79.【sideシオン】世界の片隅で

 大迷宮を出た私は、意識を取り戻した三人と助けに入ってくれた少女ロレッタと一緒に人気の無い裏路地に移動した。


(生きてた。オルンが生きてた・・・・・・・・。でも、探索者になってた。なんでオルンにあんな目を向けられないといけないの……?)


 頭の中がごちゃごちゃになっている。


 オリヴァーだけじゃなくて、オルンまで敵の手に落ちていた・・・・・・・・・なんて。


(絶対に許さない。フィリー・カーペンター……! 生まれてきたことを後悔させてやる。自ら死にたいと望むような地獄に叩き落としてやる……!!)


「にしてもシオン、なんで引いたんだよ。あのままだったら《竜殺し》を殺せただろ!」


 完全に意識を取り戻した大男ギブアが、私を責めるような口調で問い詰めてくる。


「……静かにしてくれないかな。今の私は機嫌が悪いんだ。これ以上騒ぐならギブアでも容赦しないよ?」


「――っ。す、すまねぇ」


 私の怒気に気おされたのか、小さく縮こまっている。


「――ううん、私の方こそゴメン。でも、手を引いたのは正解だったと思うよ」


「どういう意味でしょうか? 俺たちには《竜殺し》殺害命令が出ていたわけですが」


「そうなんだけどね。――っと、その前に、ロレッタ、さっきは助かったよ。もし割って入ってくれなかったら、私もやられていたと思う。ありがとう」


「私は当然のことをしたまでですよ~。にしても、こちらの三人はともかく、シオンさんをあそこまで追い込むとは彼は何者ですか?」


「三人はともかくって……。確かに私たちはすぐにやられちゃったけど、これでも結構な実力者なのよ?」


 ロレッタの発言にもう一人の女性アグネスが苦言を呈する。


「あはは、わかってますよ。真正面から戦ったら私なんかすぐに負けちゃうことくらい。でも、シオンさんは別格・・じゃないですか。シオンさんが追い込まれるなんて、思っていなかったので」


「まぁ、それには同感ね」


「それで、彼は何者なんですか?」


「ごめんね。詳しくいは話せないんだ。恐らくこれは機密事項に当たるから」


 十中八九アムンツァースのリーダーであるクリスは、オルンが生きていたことを知っていたはず。

 組織の全部の情報にアクセス権を有している私にも伏せられていたくらいのことだ。

 悪いけど、これは皆には言えないね。


 にしても、最後は不意を突かれたとはいえオルンはあの状態・・・・で私を負かした。

 本来の力・・・・を発揮したら、私なんて瞬殺されちゃっていただろうね。

 身体能力に関しては、どうやってか一部開放していた・・・・・・・・みたいだけど。


 目的地・・・はまだまだ遠いね……。


「――それで、ロレッタが来たのは、私たちに何か通達があるからじゃないの?」


 ロレッタは《アムンツァース》の通達屋メッセンジャーの一人だ。

 大陸各地で活動している私たちに遠く離れた場所の情報や、組織からの指示を代わりに伝える役を担っている。


「――あ、そうでした! リーダーからの通達です! シオンさんたちに下っている指示は毒花によるもの・・・・・・・だから即刻活動を辞めて引き揚げるように、と。」


「毒花だと!?」


 ロレッタの発言にギブアが驚きの声を上げる。


(やっぱり、ね)


「すみません。まさかメッセンジャーの中に、あのクズ共と通じているものがいるなんて」


「仕方ないさ。相手には【認識改変】の異能を持つ害悪女がいるから、もしかしたらあの人も認識を書き換えられていたかもしれないしね」


「シオンさんが手を引いた理由はこれですか」


 ひょろい男ズリエルが納得したような口調で呟く。


「そうだね。私が持っている情報だと、《竜殺し》は《勇者》以上に殺してはいけない存在・・・・・・・・・・になるから。それに気づいたのも、戦いの終盤だったけどね」


「それから、シオンさんは、本部に戻るようにとのことです」


「すると、俺たちはこのまま東に戻ればいいのか?」


「はい。再び東の大迷宮に戻るよう指示が出ています」


「ひとまず通達の内容はわかった。それで、帰る前にロレッタに一つお願いがあるんだ」


「なんでしょうか?」


「他のみんなに南の大迷宮から引き揚げるように言ってほしいんだ」


「……なんでですか? 南の大迷宮は九十四層まで進まれています。実力のある探索者を一人でも多く潰して攻略を遅らせないと。せっかく何人も入り込むことができたわけですし」


「うん、そうなんだけどね。私を見逃してくれる代わりに他の皆も南の大迷宮から撤退させるって約束をしたからね」


「そんな約束――」

「私は彼との約束を破りたくないんだ。――それに、もう探索者を殺す必要は無くなった・・・・・・・・・・と思うし、頼むよ。この命令は私からのものだと明言してくれて構わないからさ」


