58.『痛い』と思うこと

「…………キャロル、仲間の顔を見てみろ」


「んー? ――ぁ……」


 キャロルの視線の先にはソフィーとログがいる。

 そして二人とも戸惑いが隠しきれていない表情をしている。

 キャロルの異能については知っていたんだろうが、キャロルの自傷行為に驚いているといったところだろう。


 ソフィーに至っては、すぐにでも泣きそうなくらいに辛そうな顔をしている。


「二人からお前の好きな笑顔が消えているぞ? 何故か、わかるか?」


 キャロルに問いかけると、キャロルはふるふると首を横に振る。


「お前が傷ついているからだ」


「で、でもケガは……」


 キャロルは体を震わせ始める。


「目に見える傷じゃないんだ。お前が傷つくと二人も傷つくんだ。そうしたら今後も、二人からまた笑顔が消えることになるぞ? それでもいいのか?」


「そ、そんなの……、そんなのヤダ! ヤダよ! どうすれば、いいの⁉」


 キャロルがガクガク震えている。

 やはり他人から笑顔を向けられないことが、この子にとって一番怖いことなんだ。


「簡単だ。痛みに慣れているということは痛いんだよな? だったらその『痛い』と思うことをやらなければいい。キャロルが『痛い』と思うと、俺もソフィーもログも『痛い』と思ってしまう。俺たちは痛みに慣れていないから、『痛い』って思うと、笑えなくなっちゃうんだ」


「わ、わかった。わかった、から。もう『痛い』って思うことしないから……! だから、笑顔になって……お願、い……。殴らないで……」


 なおも怖がっているような表情で涙を流しながら懇願してくる。


(精神が安定したと書かれていたが、やはり教団から受けたトラウマはそう簡単に消えるものではないよな)


 俺は努めて笑顔を作ってから、キャロルの頭を撫でる。


「ひっ!」


 殴られると勘違いしたのか、キャロルから小さな悲鳴が上がる。


 なおも優しく頭を撫でながら、


「大丈夫。怒っていない。お前を殴る人間はここには居ないから安心してくれ。仮にお前を傷つける奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるから。大丈夫、大丈夫――」


 キャロルが安心できるように、『大丈夫』と声をかけ続ける。


 撫で続けたおかげか、思っていたよりも早く落ち着いてくれた。

 本当はこの後に何回か三人の連携を見てから終わりにしたかったが、今の状況では出来ないため断念する。


「よし! 予定通り三人の戦いは見れたから、今日はこれで帰るぞ」


 一人ずつ戦わせることが目的だと強調しながら三人に声を掛けて、クラン本部に帰ることにした。

 帰りの道中の魔物は三人の視界に入る前に魔術で殲滅していった。

 今の三人――特にキャロルが魔獣が出会ったら、どんな反応をするかわからないからな。


  ◇


「さてと、早いけど、初日から飛ばす必要も無いし、今日はこれで終わりにしよう。今後の予定だけど、基本的には隔日でお前たちの教導をしていくことになる。だから、教導が無い日は三人で大迷宮に潜ってもいいぞ。ただし! 潜る時は絶対に三人で潜ること、フロアボスには挑まないこと、俺が許可するまでは十一層よりも先には行かないこと、絶対に無茶をしないこと、この四点を守ってほしい」


 最初に居た部屋に帰ってから今後について簡単に話す。


「わかりました」


 ログが代表して返答してきた。 


「それと教導が無い日に大迷宮に行った場合、次のフリーの日は休養に充てるように。無理したところで早く成長できるというものでもないからな。遊ぶなりして好きな時間を過ごしてくれ。……そうだな、やることがないって言うなら、読書がおすすめだ。探索部の図書室にある本を読んでみろ。上手くまとめられていて読みやすいし、勉強になることがたくさん書いているぞ」


 『好きな時間を過ごしてくれ』と言ったら、ソフィーの表情が強張こわばった。

 だから読書を勧めたけど、趣味とかないのかな?


 そう言ってから今日は解散となった。

 キャロルは、表面上は大迷宮に行く前と同じように見える。

 心の中がどうなっているかはわからないけど、今すぐ爆発するようなことはないかな。

 キャロルが真っ先に部屋を出ていき、それを心配したソフィーがキャロルを追いかける。


(俺よりも同年代の仲間の方が、アフターフォローには向いているかな?)


「師匠、ちょっとだけ時間をもらってもいいですか?」


 そんなことを考えていると、ログに声を掛けられる。


「どうした?」


「その……」


 ログが切り出すか迷っているように見える。

 辛抱強く待っていると、ログが口を開いた。


「師匠、今の僕の実力がどの程度のものなのか、師匠の正直な見解を聞きたいです!」


 なんでそんなこと聞くんだ?と思ったけど、ログの目は真剣そのものだった。

 どんな意図があって質問してきたのかはわからないが、朝の言葉を信じるなら正直な見解を言ったところで調子に乗ることはないだろう。


「……お前は既にAランクのパーティに入っても問題なくやっていけると思う」


「……そう、ですか。師匠にそう言っていただけると自信になります。ありがとうございます。――でしたら、僕に剣を教えてくれませんか?」


 ……もしかして付与術士はもう極めたとか思っているのか?

 まだまだ荒い部分はあるぞ?


「……なんで、剣を学びたいんだ?」


「今日のキャロルを見て、このまま彼女にディフェンダーをやらせていてはダメだと思ったんです。彼女は魔獣を見つけたら特攻していくようなやつですが、日常生活では自分のことよりも、他人のことを優先することが多いです」


 それは俺も知っている。

 奔放に振舞っているように見えるが、その実、周囲をよく見ていて気配りができている。


「多分、その人に笑っていて欲しいからなのでしょう。僕も前衛ができれば、キャロルの負担を少しは減らせると思うんです。それに、僕は師匠のように何でもできる探索者になりたい。そのためには剣術は必須だと思うんです!」


 調子に乗っての発言ではなく、パーティのことを考えての発言か。

 確かに三人構成のパーティなら前衛を二人にした方がいい。

 であれば、付与術士として既に申し分のない実力を持っているログが新しいことに手を付けるのが一番妥当だろう。


「ログの考えはわかった。だけど、ログのやろうとしていることは、今まで積み重ねてきたものが崩れる可能性も秘めている。それでも気持ちは変わらないか?」


「はい! そのくらいのリスクを負わなければ、上には行けません。覚悟の上です!」


 俺はログが前衛に移動した際のパーティについて皮算用する。

 ログが前衛に移動したとしても、支援魔術はそのまま使ってもらわないといけない。

 だけど前衛で戦いながら、仲間のバフ管理と指揮も行うというのは不可能だ。

 そうすると、指揮は唯一の後衛であるソフィーに執ってもらうことになる。

 恥ずかしがり屋のあの子には荷が重いか……?


「お前の気持ちは分かった。でも俺とお前だけでは決められない。今度二人にも意見を聞いてから決めることにしよう」


「そうですね。わかりました」


「……仮にログが前衛を兼ねることになったとしても、剣は教えられない。そこは承知してくれ」


「何故ですか!? 僕に剣の才能が無いからですか!?」


 ログが驚きの声を上げる。

 いきなり言われたらそういう反応になるよな。


「そうじゃない。武術は教える。でも、ログは付与術士も兼ねるんだ。であれば、なるべくすぐに敵との距離が取れる武器がいいだろう。だから俺が教えるのは剣術じゃなくて、――槍術だ」

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