19.【side勇者パーティ:オリヴァー】勇者パーティ VS. 黒竜
南の大迷宮では、九十層までは十階層ごとにフロアボスが一体存在しているが、深層では各階層にフロアボスが存在している。
それが下層までと、深層の大きな違いだ。
フロアボスとは、一定の範囲内でしか行動できない代わりに、強大な力を持っている魔獣のことだ。
なぜフロアボスがその範囲内から出られないのかは不明だが、これまでに一度もフロアボスがその範囲を出たという情報がない。
そのためフロアボスはそういう魔獣なのだというのが、探索者の共通認識となっている。
そのためボスエリアからかなり離れているここには来られないはずなのに、黒竜は当然のようにそこにいる。
なんでだ!?
黒竜が大きな咆哮を上げながら、未だ混乱の真っ只中にいる俺たちに向かって、急降下してくる。
「チッ!」
デリックが咄嗟に前に出て、盾を構える。
「――っ。フィリー! デリックを優先して、俺たち全員にありったけのバフを掛けろ!」
「……………………」
フィリーは目を見開いて驚いた表情で、茫然自失となったかのように俺の言葉に全く反応を示さなかった。
「――っ! バフは無い! 全員、自力で避けろ!」
フィリーを担ぎながら全員に声を掛けると、その場を離れる。
オルンなら俺の掛け声よりも先に魔術を発動して、デリックを支援していた。
オルン以上の付与術士が、なんでオルンにできたことができないんだよ!?
黒竜がその勢いのまま地面に四本の足で着地する。
着地したときの衝撃を背中で受け、俺とフィリーは大きく吹き飛ばされる。
どうにか受け身を取りながら地面に着地した俺に炎の塊が迫ってくる。
黒竜の追撃だ。
どうにか躱すも、高温の余熱で軽く火傷を負う。
その痛みを無視して、すぐさま周りを見渡す。
アネリは無事だ。
ん? ルーナがデリックに駆け寄って、回復魔術を使っている。
ここからではケガの具合がわからないが意識はあるようだ。
「オリヴァーさん! 撤退の時間を稼いでください! 現状では私たちに勝ち目はありません!」
ルーナが大声で撤退を申し出てきた。
ディフェンダーが機能しない今、黒竜とはまともに戦える状況にはない。
「くっ、仕方ないか。――フィリーもう動けるか⁉」
「は、はい。すみませんでした」
さっきの吹き飛ばされた衝撃で、少しは冷静さを取り戻してくれたようだ。
「謝るのはあとだ。まずは俺たち全員にバフを! その後はルーナと合流してくれ!」
「はい!」
すぐさまフィリーは俺にバフを掛ける。
俺は空気中に存在する魔力を刀身に集める。
本来魔力は目には見えないものだけが、魔力が一か所に集まった結果淡い金色の炎のようなものが刀身を包み込む。
人間の中には、稀に異能という特殊な力を持っている者がいる。
――異能。
それは人間が使う魔術とも魔獣が使う魔法とも違う、本来人間が持ち合わせていない別種の力の総称だ。
俺が持つ異能は、【魔力収束】。
【魔力収束】は周囲に存在する魔力を一カ所に集めるという単純なもの。
しかし、集めた魔力を一瞬で拡散させたときに発生する衝撃波は、発動するのに時間を有する特級魔術をも超える破壊力を持っている。
「天閃!!」
金色の炎を纏った剣を振り下ろす。
刀身に集めた魔力を斬撃として飛ばす俺の最強の技だ。
黒竜の飛行能力を削ぐために翼を消し飛ばす!
翼が無くなれば飛行能力が極端に下がることは、前回の討伐時に実証済みだ。
金色の斬撃が黒竜の翼に当たり、斬撃が巨大な衝撃波へと変わる。
これで、撤退しても追いかけて来られないだろう。
「――なっ!?」
前回、黒竜を倒したときは俺の天閃で翼を消し飛ばせた。
――だが、今回は翼が残っているだけではなく、大した傷すら負っていない。
「なん、で……」
「オリヴァー危ない!」
アネリの声が聞こえた気がする。
「がはっ……!」
天閃で傷一つ負わせられなかった事実に、頭が真っ白になっていた。
気が付くと、目にも止まらぬ速さで迫ってきた黒竜の尻尾に飛ばされ、空中を舞っていた。
大した受け身も取れず地面に落ちたが、フィリーのバフのおかげで致命的なダメージには至らなかった。
「……ごほっ、ごほっ」
俺の代わりにアネリが攻撃をしているが、やはり威力が全然足りおらず、黒竜が意に介した感じもない。
幸いにもデリックとルーナの近くに吹き飛ばされた俺は、すぐさまルーナの回復魔術を受けられた。
「……オリヴァーさん、『気まぐれの扉』を使いましょう。別のフロアボスと戦うことになりますが、黒竜を相手にするよりは何倍もマシです!」
治療をしてくれているルーナが提案してくる。
『気まぐれの扉』とは大迷宮内でのみ使用できる魔導具のことだ。
この道具を使うと、使った場所と他の場所の空間を強引に繋げることができて、そこへ移動することができる。
ただし、移動先はランダムとなっていて、必ず深層以外の
本来であれば移動した直後にフロアボスと戦うことになるような魔導具を使う機会はまずない。
だけど移動先の魔獣は、黒竜に比べれば断然弱い。
俺たちがスランプに陥っているとはいえ、このメンバーなら深層以外のフロアボスであれば倒せる。
「……わかった」
ルーナの回復魔術によって回復した俺は、収納魔導具から白い煙の入っているガラスの瓶を取り出す。
「『気まぐれの扉』を使う! 全員そこへ飛び込め!」
メンバーに指示を出してから取り出した瓶を地面に叩きつける。
割れた瓶から白い煙が立ち上り、空間が歪んだ。
全員がその歪みの中に入ろうとしたとき、黒竜が声を上げながら両方の前足を地面に叩きつける。
その衝撃で地面は揺れ、ところどころでは地割れが起こる。
「うおぉ⁉」
「きゃああ!」
(こんな行動に出るなんて。前回の戦いではやらなかったのに……。くそっ、バランスが……)
立つこともままならない地面の揺れに、俺たちは全員態勢を崩し地面に手や膝を付けていた。
俺たちが動けないでいると、黒竜は身を屈めてから超低空飛行でこちらに向かって突っ込んでくる。
「「「「「っ!」」」」」
長年の探索者としての癖から、全員が咄嗟に黒竜の突進を躱すためにその場を離れ分散した。
元々俺たちが居た場所の近くには、これから入ろうとしていた『気まぐれの扉』によって生じた空間の歪みがある。
俺たちが居た場所に向かって突っ込んできた黒竜の大きな体が、空間の歪みに触れた。
すると、凄い引力で黒竜は歪みの中へと飲み込まれる。
黒竜は、俺たちの目の前から姿を消し、先ほどまでの戦闘が嘘のように、静寂がこの空間を支配していた。
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