、余計に自分を責めることになるかもしれないぞ?」


 フウカの意味深な発言について考えていると、オルンが休むように言ってきた。

 本当はオルン的には、合流した時点で私を休ませたかったのだろう。

 それでも私の気持ちを汲んで、迷宮攻略に連れて行ってくれたんだ。


 実際のところ、多少マシにはなったが未だに頭痛はひどい。

 ここは素直にオルンの言うことを聞いて休むべきだな。


 迷宮は攻略できたんだ。

 父上のことは兄上に任せても問題ないだろう。


「わかった。これ以上心配を掛けるわけにもいかないしな。素直にもう休ませてもらうよ」


 それから私は、オルンたちと一緒に兄上やルーシーに迷宮の攻略が無事に終わったことを告げ、自室に帰ってから泥のように眠った。



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