76.介入
「大丈夫かなぁ……」
三人を見送った後、俺はじいちゃんの雑貨屋で時間を潰していた。
一人でいると嫌な方向に考えが向いちゃう気がして、今はあまり一人で居たくない。
「ウロウロと邪魔くさいのぉ……。営業妨害が目的なのか?」
店内をウロウロしていると、ついにじいちゃんから苦言を呈される。
うん、これは俺が全面的に悪いな。
「ゴメン。でもジッとしてられなくて」
待っているだけっていうのが、こんなにも苦しいことだと思わなかった。
自分の力が及ばないところに弟子を向かわせるってのは、こんなにも不安になるものなんだな。
「そんなに気になるなら、見つからないように尾行すれば良かったのではないか?」
じいちゃんが呆れた口調でそう言ってくる。
うん、ごもっともすぎて反論できないね。
「それはあいつらを信じていないってことになる気がするから、したくないんだ。あいつらは三十層を問題無く攻略できるだけの実力を付けている。大丈夫」
「だったらどっしりと待っておれ」
「……うん、わかった」
じいちゃんに不安を吐露したら少し落ち着いた気がする。
そうだ。
俺はあいつらを信じている。
こんな格好悪いところ、あいつらには見せられないな……。
カウンターの中に入ってからじいちゃんの隣に座ると、改めて店内を見渡した。
「……それにしても、客足減った?」
この一か月間、店の宣伝ができていない。
やっぱりそれも一因になっているのかな?
「元から昼間はこんなもんじゃよ。朝や夕方は今までと変わらず結構客が来ておるよ」
探索者は昼間に迷宮探索をしているパーティが多い。
この店は探索者向けだし、この時間に客がいないのも当然か。
「そういえば、もうそろそろ感謝祭じゃが、今年はオルンも参加するんじゃろ? なんたって《夜天の銀兎》に所属しているんじゃからな」
「あぁ、そういえば、そろそろか。クラン内では特にそういう話は聞いて無いな。多分九十二層の攻略前後だったからだと思うけど。流石に不参加にはならないと思うよ」
感謝祭とは年に一回、五月の下旬から六月の上旬の十日間に亘ってこの街で開催される祭りのことだ。
何に感謝しているかというと大迷宮にだ。
大迷宮から持ち出した魔石やら素材やらが市場に流通しているおかげで、この国の経済が活性化していると言っても過言ではない。
更に大迷宮があるおかげで他国よりも多種多様な素材を入手でき、それらを輸出できているのも大きい。
そのことに感謝して、祭りの期間中は大迷宮の探索が禁止になっている。
まぁそれは建前で、実際のところはしばらく放置することで大迷宮内のバランスを整えているんだけどね。
やはり探索者が狙う素材というのは需要が高いものになる。
需要のある素材の方が売却時の単価が高いわけだし、同じリスクを背負うならリターンが大きい方を狙うのは当然だ。
しかしそうなると、需要のある素材が狩り尽くされて需要の無いものが大迷宮内に溢れかえることになる。
当たり前だが大迷宮内にも生態系がある。
前述のようなことを続けることで、そのバランスが著しく崩れる。
本来、崩れた生態系を正しい形に戻すのには、人間の一生では足りないくらいの時間を有するが、迷宮内は生態系を戻すのにはそんなに時間が掛からない。
迷宮の場合は一週間ほど人の手が入らないと、正しい形に戻るのだ。
そのためこの期間は大迷宮には誰も入れず、再び正常の状態に戻している、というのがこの祭りの背景だ。
大迷宮を探索できない探索者たちは自分たちで出店を出したり、様々な催し物に参加したりして祭りを盛り上げるのに一役買っているらしい。
らしいというのも、俺は感謝祭に参加したことがない。
探索者になりたての頃は強くなることが第一だったから、大迷宮に入れない期間は別の場所に行って迷宮を探索していた。
実力を付け始めてからは、スポンサーとの各種調整などの事務仕事を消化する絶好の機会だったため、祭りを楽しんだことはない。
《夜天の銀兎》の探索者も何かしらで毎年参加しているらしいから、今年は参加できるかもしれないな。
「オルンは、今やこの街で一番注目されている探索者といっても良い存在じゃ。そんなオルンが参加しないのは色々アウトじゃろ」
ありがたいことに九十二層を攻略してから、俺のことを取り上げてくれる機会が増えた。
注目されるのはあまり好まないが、《夜天の銀兎》の第一部隊に所属している以上、仕方ないと割り切るしかないか。
……おだてられるのも、悪い気はしないしね。
◇
一時間ほどじいちゃんと雑談をしていると、突如首からぶら下げていたプレートネックレスが緑色に光る。
「――じいちゃん、ゴメン。急用ができた」
