237.幽世② オルンの異能

「……ありがとう、シオン。少し、落ち着くことができた」


 声を殺しながら泣いていたオルンが泣き止むと、そう言いながら私から離れた。

 もうちょっと抱きしめてたかったな、残念。


「そっか。良かった」


 私がオルンに笑いかけると、オルンは気恥ずかしそうに顔を赤らめながら顔を少し背けた。


「ねぇ、オルン。オルンに何があったのか、教えてくれない?」


 私がそう聞くと、オルンの表情に少しずつ翳りが差していく。


 それから少しだけ躊躇いを見せたけど、 そう思うに至ったきっかけをぽつりぽつりと語り始めた。


 私はオルンの横に座って、相槌を打ちながら話を聞き続ける。


 オルンの語った内容は、《シクラメン教団》によってツトライルが蹂躙され、弟子や仲間までもが殺されたという衝撃的なものだった。

 それ以外にも、ツトライルに戻る直前にクリストファークリスと接触していたことも話してくれた。


「最後には、俺も殺されそうになったけど、じいちゃんが俺を守ってくれたんだ」


「その、『じいちゃん』というのは、誰?」


 オルンの祖父は二人ともすでに亡くなっているはず。


 私は思わず質問をした。


「……あぁ、シオンになら話てもいいか。じいちゃんってのは、カヴァデール・エヴァンスのことだ」


「カヴァデール・エヴァンスって、あの魔導具師の!?」


「流石にシオンも知っているか。想像している魔導具師で合ってると思うよ」


 あまりの衝撃に言葉を失う。


 だって彼は……。


 そんな私を傍目に、オルンは再び口を開く。


「話が脱線したな。その後、すぐにじいちゃんが消えて、俺は気が付いたらここに居たんだ」


 最後まで言い終えたオルンが、震えるほど強く右手を握り締めていた。

 一言では言い表せない複雑な感情が、彼の中で渦巻いているんだろうことが容易に想像できた。


(カヴァデール・エヴァンスが消えて、私達がここにやってきた。そっか、そういうことだったんだ)


「話してくれてありがとう。……辛いことを思い出させてごめんね。だけど、オルンが話をしてくれたおかげで、私はここがどういった場所なのかわかったよ」


「本当か? ここはどこなんだ?」


 私の言葉に、オルンが食いつく。


「ここを一番適切に表すとしたら、〝幽世かくりよ〟かな。ここは私たちが居た世界から時間も空間も隔絶された場所だよ」


 オルンの話を聞く前から、私は疑問を覚えていた。


 何でここには、私とオルンしか存在しない・・・・・のだろうか、と。


 だけど、オルンがここに来る直前に何があったのかを聞いて、私は合点がいった。


「最初に確認なんだけど、オルンは自分の幼少期――具体的には探索者になる前のことについてどこまで知ってる?」


 オルンの話を信じると、私は半年近く眠り続けていたことになる。


 そして、私が眠っている間にオルンはクリスと接触していた。


 そこで既に自身の過去について大雑把に聞いているらしい。


 私の知らないところで話が進んでいるのは少々面白くないけど、こうやってオルンとゆっくりと話ができる機会が得られたから良しとしよう。――っと、話が脱線した。


「……詳しいことは、何も。俺が探索者になる前に、俺が暮らしていた場所が教団に襲撃されて、……みんなが、殺されたことは聞いた。……なぁ、俺とシオンは、その、知り合いだったのか?」


 恐る恐ると言った感じにオルンが質問してきた。


 改めてこんな質問を受けると、本当にオルンは昔のことを覚えていないんだと実感して、物悲しさを覚えてしまう。


「……うん、そうだよ。いわゆる幼馴染ってやつ。住んでいた場所は違うけど、よく一緒に遊んでいた。オリヴァーや他の人たちともね」


「そうか。俺は幼馴染のことも忘れていたんだな……。その、ごめん……」


 オルンが申し訳なさそうに肩を落としながら謝罪の言葉を口にする。


 それに私は首を横に振った。


「ううん。悔しいけど、【認識改変】は強力だもん。仕方ないよ。――それよりも、頭が痛いとかは無い? 書き換えられた認識に強いが刺激が与えられると、拒絶反応みたく頭痛が起こるみたいなんだけど」


 私がオルンの状態を確認すると、オルンは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「……そういえば、頭が痛くならないな。クリストファーさんから過去の話を聞いたときやツトライルに居た時は、動くのも億劫になるほどの頭痛に襲われてたけど、今は全く痛くならない。未だに頭に靄が掛かっているような感覚はあるけど」


 オルンの身体が順応を始めたのかな? それとも、この場所だから? どちらにせよ、これは好都合だ。


「良かった。だったら、もっと踏み込んだ話ができる」


「踏み込んだ話?」


「うん。――オルンの異能について」


 クリス曰く、害悪女フィリーがオルンに施した【認識改変】は、オルンが自身の異能について正確に認識できないようにしたというもの。

 本来、異能者はふとしたきっかけで、自分の異能について理解をすることができる。


 しかしオルンは、害悪女によってその理解が阻害されている状態だと考えられている。

 それに付随して幼少期時代の記憶が混濁しているのではないか、というのがクリスの見立てだ。


 しかしオルンは、間違いなく異能を行使している・・・・・・・・・

 それはつまり、オルン自身の中で無意識的にでも認識の整合性を取っているということ。


 もしも、オルンが再び自身の異能を正確に認識できれば、オルンが記憶を取り戻すことも不可能ではない。


「オルンは、自分の異能をどんなものだと思っているの?」


「俺は、自分の異能を【重力操作】だと思っている」


「…………なるほど、【重力操作】か……。それなら広義に解釈できるね」


 【重力操作】というと、帝国の《英雄》であるフェリクス・ルーツ・クロイツァーの異能が一番近い。


 去年、オルンはフェリクスと戦ったことがある。


 あの時、正直私はオルンが負けると思っていた。


 実際にはフェリクスを下したわけだけど、それは追い込まれたオルンが活路を見出すために、異能を行使した結果なのかもしれない。

 でも、本来の異能については認識できないから、自分の異能を【重力操作】だと思い込むことで無理やり整合性を取ったってところかな?


「シオンのその反応だと、俺の異能は【重力操作】ではないということか?」


「うん、違うよ。オルンの異能は、――【森羅万象】。原初の異能とも、異能の起源とも言われている、《おとぎ話の勇者》と同じ異能だよ」


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