10.緊張をほぐす方法
翌朝、集合場所である大迷宮の入り口から少し離れた広場に向かうと、既にかなりの人数が集まっていた。
そのほとんどが未だ成人になっていない子どもだ。
中には十歳にも満たない子どももいる。
流石に十歳未満は不参加でいいだろうに。
これもバカ貴族の指示か?
子どもたちのほとんどが、緊張しているのか顔がこわばっているな。
ま、仕方ないか。
「おはよう、オルン」
「お、おはようございます」
少し離れたところで待機していると、背後から声をかけられた。
振り返るとそこにはセルマさんとソフィアが居た。
セルマさんは先月の教導探索の時と同じローブ姿だったけど、ソフィアの方は一昨日とは違う服装をしていた。
今日の服装は他の新人たちと同じものになっている。
正直、一昨日の格好の方が可愛かった。
この格好も悪くはないけどね。
「おはようございます、セルマさん。ソフィアも、おはよう。二人とも、その服装お似合いですよ」
「あ、ありがとう、ございます」
ソフィアは顔を真っ赤にしながら俯いている。頭から煙が出そうなくらい赤いけど、大丈夫かな?
「……ありがとう。しかし、女の扱いが慣れている感じだな。これまで特定の人でもいたのか?」
セルマさんが、からかうような表情で質問してくる。
それを聞いてから、ソフィアはなぜか焦ったような様子だが、どうしたんだ?
そんな栓無きことを考えていると、突如脳裏に銀髪の少女の姿がよぎる。――が、すぐにその姿はぼやけていき、最終的には思い出せなくなった。
……えっと、誰?
一瞬よぎった少女は
「……そんな人は過去含めて、一人もいないですよ。勇者パーティにいた頃は、女性のパーティメンバーとも一緒に生活していましたからね。慣れていると感じたのはそれが原因だと思いますよ。そこまで女性との接点も多くありませんし」
「そういえば、勇者パーティは大きな屋敷を借りて、そこに全員で暮らしているんだったな」
「えぇ。あんなに広くなくていいと思うんですがね。家賃とかもかなり高かったですし」
「あの、オルンさんは、今どこに住んでいるんですか?」
「ソフィア、オルンの住んでいる場所を聞いてどうするんだ? もしかして押しかけるのか?」
セルマさんが冗談交じりにソフィアをからかう。
「ち、違うもん! ちょっと気になっただけだもん! もう! お姉ちゃんのバカ!」
「ば、バカ……」
ソフィアにバカと言われたのが余程ショックだったのか、セルマさんは放心状態になっている。まぁ、自業自得だな……。
でも、ソフィアはセルマさん相手だと、ここまで言えるんだな。相手が家族だからかもしれないけど。それでも気心の知れた相手が居るのは、正直羨ましい。俺には、そういう人は居ないから。
「あはは……。今は宿暮らしだね。早く新しい部屋を見つけないといけないなぁ」
「そ、そうなんですね……」
セルマさんが変なことを言ったから、ソフィアも居心地悪そうにしている。その本人は固まってるし、全く……。
「ソフィアはセルマさんと一緒に暮らしているのか?」
「は、はい! クランの寮の一室を借りて、お姉ちゃんと一緒に暮らしています」
クランが部屋まで手配してくれているのか。流石最大手のクランだな。
だが、そうなると一つ疑問が浮上する。
セルマさんもソフィアも貴族の娘だ。
貴族が探索者になるのも珍しいことではないが、貴族の場合は早くても十六歳になってから探索者になる。
それは十歳から十五歳の貴族の子どもは貴族院に通う必要があるためだ。
それなのにソフィアは、何故十四歳でクランに所属しているのだろうか……。
俺の疑問を察したのか、いつの間にか復活していたセルマさんがこちらに視線を向けてくる。
何か事情があるのだろう。ここは深入りしないようにしようと思い、俺はセルマさんに軽く頷いた。
「それで、オルンは何でこんな離れたところにいるんだ?」
セルマさんがやや強引に話題を変える。
「一応部外者ですし、みんなが似たような服装をしているところに俺が混じれば、更に新人たちの不安を煽ることになるかな、と」
《夜天の銀兎》に所属している探索者は、着ている服は様々だが色合いは黒と青を基調としたもので統一されている。
新人は決まった服を着用しているようだが、以前見かけたこのクランのAランクパーティは各人が個性を感じる服装をしていた。
セルマさんも、《夜天の銀兎》の紋章が刺繍されている黒と青を基調とした、新人たちとは違うデザインのローブを着ている。
「確かに新人は皆ガチガチに固まっているな。では、新人の緊張をほぐすために早速力を借りるぞ。付いて来てくれ。ソフィアは自分のパーティメンバーと合流するように」
「うん。わかった。それじゃあ、オルンさん、失礼します」
「またね」
「さて、では、私たちも行こうか。付いてきてくれ」
セルマさんが歩いていったため、その後ろを付いていく。
そういえば、さっき『新人の緊張をほぐすために力を借りる』とか言われたけど、俺、何やらされるの?
