191.フウカの価値観

 

  ◇

 

 先ほど魔獣を押し付けてきた青年の両手を後ろで縛り、口を布で塞ぎながら、ソイツを連れて迷宮の最奥へとやって来た。


 二十二層の魔獣たちは、全て俺たちの元へ集められていたようで、あれ以降ほとんど遭遇することなくここまでやって来ることができた。

 短時間で二十二層の魔獣を全部魔石に変えられたのだから、コイツには感謝しても良いかもしれないな。


 最奥はボスエリアのように開けた場所になっていて、そこには俺たちの他に、探索者の格好をした九人の人間が居た。


「ヒース!」


 その連中の真ん中に居る、髭を蓄えた四十過ぎのおっさんが、拘束されている青年を見て声を上げる。

 どうやら俺たちに魔獣を押し付けてきたコイツは、ヒースというらしい。


「貴方たちは、この人の仲間ということでよろしいですか?」


 ヒースを指差しながら連中に問いかける。


「あぁ、そうだ。おい、小僧。俺の仲間に手荒なことをするなんて、覚悟はできているんだろうなぁ?」


 先ほど声を上げた髭のおっさんが、目を据わらせながら低い声で返答してくる。


「先に手を出してきたのはコイツです。悪意を以て俺たちに魔獣を押し付けてきたんですよ? 自衛のために拘束するのは当然でしょう」


「はっ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。そんな出鱈目な言い分を俺たちが信じるとでも?」


「オルン、やっぱり全員斬ろう。こんなのとは、話すだけ無駄」


 表情の変化に乏しいフウカが、僅かに眉をひそめながら刀に手を掛ける。


「待て、フウカ。もう少しだけ俺に時間をくれ」


 今にも斬ってかかろうとしているフウカを止める。


 こいつらを殺すにしても、情報を手に入れてからだ。

 何故こいつらが俺たちに対して悪意を向けているのか、それは知っておきたい。


 俺たちはこれからも各地の迷宮を攻略していく。

 その度に同じような妨害を受けたくないからな。

 事前に潰しておける問題なら、解消しておくべきだろう。


「余裕綽々ってか? カッコいいねぇ、ツトライルの探索者!」


 俺の言動が気にくわなかったのか、おっさんが再び声を荒らげた。


 『ツトライルの探索者』、か。

 そういえば、ヒースが魔獣を押し付けようとした時も、俺たちのことをそう呼んでいたな。


「仲間が失礼しました。面倒なので単刀直入にいきましょう。何故貴方たちは、俺たちをそんなにも敵対視しているんですか?」


「あ? そんなことも解らねぇのか?」


「はい。だから教えてくれませんか? 話し合いで解決できるなら、それに越したことはありませんから」


 おっさんが体を震わせ、みるみるうちに顔を赤くしていく。

 怒らせるために言ったこととはいえ、思っていた以上に怒っている。


「つくづくムカつく連中だな……! もういい! 死んどけ、ツトライルの探索者!」


 髭のおっさんが怒号を飛ばしながら、大きな斧を手に持つ。

 それに続くように他の八人も、それぞれ武器を手にした。


 最後の一線を踏み越えたな。


 連中が臨戦態勢を取ったことを確認した俺は、即座に【重力操作】で連中の居る場所の重力を増幅させる。


「――がはぁっ! な、なんだ、これ……」


 地面にうつ伏せに倒れたおっさんが驚きの声を漏らす。

 他の連中も、同じようにうつ伏せになっていたり、片膝をついて何とか耐えていたりと、身動きが取れる状態ではなくなった。


「ハルトさん、他にコイツらの仲間が周辺に潜んでいたりする?」


「いいや。この階層は全部見渡したが、ここに居るので全員だな」


「わかった。ありがとう、ハルトさん」


 ハルトさんに礼を言いながら、さっきから「んー! んー!」と声を上げようとしているヒースの胸倉を掴んで、一緒に連中の近くまで歩いていく。

 必死に抵抗しているようだが、氣を活性化させている俺の力には勝てないようで、抵抗感はほとんど感じない。


 動けずにいる連中の傍までやってきたところで、胸倉を思いっきり引っ張る。

 すると、ヒースはたたら足を踏みながら重力が増幅している場所に足を踏み入れ、その場に倒れて動けなくなった。


「先に武器に手を掛けたのはこちらだからな。今はこれで勘弁してやる。それじゃあ、もう一度聞くぞ? 何で俺たちをそんなに敵対視しているんだ?」


 武器を手にした時点でコイツらは俺の敵だが、最初に武器に手を掛けたのはフウカだからな。

 素直に吐いてくれれば、これ以上痛めつけるつもりはない。

 逆上して後々復讐をされないように、釘を刺す必要はあるだろうが。


「へっ、それが人にモノを尋ねる態度か? ツトライルの探索者は随分と野蛮なん――ぐあぁぁ!」


 髭のおっさんの言葉を最後まで聞くことなく、おっさんの場所だけ更に重力を増幅させる。

