46.お化け、じゃなくて魔術

 翌朝、目を覚ました俺は、シャワーを浴びてから探索用の服装に着替えて最後にクラン加入時に貰った団服を羽織る。

 着替えが終わると椅子に腰かけ、自作の携帯食料を食べる。


 迷宮探索中は、激しい動きをすることも珍しくない。

 朝からしっかり食事を摂ると最悪の場合、嘔吐おうとしてしまう可能性もある。

 そのため迷宮探索に行くときは、少量ながらもしっかり栄養の摂れる自作した携帯食料を食べている。

 味に関しても試行錯誤して、不味くない程度の出来になっている。


 簡易的な朝食を終わらせた俺は、外に出ていって大手三社の新聞をそれぞれ一部ずつ買った。

 そのままクラン本部に戻り、今日の集合場所である作戦室へと向かう。

 向かう途中にある図書室から本を取り出して、作戦室の中に入る。


 現在の時刻が七時過ぎ。

 集合時間までは二時間程度ある。

 中央のテーブルに新聞と持ってきた本を置いて椅子に腰かける。

 集合時間まで読書しながら時間を潰すことにした。


 しばらく読書を続けていると、勢いよく扉が開けられ、


「今日も一番乗りー! ――ってオルンくんが居る⁉ 早いね~」


 ルクレがハイテンションで部屋に入ってきた。


「おはよう」


 視線を本から動かさずに、ルクレに挨拶をする。


「うん、おはよ。本読んでるの?」


 タイミングよく本を読み終えた俺は、本を閉じ、ルクレに視線を向けながら、


「まぁね。時間あったし」


「にしても、持ってきすぎじゃない? 読み切れないでしょ?」


 テーブルの上には三十二冊の本がある。

 俺から見て右側に、五冊ずつ積んでいる計三十冊、左側に二冊。


「こっちに積んでいるやつは、読み終わったものだけど?」


 右側にある三十冊の本を示しながら、ルクレの質問に答える。


「……はい? えっ、もしかして昨日から寝ないでずっと読書してたの? 今日迷宮探索だよ!?」


「いや、寝たよ。ここに来たのも七時くらいだし」


「そっか、良かった。七時も早い気がするけど……。――って、それじゃあ、こんなに読めないでしょ!?」


「俺は速読ができるんだよ。だからここの本を読み終えてるのはホント」


「お、おぅ……。速読か、一時間半でこんなに読めるなんて凄いね!」


 ルクレが素直に褒めてくれた。

 俺はひねくれている自覚があるから、裏表の無い人はちょっと苦手なんだけどルクレに対しては苦手意識を感じない。

 ……なんでなんだろう?


「ありがと。これから迷宮探索だから、これでものんびり読んでいた方だけどね」


 そう言いながら立ち上がり、持ってきたときと同じく魔術を発動させて本を浮かせる。


「え、魔術……? すごい! こんなの見たことない!」


 これも俺のオリジナル魔術の一つだ。

 軽いものしか浮かせられないから人を浮かせることはできないけど、日常生活では非常に役に立つ。

 名称は付けていない。


 《夜天の銀兎》には秘匿技術がいくつかあるらしいから、物を浮かせる魔術ももしかしたらと思ったけど、ルクレが驚くってことはここにも無い魔術ってことか。

 それはいいことを知った。


 その時、扉が開かれレインさんが入ってくる。


「ルクレ、朝から騒がないの、全く。――――ぇ?」


 レインさんがルクレに注意したときに、宙に浮いている本が視界に入ったらしい。

 本の浮いているところを見てガクガク震えながら、「ポルターガイスト……? お化け……?」と呟きながらかなり怖がっている。


「レインさんは、お化けとか苦手なんだよ。迷宮内なら大丈夫なのに。――あ、そうだ。にひひ」


 ルクレが俺に耳打ちで説明してくれた後、何かを思いついたようで悪い笑みを浮かべている。


「キャー、レインサーン、オバケコワイヨー」


 すごい棒読みだ……。

 ルクレがニヤニヤした顔でレインさんに助けを求める。


「やっぱりお化けなんだ!? だ、大丈夫よ、ルクレ。お、お姉ちゃんに、ま、ままま任せて!」


 頼りなさげな口調で声を震わせている。

 それでも年上としての矜持からかルクレを守ろうとする。

 怖がっている姿は見た目相応な感じだな。


 面白そうなので特に訂正せずに眺めている。

 すると、


「……ん?」


 レインさんの周りに魔力が集中し、魔法陣が出現する。


「ちょっ、レインさん、それはダメだよ!」


 魔法陣を見たルクレが驚きながらレインさんを止める。

(攻撃魔術!? まずい!)


 魔法陣に流れる魔力量から中級魔術と判断した俺は、咄嗟にレインさんの周囲の魔力を乱す。


「魔力が上手く流せない!? お、お化けはこんなこともできるの!? でも負けない!」


 驚きながらも強引に魔力を魔法陣に流そうとする。


 流石はSランクパーティの魔術士だな。――って感心している場合じゃない!


「ごめん、レインさん! これお化けじゃなくて、俺の魔術! だからここで攻撃魔術ぶっ放さないで!」


 そう言いながら、急いで魔術を解いて本を机の上に積む。


「……え? オルン君の、魔術?」


 お化けのせいじゃないと理解したレインさんが、魔法陣を消し去る。

 マジで焦った……。


「うん、本を片付けようと魔術で本を浮かせてたんだ」


「あー……、そう、だったのね……。も、もう驚かさないでよ。軽く攻撃しちゃうところだったじゃない」


 ……軽く?

 確かに威力は抑えられてたけどさ……。


 安心しているレインさんから離れて、俺の方に近づいてくるルクレ。


「オルンくん、ゴメン。レインさんが、ここまで本気の反応をするとは思わなくて……」


「結果的に何も無くてよかったよ……」


 俺はこのネタでレインさんをいじるのはやめようと、心に固く誓った。

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