◇
セルマさんが向かった先には、三人の探索者がいた。
恐らくこの人たちが引率者だろう。恰好から見るに男性の二人はディフェンダー、女性の方は
「三人とも、おはよう」
「「「おはようございます」」」
セルマさんが三人に挨拶をして、三人もそれに応える。
「三人には先に紹介しておく。彼が昨日通達した協力者のオルンだ。実力は私が保証する」
「……セルマさんのお墨付きですか。それは期待できそうですね」
男の一人が俺に品定めするような視線を向けながらそう言ってきた。
既に俺のことを元勇者パーティの人間だと言っていると思ったが、そんなことはないようだ。
「ああ、大いに期待してくれていいぞ」
セルマさんが煽ってくる。そこまで期待をかけられても困る。
「ハードルを上げないでください……。初めまして。オルンです。ポジションは前衛アタッカーになります。よろしくお願いします」
俺が三人に自己紹介すると、三人も自己紹介をしてくれた。
予想通り男性の二人はディフェンダーで、女性の方が回復術士だった。
引率者はバランスの取れた構成になっているな。
というより、もしも俺が付与術士として参加していたら、誰が
中層までのフロアボスならAランクのディフェンダーでもダメージを与えられるけど、本職にはほど遠いだろうに。
本当にこの計画は不安しかない……。
「四人とも三日間よろしく頼む! さて、それじゃあ、新人たちにも挨拶しないとな」
俺たち五人は新人が集まっている場所へと向かう。
「諸君! おはよう! 以前より連絡をしていた通り、本日より大迷宮の五十一層を目指す!」
俺たちは一段高い石畳に登る。
すると、新人全員を見渡すことができた。そしてセルマさんが新人たち全員に語りかける。
セルマさんの声を聞いた新人たちは、全員がセルマさんを注目した。
さっきまで話していた子どももいるのに、ちゃんと教育されているんだな。
「ふっ、みんな表情が硬いな。やはりいきなり中層まで行くのは怖いか? だが安心しろ! 今回の全体の指揮を執るのは〝大陸最高の付与術士〟であるこの私だ。更に不測の事態に備えて強力な助っ人も用意した。紹介しよう、彼の名前はオルン。彼は私たちですら到達していない九十四層に到達している探索者だ! どうだ? 五十一層まで行ける気になってきただろう?」
黙ってセルマさんの話を聞いていた新人たちがざわめきだす。
(緊張をほぐすってこういうこと……?)
確かにここ最近で南の大迷宮の深層を探索しているのは、勇者パーティ
昔から、深層は魔境だと言っている深層到達者が多くいる。
まぁ実際、九十一層はある意味で地獄だし、好き好んで行く場所ではないけどさ。
そして、それは新人探索者の耳にも入るくらい有名な話になっている。
そのため、新人探索者にとって深層を当然のように探索し帰還してくる勇者パーティのような存在は、まさに雲の上の存在だと思われている節がある。
そんなパーティに在籍していた人物が、この作戦に同行するんだ。
この作戦に不安がある新人にとってはまさに朗報だろう。でも、あんまり持ち上げないでほしい。
「彼は既に勇者パーティを脱退しているが、ここにいる誰よりも大迷宮に詳しい。では、迷宮探索を始めようか」
セルマさんの掛け声に、新人たちは元気よく「「おお!」」と声を上げる。
「十分後に大迷宮へ移動する、各自パーティ単位で列になって待機していてくれ!」
セルマさんが『言いたいことを全部言った』と言わんばかりの満足気な表情で石畳を降りていく。
◇
「さて、引率者は最終確認をするぞ」
全員が石畳を降りてから一か所に集まる。
「す、すいません。先ほどは失礼な態度を取りました」
さっき品定めするような視線を向けてきていたディフェンダーの人が謝ってきた。
「いえ、気にしてませんよ。それと俺の方が年下なので、敬語はいりません。普通に話してください」
「そ、そうか。わかった。それにしても、勇者パーティの人間がうちの作戦に協力して大丈夫なのか?」
「元、ですよ。もう勇者パーティには所属していないので問題ありません」
「話しているところ悪いが、時間も迫っている。最終確認を始めるぞ」
セルマさんの一声で三人の雰囲気が緊張感のあるものに変わった。
内容は昨日教えてもらったものと変わっていない。
俺が担当するのは第九班と第十班になった。
最終確認を終えて、引率者は自分が担当する新人パーティの元へと向かう。
俺も向かおうとしたところで、セルマさんに声を掛けられた。
「第十班は期待の新人たちだ。パーティとしての連携を磨けば、中層でも難なくやっていける実力を持ったメンバーだ。指導をよろしく頼む」
そんな期待の新人をよそ者に託すなよ……。
「……わかりました。できる限りのことはやってみます」
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