24.誓い

 笑い声の響いていた空間が、静寂へと変わる。


 想定外の事態に頭が真っ白になるが、これまでいくつもの修羅場を乗り越えていた俺の体は勝手に動き始める。


(後ろ姿しか見えないが、あの光沢のある黒い鱗、そしてこのプレッシャー、間違いない。九十二層のフロアボス、黒竜だ。何故ここに現れる⁉ それも急に。――ってそんなことを考えている場合じゃない!)


 思考が行動に追いつく。


 黒竜の視界の先には、《夜天の銀兎》のみんながいる。


 既に黒竜は《夜天の銀兎》に対する攻撃の準備をしていた。その証拠に口からは炎が漏れている。


 俺は黒竜を回り込むようにみんなの元へ駆ける。――が、黒竜の攻撃の方が早いと悟る。


 作戦を変えて、術式を一瞬で構築する。


「引率者ぁ! 死ぬ気で新人たちを守れぇぇええ‼」


 叫びながらアンセムさんとバナードさんに【生命力上昇バイタリティアップ】と【抵抗力上昇レジストアップ】を、鎧と盾に【耐久力上昇デュラブルアップ】と【自重増加ウェイトアップ】を発動する。


 引率者全員が俺の声に反応した。

 アンセムさんとバナードさんは前に出てから重心を下げて、盾を構える。

 セルマさんとキャシーさんは、ディフェンダーの前に魔力障壁を展開した。


 まだ混乱の真っ只中にいるはずだ。それでも、咄嗟に体が動いたんだろう。流石は教導探索に選出された上級探索者なだけはある。


 黒竜が口を大きく開けて、巨大な炎の塊炎弾を撃ち出してきた。


 俺は炎弾が展開された魔力障壁にぶつかる直前に、【瞬間的能力超上昇インパクト】を発動し、硬度を極限まで高めた。


 魔力障壁にぶつかった炎弾が爆発し、《夜天の銀兎》の面々が煙に覆われる。


 しばらくして煙が晴れる。

 幸い死者は出ていないようだ。

 どうにか新人たちは守り抜けた。


 だけど、ディフェンダーの二人は満身創痍になっている。

 キャシーさんがすぐにでも二人の治療をしないといけない場面だが、体が震えて動けていない。

 新人たちだけではなく、セルマさんまでもが顔面蒼白になっている。


 そこで俺はようやく気が付いた。このボスエリアの広さが、先ほどより倍以上になっていることに。


(黒竜に合わせてなのか? ここに黒竜がいるのはイレギュラーのはずなのに、なんでこんな仕様があるんだ?)


 俺自身未だに混乱しているのか、余計なことばかり思考してしまう。


 俺の取れる選択肢は二つ。


 一つ目はみんなを見殺しにして、とっとと五十一層へと向かうこと。

 既に五十層のフロアボスであるカニを倒しているため、五十一層へと向かう道は出来ている。

 黒竜は俺の存在に気づいているだろうが、魔獣は人が多いほうへ向かう習性がある。

 俺一人ならば、恐らく五十一層へ移動することが可能だ。


 二つ目は黒竜と戦うこと。

 ただし、今のみんなは戦力にならない。

 腰が抜けて動けない者も多数いる。戦うのであれば、全員が五十一層へ逃げる時間を稼ぐなんて生ぬるい考えは捨てるべきだ。

 全員を救うには勝つしか無い。


(くそ! なんでこの状況であの時のことを思い出すんだよ)


  ◆ ◆ ◆


 俺とオリヴァーは地図にも載っていないような寒村で生まれ育った・・・・・・・・・


 俺たちはその村の人気者だった。

 二人とも生まれたときから記憶力と身体能力が優れていて、祖父から剣を学び、八歳の時点でBランクの探索者と遜色ない実力を手に入れていた。


 俺たちは、お互いを高め合うため、将来探索者として成功するため、村近くの山奥で修行に励むことが日課になっていた。


 そんなある日に事件は起きた。――村が野盗に襲われたのだ。


 俺たちが日課を終えて戻ってきたときには既に遅かった。

 家は焼かれ、今朝まで元気だった人たちが、全員死体となってそこら中に転がっていた。


 俺たちはそのことを理解すると声が嗄れるまで泣き叫んだ。

 そして、泣き止んだころには既に日が昇っていた。


「オリヴァー、みんなこのままじゃ、かわいそうだよ。ちゃんと埋葬してあげよう」


「そうだな」


 幸か不幸か聡かった俺たちは、すぐに今の自分たちがやるべきことを見つけ、行動に移した。


 俺たちは会話もせずに黙々と穴を掘って、そこに丁寧に死体を入れていった。


 全ての死体を入れ終わってから、穴の中に火を放った。


「――オルン、俺はもっと強くなるぞ! もう何も奪われないように、もっともっと強くなってやる! 俺の名前を聞いただけで、こんなふざけたことをする気すら起こさせないほどに強く!!」


「――俺も強くなる! 理不尽なことがあろうと何も失わないように! どんな状況だろうと大切なものを護れるくらいに強くなってやる!!」


 枯れたはずの涙を再び流し、村の仲間たちが燃えるさまを目に焼き付けながら俺たちは誓いを立てた。


 埋葬が終わってから俺たちは村があった場所を去り、南の大迷宮のあるツトライルで探索者になった。


  ◆ ◆ ◆


 理不尽なことなんて、この世には溢れかえるほどある。


 今の状況だってその一つにすぎない。


 俺は理不尽なことが起こっても泣き寝入りをしないで済むように、力を、知識を求めて探索者になったんだ。

 答えは最初から決まってるじゃないか。


 今の俺の役目は、探索者になったばかりの新人全員を、五十一層に連れて行くこと。


 そのために必要なことは、――目の前の理不尽を跳ね除けること。


「なにも難しい事じゃない。目の前の敵を倒すだけだ……!」


 探索者になってから今日まで培ってきたものを総動員すれば、勝てない相手じゃない。


 勝算はある。さぁ、討伐開始だ!


  ◇


 俺は収納魔導具から予備の剣を取り出すと【力上昇ストレングスアップ】と【技術力上昇テクニカルアップ】を発動する。


 全身が硬いウロコで覆われている黒竜だが、生物である以上、刃が通る場所も存在する。


 俺は黒竜の目を目掛けて予備の剣を全力で投げる。


 剣の切っ先が黒竜の目に到達するよりも、黒竜の反応の方が早かった。

 俺が放った剣は、硬いまぶたに阻まれる。

 黒竜がそこで初めて俺の居た場所に顔を向ける。


 ――が、残念ながら、俺はもうそこには居ない。既に俺は黒竜の頭上へと移動している。


 空中で回転を加えながら、全力で剣を振り下ろす。


「――っ!」


 俺の攻撃が不意打ちだったことに加え、剣に付与した【瞬間的能力超上昇インパクト】の影響も相まって、攻撃を受けた黒竜は轟音と共に顔面を地面に叩きつけられる。

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