 重力に圧し潰されて、おっさんの身体から骨が軋む音が聞こえてくる。

 少ししてから重力を他の連中と同じ程度まで戻すと、おっさんは咳き込みながら必死に呼吸をしていた。


「自分の立場が分かってないようだな。今の俺とお前らは対等じゃない。今、お前らの生殺与奪は俺が握っているということを自覚した方がいいぞ」


「俺たちから、迷宮だけじゃ飽き足らず、命まで奪う・・のかよ! 外道どもが!」


 おっさんが視線だけで人が殺せそうなほど、怒りに満ちた目をこちらに向けながら声を上げる。


「……奪う?」


「そうだろうが! お前らはこの迷宮を攻略するために来たんだろ!? ここが攻略されたら、俺たちはどうやって生活していけばいいんだよ!」


(……なるほど、そういうことか)


 ようやく、この人たちが俺たちを敵対視している理由がわかった。


 探索者は、迷宮に潜って、そこで手に入れた魔石や素材を換金することで生活資金を得ている。

 端的に言うと、探索者にとって迷宮が無くなるということは、収入源が無くなるということだ。


 この人たちにとって、俺たちは仕事を奪おうと・・・・・・・している敵・・・・・ということなのだろう。


「この迷宮が無くなったら、俺たちはどうやって生活すればいいんだよ! 俺だけじゃなく、嫁や子どもにも野垂れ死ねっていうのか!? あぁ!?」


 おっさんの怒りの声に引っ張られるようにして、他の人たちからも怒りの声が上がる。


 ……この部分だけ切り抜けば、悪役は間違いなく俺だろうな。


 俺が反論しようと口を開こうとしたところで、俺よりも先にフウカが口を開いた。


「――くだらない」


(……フウカ?)


「んだと……? おい、女! 優位な立場に居るからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ! お前らは理不尽に俺たちから〝安寧〟を奪おうとしているんだよ! それくらいのことを理解する頭も無ねぇのか!?」


 おっさんがフウカに怒声を浴びせるが、当のフウカは何処吹く風と、全く気にした様子はない。


「貴方たちにとって、この迷宮が生活の基盤になっていること、そして迷宮ここを攻略しようとしている私たちが、理不尽な存在に見えていることは理解した。その上で言う。――全くもって、くだらない」


「…………はっ、はは……、あはははは! やっぱりお前らイカれてるよ! だからこんな理不尽なことが平気でできるんだ! 人の安寧を壊すなんて、普通はできねぇんだよ!!」


 おっさんの怒りのメーターが振り切れているのか、おっさんの目は血走って真っ赤に染まっている。


 対してフウカのおっさんを見る目は、逆に凍てついているように冷たいものだった。


「好きなだけ私たちに罵倒を浴びせればいい。そうやって目を逸らしていれば・・・・・・・・・楽だからね」


「目を逸らすだと? それはお前らの方だろうが! 何度も言わせるなよ! お前らのやろうとしていることは、結果的に俺らを殺すことなんだよ!!」


「それは違う。私たちがやろうとしているのは、この迷宮の攻略」


「だから! それが結果的に――」

「この迷宮が無くなっても、貴方たちがすぐに死ぬわけではない。それなのに貴方たちが死ぬというのなら、それは貴方たちが〝怠惰〟に過ごしていたからに他ならない。その責任を私たちに押し付けるのは、筋違いにも程がある」


 フウカは声を荒げていない。

 それなのに、おっさんの声をかき消すほどの〝力〟があった。


「怠惰に過ごしていた? 俺たちが……? ふざけんな! 俺たちは、二十年以上ほぼ毎日迷宮ここにやってきて、この領地に住む人たちのために身を粉にして働いているんだよ! 何も知らねぇ小娘が、適当なことばかり抜かしてんじゃねぇぞ!!」


「わかるよ。貴方はさっき『私たちが貴方たちの〝安寧〟を壊す』と言った。――安寧なんてものは、この世の・・・・どこにも無いよ・・・・・・・? そんなありもしない幻想を見ているだけの人間は、前に進むことを止めた怠惰な者と言われても仕方ない」


「な、なにを、言って……」


「昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日、それが当然と思っているから、貴方たちは今こうして慌てふためいている。――平和なんて、当たり前と思っている日常なんて、いつ壊れてもおかしくない薄氷の上に成り立っているものでしかないのに」


 相変わらずフウカの声は抑揚が無い。

 それでも今フウカが紡いでいる言葉には、彼女の〝感情〟が乗っていることがひしひしと伝わってくる。


「〝安寧〟を本気で求めているなら、安寧だと思っている場所に居座り続けてはならない。そこで安心して怠惰に過ごしていると、こうして私たちに、その〝薄っぺらい安寧〟が壊されてしまうから」


