4-8 教官・ロイド 3
帰ろうとすると、ロイドは沢山お菓子をくれた。最初から用意されてあって、袋にやまのように入っている。
この身体は大変燃費が悪いので、たくさんカロリーを消費する。お菓子は食べ放題だ。いくら食べたって、太らない。
(前世の時にこの体質が欲しかったです、神様)
心からそう思った。
「貢ぎ物です、お猫様」
ロイドはにこにこ笑う。妙に楽しそうで、ちょっと引いた。
「何の賄賂?」
裏があると感じる。猫の勘が受け取ると危険と警告を発していた。
「賄賂なんて、そんな。ただの気持ちですよ」
爽やかな笑顔がとても胡散臭い。
ロイドは見た目、穏やかで優しそうなそこそこイケメンだ。生徒達に人気なのは、頼れるお兄さん風のところがあるからだろう。
だがボクはもうだだの変態だと知っている。
「本当のことを言え」
上から命じた。きっとこういう感じが好きだろう。
「その上からの感じ、いいね」
予想以上に喜ばれてしまった。
(やりすぎた)
空気を読んじゃう日本人気質でサービスしすぎてしまったらしい。
「実はちょっとしたお願いがあるんだよね」
ロイドは打ち明ける。
(あるんじゃねーかっ!!)
突っ込みは心の中だけにしておいた。言っても喜ばせるだけの気がする。
「カノン、おいで」
ロイドは人形を呼んだ。
人形は無言でロイドの隣に座る。ぴったりと寄り添った。甘えるように肩に凭れる。
「いい子だ」
ロイドは褒めて、よしよしと髪を撫でた。
その光景はなんとも退廃的だ。
ボクも引くが、ボク以上にアルバートとルーベルトは引いている。二人とも無言で口を開かなかった。余計な事は言わないと決めているように見える。
変態だけど、相手は教官だ。それもかなり実力がある方の。揉めるのは得策ではない。
「カノンも一人では寂しいと思うから、そろそろ兄弟を作ってあげようと思っていてね」
そこまで聞いて、ボクは口を開いた。
「ダメ」
即答で断わる。
「まだ、何も言っていないよ」
ロイドは困った顔をした。
「ボクに似た人形を作るって話でしょう? だから、ダメ」
ボクは首を横に振る。
「ちょっと、顔を似せるだけだよ」
ロイドは食い下がった。
「だから、それが嫌」
ふるふるっと首を横に振る。耳もぴくぴく動いた。
カノンが甘えるようにロイドに凭れているのは、ロイドがそういう指示を出しているからだ。人形であるカノンには自分の意思はない。つまりロイドは好きなように好きなことが出来る。
(悪戯し放題じゃん)
心の中で毒づいた。
だがただ止めたって、無駄だろう。隠れて作られたら、わからない。だから、交換条件を出すことにした。
ちなみにお菓子は賄賂なので受け取っておく。いただけるものは断わらない主義だ。
「人形を作らないなら、今度踏んであげる」
そう言ったら、ロイドはぴくっと反応する。
「いいね、それ」
食いついてきた。
「新しい扉が開きそうだ」
楽しげに言えば言うほど、アルバートとルーベルトは引いている。
だがホクはそんなにロイドが嫌いではなかった。とてもわかりやすく、扱い易い。
(下僕としてはいい感じじゃない?)
ある意味、裏がない分すっきりしていた。
(これも全部演技で、実は騙されているんだとしたらお手上げだけど)
その場合はもう素直に負けを認めようと思った。
「ノワールは本当に面白い子だ。大好きだよ」
愛の告白をされる。目を細めて、愛しそうに見つめられる。それはまんざら冗談でもなさそうだ。
だからこそ、ボクはそれをスルーする。下手に反応してはいけないと思った。
ロイドは流されたことを気にしない。
「そういえば、君たちは課外活動はどうするか決めたのかい?」
ロイドが不意に教官の顔に戻って、聞いた。
「課外活動?」
ボクはアルバートを見る。聞き覚えがなかった。授業以外の話はどうでもいいとスルーしていることがある。その話の中にあったのかもしれない。
「週に二回、放課後に課外活動という時間があるんだよ。剣術や体術で身体を動かしたり、魔法の研究に勤しんだりする」
アルバートの説明を聞いて、部活みたいなものだと理解した。毎日ではなく週に二回というあたりがお貴族様っぽい。
(貴族って基本、勤勉ではないんだよね)
心の中で呟いた。
アルバートやルーベルトは貴族としては珍しく、ちゃんとしている。おじいさん(ルイ)が厳しくて、小さい頃から学習する習慣をつけられたようだ。2人とも真面目で、毎日決められた時間に勉強していた。しかし、多くの貴族はもっといい加減なようだ。学校で毎日授業があることに慣れることが出来ない人もいる。
課外活動が二回だけなのはそんな理由からだろう。毎日なんて無理だと学校側が配慮した気がする。
「アルバートはどうするの?」
ボクは聞いた。
「私は……」
アルバートは何故は言いにくそうな顔をする。
「アルバートは剣術をやりたいんだよ」
代わりに、ルーベルトが答えた。
アルバートは家でも剣術の稽古を欠かさなかった。とても納得出来る。だが、何故それを言いにくそうな顔で答えるのかがわからなかった。
「ではノワールはその間、私のところで預かろう」
ロイドがウキウキと言う。
(ああ、そういうことか)
ボクは納得した。アルバートが言いにくそうな顔をしていた理由を理解する。剣術の稽古にボクは連れて行けない。ボクだって剣術には興味があるし、習いたい気持ちはあった。しかし、子供の身体では周りの迷惑になるだけだとわかっている。アルバートもそれは同様だろう。
だから、迷っている。
「ルーベルトはアルバートと一緒?」
ルーベルトを見た。
「もちろん」
ルーベルトは頷く。
「じゃあ、ボクはここにいる」
一番迷惑にならないのは、ロイドの教官室にいることだろう。
「しかし……」
アルバートは微妙な顔をした。変態に預けるのは不安なのだろう。
(その気持ちはわからないでもない)
心配はもっともだと思った。だが、他に選択肢はない。
「ロイド先生の所は何をしているんですか?」
ルーベルトは聞いた。
「私の研究室は魔法陣の研究だよ」
ロイドは答える。
(それはちょっと興味深い)
ボクはロイドに甘えるように寄り添っているカノンを見た。複雑なその魔法陣を知りたい。
「ノワールが協力してくれるならいろいろ出来そうだね」
ロイドの言葉にぴくっとボクの耳は動いた。警戒する。
「どんな協力?」
確認した。
「こく普通の、魔力の話だよ」
ロイドは答える。
「課外授業の時間はプライベートではないから、趣味に走ったりはしないよ。まだ、教職を失うつもりはないからね」
苦く笑った。
(失う可能性があることは自覚しているんだな)
自覚があって良かったと思う。
「ボクはここにいるから、終わったら迎えにきてくれればそれでいいよ」
アルバートに言う。
「……わかった」
あまり納得していない顔でアルバートは頷いた。
こうして、課外授業はロイドと魔法陣の研究をすることになった。
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