じいちゃんにそう告げてから、カウンターを飛び越えてそのままドアへと向かう。
「待つんじゃ――」
ドアに手を掛けたタイミングでじいちゃんに呼び止められた。
焦る気持ちを押し殺してじいちゃんの方へ振り返ると、何かが飛んできた。
咄嗟にそれをキャッチする。
「――収納魔道具を改良してみた。必要時間は約十分じゃ。持っていきなさい」
それは、【
この前の九十二層攻略で使っていた魔導具の必要時間は約二十分。
数日で時間を半分に短縮させるなんて……。
「ありがとう、じいちゃん。行ってきます!」
「いってらっしゃい」
じいちゃんの声を背に受けながら、外へと出る。
「【
自分にバフを掛けてから、足元に斜めに設置してある灰色の半透明の壁を全力で踏みつける。
踏みつけたことによって俺は、大迷宮がある方向の上空へと飛ばされる。
「【
上空に移動中に更に自身にバフを掛ける。
そして空中に【魔力収束】で足場を作って、最速で大迷宮へと向かう。
そしてあっという間に大迷宮の入り口に到達する。
付近には人が結構いたが、それらを無視してスピードを落とさずに水晶へと向かい、三十層へと移動する。
【
(ネックレスが緑色に発光したということは、キャロルに何かあったってことか? もしかしたらもう――)
不安な気持ちを押し殺しながら、首から下げているネックレスを起動する。
すると、赤、緑、紫それぞれの光が現れる。
(良かった……。全員まだ生きている!)
詳しいことを説明している時間は無いから端的に言うが、大迷宮の入り口で三人に渡したネックレスには、彼らが危険な状態になった時にそれを俺に知らせる仕掛けがあった。
そしてその仕掛けが先ほど起動した。
つまり、三人は今危険な状態に陥っている可能性が非常に高いということだ。
(やっぱり付いて行くべきだったか……! いや、今は余計なことを考えるな。あいつらを探すことに全力を注げ!)
俺の耳に色々な音が届くが、全部三人のものではない。
三人の歩く時や走る時の足音など、あいつらから発せられる音の特徴は記憶している。
あいつらの些細な音も絶対に聞き逃すな……!
事前に聞いていたルートを八割方、踏破した。
それでもあいつらを見つけられていない。
時間的にはこの辺りに居ると思うんだが……。
「――ゃめろ‼」
――っ!
ログの声が壁の中から聞こえた。
あんなに焦っているログの声を聞いたのは初めてだ。
即座に今いる場所と脳内のマップを照らし合わせる。
この壁の奥は広場のような空間が広がっている。
このまま道なりに進めばたどり着けるが、ログの声音的に切羽詰まっている状況だ。
時間が惜しい!
「【
シュヴァルツハーゼを出現させて、魔力に変質させる。
(この壁をぶち抜く!)
更にシュヴァルツハーゼの魔力を収束させる。
「――っ!」
収束させた斬撃で壁を上部に飛ばす。
そしてできた穴の中に飛び込む。
◇
(なにを、やってんだ……)
周りの土煙を魔術で吹き飛ばし俺の目に映った光景は、男がソフィーに剣を振り下ろそうとしていたところだった。
すぐさま、ソフィーの元に向かう。
「――【
まだ魔剣のままであるシュヴァルツハーゼの魔力を膨張させ、大剣を形作る。
そのまま大剣を横薙ぎに振るう。
ギリギリで俺の攻撃に反応した男は、大剣を盾のようにして俺の攻撃を防ごうとするが堪えきることができず、後方へ吹き飛びそのまま壁に激突した。
その直後、シュヴァルツハーゼは魔剣から黒い剣へと姿が戻る。
状況を確認するとキャロルは壁付近で意識を失っている。
ログは意識があるようだが怪我をしているようだ。
すぐさまログに【
そして敵は、さっき飛ばした大男の他に、男が一人、女が一人、性別不明のローブ人間が一人の計四人。
「……遅くなって、ごめん」
この状況に相手だけでなく、到着が遅くなった自分自身にも怒りが湧いてくる。
「オルン、さん……」
ソフィーから声が発せられた。
(怒りを鎮めろ。今は安心させるのが最優先だ。いつも通りにしろ……!)
「うん、俺はここに居るぞ。よくがんばったな。えらいぞ。もう大丈夫。安心してくれ。あとは俺が引き受けるから」
涙を流しているソフィーに努めて笑顔を向けて、そう告げる。
「……今からソフィーとログをキャロルの傍に跳ばす。キャロルを看てやってくれないか? こっちもすぐに終わらせるから」
「わ、わかりました」
ソフィーにそう告げてから、【
それから三人を覆うように魔力障壁を展開し、魔力収束を併用して強度を上げる。
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