「…………」


 フウカの言葉に、先ほどまで俺たちに怒号を飛ばしていた連中が押し黙る。


 フウカはキョクトウの出身だ。

 そして、そこでは数年前に内戦が起こった。

 彼女はその内戦を経験して、今の価値観を構築しているのだろう。

 今のこの情勢下で、『平和だ』『安寧だ』と言っている人たちが、フウカを言い負かすだけの言葉を持ち合わせているわけがない。


「私たちがここを攻略しても、貴方たちが今すぐ死ぬわけではない。だったら、死なないために藻掻くだけの猶予は残っているはず。貴方たちは、この迷宮が貴方たちの全てだと思っているようだけど、ここで得た経験は、この迷宮が無くなっても消えることは無いのだから。諦めなければ、貴方たちの人生は終わらない」


 フウカはその言葉を最後に、おっさんたちの居る場所へ足を踏み入れる。

 ――俺の異能で重力が増幅している場所へと。


「お、おい……」


 おっさんも心配そうな声を漏らすが、フウカはその重力を意にも介さず、彼らの脇を通り抜け、迷宮核へと向かって歩き続ける。


「な、なんで、ここを普通に歩いているんだよ……」


 そんなフウカを、おっさんが呆気に取られた表情で見送っていていた。


「彼女が色々と言ってしまいましたので、俺からは一つだけ。貴方たちは今の王国が直面している状況を把握していますか?」


 フウカが増幅した重力下を抜けたところで、俺は重力を通常のものに戻してから、おっさんに声を掛ける。


「……帝国と戦争が起こるってやつだろ。それくらいは知っている」


 おっさんは少々投げやりながらも、俺の問いに答えてくれた。


「えぇ、そうです。そして、帝国は迷宮を氾濫させる術を持っている、というのが国内で今一番有力視されている通説です」


「はぁ!? 帝国が、迷宮を……!?」


 寝耳に水と言わんばかりに、おっさんが目を皿にして驚いている。


 俺たちがルシラ殿下から依頼を受けてツトライルを発つ前には、既に国内にある全ての探索者ギルドが、この情報を探索者たちに伝えて注意喚起をしていたらしい。

 この迷宮の情報を手に入れた、町の近くにある探索者ギルドでも同じようにその情報が出回っていた。


 にしても、俺たちはツトライルから最短でここにやってきた。

 だというのに、既にこの町の探索者ギルドもこの情報を持っているということは、探索者ギルドには通常の方法とは段違いに早い情報伝達手段があるということだろう。

 個人的には、その伝達方法が気になる。

 クランでも相当に重宝するものになるだろうから。

 ――っと、話が逸れたな。


「この情報は、探索者ギルドに行けばすぐに入手できた情報です。貴方たちの言動からしてもしやと思っていましたが、やはり知らなかったんですね」


「なら、お前たちがこの迷宮を攻略する理由は……」


「貴方が今思っている通りだと思いますよ。戦争中に氾濫が起こった場合、国はこの町の援助をすることが難しい。だから氾濫を防ぐために、この迷宮の攻略が決定したんです」


「そう、だったのか……。俺たちは、なんてことを……」


 俺たちが迷宮攻略に乗り出した理由を知ったおっさんが、後悔交じりに肩を落としていた。


「……まぁ、こちらに被害はありませんでしたし、俺たちはこれ以上、貴方たちにとやかく言うつもりはありません。攻略しないといけない迷宮をいくつも控えていますしね」


「ありがとう……。そして、すまなかった。さっきの嬢ちゃんの言葉、すごく身体に染みた気がするよ。そうだよな、この迷宮が無くなったって死ぬわけじゃないんだ。こんなところで立ち止まっていちゃいけないよな……」


「そうですか。だったら、その言葉は彼女に直接伝えてください」


 おっさんにそう告げながら、フウカの方に視線を向けると、彼女は柱の目の前まで辿り着いていた。


 ドーム状に広がったこの空間の中心には、各階層の入り口にある水晶と同じ素材でできている柱が、天井まで伸びている。

 しかし、その柱はちょうど真ん中辺りで途切れていて、下から伸びる柱と上から降りている柱に挟まれるようにして、迷宮核――大きな魔石が宙に浮いている。


 フウカが左手に持つ刀の柄に右手を添えると、居合い斬りの要領で柱を斬りつける。


 柱に斜めの線が走り、下から伸びる柱がその線を滑るようにして倒れ、迷宮核が重力に従って落下し始めた。

 フウカは落下していた迷宮核を難なく掴むと、こちらに向かって歩いてくる。


 これで一つ目の迷宮攻略完了だな。

 多少のトラブルもあったが、この調子でどんどん迷宮を攻略していこう。



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