「…………わかりました。各員に南の大迷宮から撤退するよう伝えてきます」


「ありがとう」


  ◇


 《アムンツァース》のメンバーを南の大迷宮から撤退させ、私は一人で本部へと帰還した。


 それからすぐにリーダーがいる部屋へと移動した。

 執務室に居たのは二十代後半の優し気な雰囲気を漂わせている男だった。


 彼の名前はクリストファー・ダウニング。

 《アムンツァース》の現リーダーだ。


「戻ってきたよ」


「おかえり、シオン。オルンには会えた?」


「……会えたよ。再会早々に斬りかかってきたけどね。まぁ、私もオルンが生きているとは思っていなかったから、最初は予定通り殺すつもりだったけどさ」


 最初からオルンの面影はあったけど、他人の空似だと思っていた。

 でもあの漆黒の魔力を見てオルン本人だと確信した。

 それに今思うと、あの戦闘にはオルンの異能・・・・・・じゃないと説明が付かない場面が多々あった。


 私の異能である【時間遡行】を併用した魔術・・・・・・を、難なく避けていた時点で気づくべきたった。


「そんなことよりも、クリスはオルンが生きていたことを知っていたの?」


 私が今一番知りたいのはこのこと。


「うん、知っていたよ」


「っ! だったら――」


「まだ子どもだった君にそれを教えていたら、間違いなくオルンを助けるとか言って一人で突っ走っていたでしょ? オルンとオリヴァーが殺される可能性は低いと思っていたし、シオンまで失うわけにはいかなかったんだ。君は貴重な戦力なんだ。俺のことを罵ってもらって構わない。だから勝手な行動はしないでほしい。頼む」


 クリスが深々と頭を下げながら、懇願してくる。


 確かにあの時オルンが生きていたことを聞いていたら、私は何が何でもオルンを取り戻そうとしただろう。

 そして恐らくオルンたちと同じになるか、最悪殺されていた。


 どちらにせよ、私が今ここにいる可能性が極めて低い。


「……うん、わかってる。クリスの判断は正しかったと思うよ」


「ありがとう」


「それで? これからの私の予定は? その話をするために私を呼んだんでしょ?」


「あぁ、そうだ。早速だが、教団が帝国で精力的に活動しているという報告がいくつも上がってきている。なんでも迷宮を片っ端から攻略しているらしい。こちらも既にかなりの数を派遣しているが、教団も本気のようでな、こちらに死者は出てないが、それでもかなりの損害が出ている」


「帝国で? もう大迷宮が無くなっている帝国で、教団がやることなんてないと思うけど」


 教団の最終目的は邪神の復活。

 その復活に邪魔な・・・・・・大迷宮を消し去ることが、今の教団の目的だと思われる。

 つまり、大迷宮が無くなった帝国で教団がまだ活動しているというのはとても不自然に感じる。


「これは完全に俺の推測になるが、教団の狙いは《英雄》を動かすこと・・・・・だと考えている」


「《英雄》を動かくために、教団が迷宮を攻略? …………まさか!?」


 《英雄》は絶大な力を持っている。

 なんたって、私やオルンと同じ・・なのだから。


 しかし、《英雄》は帝国のためにしか動かない。

 西の大迷宮が無くなった時点で、私たちと教団の戦いに介入してくることはないと高を括っていた。

 だけど、このままだとその前提が崩れる。

 あんなのが暴れたら、今保っている勢力図が一瞬で書き換えられる恐れもある。


「このまま帝国内の迷宮が無くなっていけば、帝国が他国へ侵略を始める・・・・・・ことも充分考えられる」


「戦争による特需景気を利用して大迷宮攻略の促進を図るってこと……?」


 現在の兵器は迷宮素材によって作られているものが大半になる。

 もしも戦争で兵器生産が活発になれば、迷宮素材の価値は高騰する。

 探索者にとっては稼ぎ時だし、巡り巡って大迷宮の攻略速度が上がることは間違いない。


 現に約六十年前に北の大迷宮を擁するジュノエ共和国で戦争が起こったときは、北の大迷宮の攻略がかなり進んだという前例もある。


「でも、教団はどうしてこんな無茶なことを……。下手したら目的を達する前に全滅する可能性も……」


「オルンが頭角を現したからだろうな。記憶も力も封じられている・・・・・・・・・・・・オルンが、大迷宮の攻略の最有力候補に挙がるなんて、我々も教団も思っていなかった。出来るのはあくまでオリヴァーのサポートくらいだと。だけど実際にオルンは一人で深層のフロアボスを討伐している。封印魔術が機能しなくなり始めていることも考えられるが、その辺り実際に戦ったシオンとしてはどう思う?」


「……封印魔術は問題なく機能していたと思うよ。実際戦闘中に発動してもいい盤面でも上級や特級の魔術は発動していなかった。身体能力の方は強引に・・・解除していたように感じるけど、それも一部のようだったし、封印魔術が機能していないにしては弱すぎた・・・・から」


「封印魔術を強引に……? あの魔術はレンスさんの最高傑作と言っても過言ではないはずだ。それを正規のやり方以外で解除するなんて、君たちの王・・・・・は、本当に規格外のようだな」


「それは同感。新しい魔術も開発しているみたいだし、本気で私を斬ろうとしていた斬撃はかなり重たかった。まともに受けていたら、真っ二つだっただろうね」


「……オルンの今後の行動次第では、戦いが泥沼化していきそうだな。やはり予定通り、シオンにも帝国に向かってもらう。既に手遅れである可能性がかなり高いが、教団を牽制してほしい。《英雄》が暴れ回るというシナリオは御免だからな」


「わかった。今回は・・・教団に良いように使われたからね。次は好き勝手にさせない」

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