120.出発

 レグリフ領へと向かう馬車に乗るために、俺はラザレスの爺さんより指定された場所へとやってきた。

 そこには既に俺以外全員揃っていたようで、


「あ、ししょーがやっと来た! ししょー、遅ーい!」


 先に集合場所に居たキャロルが俺を見つけると、苦情を言ってきた。

 指定された時間はもう少し先だが、それを言うのは野暮だろう。

 声音的に本気で言ってるわけでもなさそうだし。


「悪い悪い。ちょっと寄るところがあってさ」


「お前さんがオルンか?」


 俺が《黄昏の月虹》の面々の元に着くと、近くに居た中年の男性が声を掛けてきた。

 その人はエディントン伯爵家の家紋の入った軍服を着ていた。

 恐らくこの人が爺さんの言っていた護衛の人なんだろう。

 中年男性の近くには同じ軍服を着た若い男も居た。

 護衛は二人か?


「はい。初めまして、オルン・ドゥーラと申します」


「これはどうもご丁寧に。俺はエルヴィス ・テリーだ。で、こいつが部下のヘンリー・パーソン」


 エルヴィスさんが自分の名前を名乗った後に、近くに居た若い男のことも紹介してくれた。


「ヘンリーです。オルンさん、よろしくお願いします」


「既に話は聞いていると思うが、俺たち二人がお前さんたちをラザレス領まで護衛することになる。二人で悪いな。元々はお前さんだけを護衛するって話で聞いていたから二人で来ちまった」


 エルヴィスさんが居心地悪そうに視線を逸らしながら告げてきた。

 申し訳なさそうにしているけど、この人たちは悪くない。

 爺さんに迷宮調査を依頼されたのは五日前の話だし、その時点でエルヴィスさんたちはこっちに向かって移動を始めていたはずだ。

 向こうは俺だけを連れて行こうとしていたわけだから、護衛が少ないのは仕方がないことだろう。

 ツトライルに着いてから護衛対象が増えると知ったであろうエルヴィスさんには悪いことをしたな。

 弟子たちを連れて行かないという選択肢は無いけど。


「いえ、問題ありませんよ。道中よろしくお願いします」


 ソフィーたち四人は俺が来る前に挨拶が済んでいたようなので、エルヴィスさんから軽くレグリフ領までの道程についての説明を受けてから馬車へと乗り込み、ツトライルを後にした。


  ◇


「う~み~♪ う~み~♪ た~のしみ~♪」


 馬車が動き出してからというもの、キャロルはずっとテンションが高かった。


「キャロル、僕たちはこれからクランの仕事としてレグリフ領に行くんだ。遊びに行くわけじゃない」


 ついに歌い出したキャロルに対してログが苦言を呈する。


「それはわかってるけどさー」


 ログの言葉にキャロルが口を尖らせる。


「ふふっ、迷宮調査はすぐに終わるものでもありませんから、休みの日も設ける必要がありますし、休みの日なら遊んでも何の問題もありませんよ。ですよね、オルンさん?」


「そうだな。そろそろ夏も近いし、せっかくの観光地だ。ずっと迷宮に入り浸るのは勿体ないだろう」


「ホント!? やったー!」


「キャロルは海見たことあるの?」


「んー? 無いよ。だから早く見てみたいんだ! そういうソフィーは?」


「私も見たこと無い。私の出身は東の方だから国内では一番海とは無縁のところだったんだ。だから私も海を見てみたい」


「そかそか! ルゥ姉は? 海見たことある?」


「私はありますよ。ツトライル以外の迷宮に向かう道中で見る機会がありました。海を初めて見たときは感動しましたね」


 女性陣三人が会話に花を咲かせている。

 対照的にログには少し表情に陰りのようなものが見える。


「ログ、どうした?」


「え? あ、いえ、すいません。雰囲気を壊すようなことを言ってしまって……」


 ログが気落ちしたような声音で謝ってくる。


「そんなこと誰も気にしてないぞ。それに、ログの意見は正しい。俺たちは迷宮調査のためにレグリフ領に向かっているんだからな」


「……はい」


(これはどうしたものか)


 ログは俺とルーナで三十層を攻略した後から何やら悩んでいるように見受けられる。

 俺たちの攻略にショックを受けたのは間違いないと思うけど、それだけではないようにも感じる。

 普段はそんなこと無いが、ふとしたきっかけで気落ちしているような雰囲気を醸し出している。

 今すぐにどうかなるような感じではなさそうだけど、心配だ。


 正直なところ今の俺に必要以上に他人に気を遣う余裕は無いが、それは言い訳だよな。

 折を見てログとちゃんと話す時間を設けないと。


  ◇


 ツトライルを出発してから早八日。これまで大きな天候の崩れもトラブルも起こらず予定通りに進めている。


「よーし、今日は予定通りここで野宿だ。オルン、テントとかは持ってるか? 持ってなけりゃ俺らの予備を貸すが」


 日が傾いて来たころ、エルヴィスさんが声を掛けてくる。


「持ってきていますので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 長期移動では野宿をすることも多いからな。テントや寝袋、携帯食料なんかはきちんと持ってきている。


「そうか。なら、自分たちのテントは自分たちで張ってもらっていいか? こっちは少し周囲の見回りをしてくるから」


 恐らくは周囲の状況確認と一緒に簡易的な罠も設置するんだろう。

 この数日でこの二人が優秀な兵士であることは理解できている。

 対人を想定している兵士は俺たち探索者とは全然違うため、この二人の立ち居振る舞いなど学べるものは多くあった。


「わかりました」


「え? 野宿!?」


 俺とエルヴィスさんの会話を聞いたキャロルが驚きの声を上げる。


 この八日間は道中の町や村の宿屋に泊まっていた。

 毎日それができればベストだが、やはりどうしても町や村に寄れない日もある。

 事前にその可能性があることは伝えていたが、やはり野宿には抵抗があるのかな?

