64.【side第一部隊】前夜

「ついに明日、か」


 九十一層を探索した翌日、事務作業を終え、自室から満月を見上げながら呟く。


「明日、お姉ちゃん達は九十二層に行くんだよね?」


 可愛い部屋着を着たソフィアが問いかけてくる。

 私の妹は本当に可愛いな。

 見ているだけで癒される。


「あぁ、そうだ」


「緊張しているの?」


 ソフィアに指摘されて、私は初めて自分の手が震えていることを自覚する。


「そんなわけないだろ。これは武者震いだ。一年越しのリベンジがようやくできるんだからな」


 心の中の不安を押し込んで気丈に振舞う。

 ソフィアの前で弱い姿を見せるわけにはいかない。

 私は強い姉でいなければならないのだから。

 でないと、ソフィアが不安になってしまう。


 家から有無を言わずにソフィアを連れ出した私には、ソフィアを守る義務がある。


「……怖いなら怖いって言っていいんだよ?」


「……え?」


 そう言いながらソフィアが私を抱きしめてくる。


「行ってほしくない。だって、もしかしたらお姉ちゃんが明日死んじゃうかもしれないんだもん。ずっと傍に居て欲しい。それでも、お姉ちゃんは行くんでしょ? だったら私にできることはこれくらいしかできないけど、私の勇気を分けてあげる……!」


 ソフィアが私を抱きしめる力を強めながら、なおも言葉を紡ぐ。


「最近ね? キャロルやログと更に仲良くなれた気がするんだ。今はパーティの指揮も私がやってて、少しだけど、勇気が湧いてきている気がするの。だから、ちっちゃいかもだけど、私の勇気を分けてあげる! お姉ちゃんなら黒竜にも勝てるよ! 頑張って!」


 ソフィアは、強くなったんだな。

 ついこの前まで、人の顔色を伺ってばかりの引っ込み思案な子だったのに。

 変わるきっかけはオルンがくれたのか?

 泣き虫だったソフィアがここまで強くなっているんだ。

 私がこんなところで怖がっているわけにはいかないな。


「ありがとう、ソフィア。ソフィアのおかげで、勇気が湧いてきた。私たちは――」


  ◇ ◇ ◇


 魔術開発室で魔導具開発の手伝いを終え、同じく手伝いを終えたルクレと一緒に寮へと帰宅した。

 行く場所があると言っていたルクレと別れてから、私は自室でボロボロになっている《夜天の銀兎》の団服を眺めていた。


「アルバートさん、私たちは明日九十二層に――黒竜に挑むよ」


 アルバートさんが居なくなって私がパーティの最年長になった。

 そこで改めてアルバートさんの偉大さがわかったよ。


 私はちゃんとみんなのお姉ちゃんができているかな?

 アルバートさんほど、私はみんなと歳が離れていないから、みんなのお姉ちゃんになろうって決めて、私なりに頑張ってきたつもりではあるけど、どうだろうね?


「……明日私たちはアルバートさんに追いつくよ。の勇者パーティの一員だったアルバートさんに。そしての勇者に追いついて、追い越して、私が――私たちがの勇者になる! 明日はそのための第一歩。天国から見守ってくれると嬉しいな。私たちは――」


  ◇ ◇ ◇


 レインさんと別れたボクは、寮の屋上へとやってきていた。


「綺麗な月だね~」


 そこから満月を見上げる。


「ふっふっふ~、《夜天の銀兎》の大きな戦いの前夜にふさわしいね!」


 ボクは不安になるといつも月が見える場所に来る。


 ――そう不安なんだ。


 この一年間、ボクたちは誰よりも努力を重ねてきた自負がある。

 だけど、それでも届くのかわからない。


 こんな弱気なところ、アルバさんに見られたら笑われちゃうね……。

 もしかしたら天国で絶賛爆笑中かもしれない。

 あれ? なんかそう考えたら、ムカムカしてきたぞ?


「……今度こそ誰も失わない。あんな思いはもうコリゴリだ。そのためにこの一年、回復魔術の勉強をたっくさんして、オリジナル魔術だって作ったんだ。ボクがみんなの生き死にを握っている。もう誰も死なせない。ボクたちは――」


  ◇ ◇ ◇


「ほら、メンテナンス終わったぞ」


「お、サンキュ、おやっさん」


 空いたスペースで、アランさんおやっさんに手入れしてもらった双刃刀相棒を軽く振るう。


「相変わらずの完璧な仕事だな。手に馴染みすぎて逆に怖いぜ」


「そいつは良かった。……ウィル、お前は強くなった。」


「……なんだよ、いきなり」


「お前は強くなった。探索者としての実力もそうだが、それ以上に〝心〟が、な。相変わらずチャラチャラしているが、俺の知っていたお前なら、とっくに逃げ出していたはずだ。だけど、逃げないで闘っている。お前は、強くなっているよ」


「…………ははは、なんだよそれ。……オレが無様を晒して尊敬する人アルバートさん殺した・・・んだ。あそこで死ぬべきなのはオレだった。なのにオレが生き残ってしまった。だったらやるしかないだろ……! 怖かろうが、後ろ指を指されようが、オレがあの人の夢を引き継いで、大迷宮を攻略しないといけないんだ……! そのためにも――」


  ◇ ◇ ◇


「「「「明日、黒竜を倒して、九十三層の地を踏むんだ!!!!」」」」

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