 これまでそういった経験も無いだろうし。


「わーい! 外でのお泊り楽しみだったんだよね! 今までずっと宿屋だったから野宿は無いのかなって思ってたんだ。テントの中でみんなして雑魚寝するんだよね!? 楽しみ~!」


 キャロルについては杞憂だった。

 ソフィーとログはどうだろうかと目を向けると、二人も目をキラキラさせていて、テンションが上がっているように見える。


 そういえば俺も、初めてオリヴァーやルーナたちと野宿したときは何とも言えない高揚感があったな。

 そんな感覚すっかり忘れていた。


 ルーナも俺と同じことを考えていたのか、三人を微笑ましく見ていた。


「野宿は楽じゃないぞ? 寝床の確保や食事の準備など、全部自分たちでやらないといけないからな。今回の食事に関しては携帯食料で済ませるから、そこまで大変じゃないけどね」


 道から逸れたところにある少し開けた場所へとやって来ると、エルヴィスさんとヘンリーさんは早速周囲の確認に行ってしまった。


 ソフィーたちが初めてのテント張りに苦戦しつつも、俺とルーナでレクチャーしながら和気あいあいとテント張りに勤しんだ。


 テントが張り終わったタイミングで周囲の確認を終わらせた二人が帰ってきて、一緒に簡易的な食事を済ませる。


 それからしばらくの間七人で雑談をしてから、俺たちは眠ることになった。

 野宿をする場合は交代で見張りをするものだが、見張りに関しては護衛の二人がしてくれると言うことで、それに甘えることにした。


 大きめのテントを持ってきたため、俺たち五人が横になってもまだ余裕があるから、寝苦しくなることはないだろう。


 テントに入ってからも野宿に興奮している弟子たちがすぐに寝ることはなく、ここでもしばらく雑談が続いた。


  ◇


 俺以外の四人がしゃべり疲れて眠りに就いた深夜、俺は見張りをしてくれているヘンリーさんに軽く散歩してくると伝えてから、少し離れたところにある少し大きめの岩に腰かけながら月を見上げていた。


「…………」


 こうして、のんびりと月を見上げていると落ち着く。

 色々と考えるにはもってこいのシチュエーションだ。


 ここ最近は考え事をする時間が増えた気がする。

 それだけ最近は色々なことがあったということだろう。

 これが良いことなのか悪いことなのかはわからないけど。


 月を眺めながら物思いに更けていると、背後から足音が聞こえた。


「ルーナか?」


「……良くわかりましたね」


「足音がルーナのものだったから」


「流石ですね。人の足音の違いなんて私にはわかりませんよ」


「全員のものを聞き分けられるわけじゃないけどね。今この場に居る人の数も少ないし。それで、ルーナはどうしてここに?」


「先ほど目が覚めてしまって、その時にオルンさんが居なかったものですから」


「そっか。心配かけちゃったかな、ごめん」


「いえ、外に出たときにヘンリーさんから、オルンさんがここに居ると聞いていましたし、私の方こそすいません。考え事の邪魔をしちゃいましたね」


「それは大丈夫。考えたところで結論の出る内容でもないから。でも、考えずにはいられないんだよね……」


 そう。これは考えたところで意味はない。

 色々と仮説は立てられるが、確信できるだけの根拠を俺は持ち合わせていないから。

 ただ妄想を膨らませているだけと言われても仕方のないことだ。


「もしよろしければ、オルンさんが今考えている内容を聞いてもいいですか?」


「本当に詮無き事だぞ?」


「はい、構いません。それにオルンさんも一人でモヤモヤしているよりも、他人に話すことで別のものが見えるかもしれませんよ?」


 ルーナが俺に微笑みながらそう告げてくる。


「モヤモヤする人が一人から二人になるだけかもしれないな」


「ふふっ、その時はその時ですよ」


「……それじゃあ、お言葉に甘えて少し話させてもらおうかな。本当に突飛な内容だから、話半分で聞いてくれよ」


「わかりました」


「俺が今考えていたのは、支援魔術の基本六種についてだ」


「基本六種と言うと、バフのことですよね?」


 ルーナの言う通り、支援魔術の基本六種は【力上昇ストレングスアップ】、【生命力上昇バイタリティアップ】、【魔法力上昇マジックアップ】、【抵抗力上昇レジストアップ】、【技術力上昇テクニカルアップ】、【敏捷力上昇アジリティアップ】からなる任意の対象の身体能力を向上させる魔術のことだ。


「うん、それのこと。ルーナはこの魔術についてどう思ってる?」


「深く考えたことはありませんが、今では戦闘する者にとっては必要不可欠な魔術でしょうか?」


「そうだね。それは間違いない。戦闘時に基本六種でバフを掛けるのは今では当たり前なことだ。だけど俺は、この基本六種が人間を退化させる・・・・・ための魔術だと思っている」


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