2-4 愛は重い
ルーベルト・ロイエンタールは考える。
真夜中、裸の子供がアルバートの書斎の机に座っているのを見たときにはさすがに驚いた。
何をしているのだと思う。
だが、アルバートに疾しそうなところはなかった。
真っ直ぐに自分の目を見るアルバートを見て、自分の邪推は間違っているのだと確信する。
ルーベルトは愛されていた。
父と弟に。それはもう、重すぎるほど。
15を過ぎた自分が未だに父と一緒に寝ているのは普通ではないのはわかっている。だがそもそも一緒に寝るようになった切っ掛けは母の死だ。
もうすぐ生れるはずだった弟か妹と共に母が死んだのはあまりに突然だった。
夜中に苦しみだして流産し、そのまま母も亡くなる。
母は父にとって最愛の女性だった。母が父の正式な妻でないことは小さくてもなんとなくわかっていた。使用人達の話は耳に届く。だが、それでも幸せだった。
父は母に似た自分も溺愛している。
その幸せはずっと続くのだと信じていた。
しかし母は亡くなり、兄弟も生れてくることはなかった。
父も寂しかったのだろうが、幼いルーベルトの方が寂しさは大きかった。
1人で夜、眠れないほどに。眠ると、必ず悲しい夢を見た。
そんな息子を心配して、父は自分のベッドに入れる。2人で抱き合うようにして、眠るようになった。
父の腕の中でなら、悪夢も見ない。
当時は気づかなかったが、すでに互いに依存していたのだろう。そしてそれは、アルバートが引き取られてからも続いた。
父はもう1人の息子、アルバートの事も愛していた。だが、ルーベルトと同等ではない。あくまで、父にとっての一番はルーベルトだ。母親に向くはずだった愛情、生れてくるはずだった子供への愛情、そしてルーベルト自身への愛情と、3人分の愛がルーベルト1人に注がれる。
それは重すぎるほどだが、いらないと手放すにはルーベルトは幼かった。父の愛に甘える。散々それを享受しておいて、今さらもういらないのだと父に告げることは出来なかった。
父がどれほどショックを受けるか、想像するに容易い。
ルーベルトは父が満足するまで、付き合うつもりでいた。
ただ、アルバートへ後ろめたさは感じている。
自分と違い、アルバートは引き取られたときから1人で寝ていた。父はベッドに入れるのはルーベルトだけで、アルバートを入れることはない。
そんな父の分もルーベルトはアルバートを愛そうと思った。できる限り優しくする。
アルバートはルーベルトに懐いた。暇があればくっついてきて、離れなくなる。
諦めていた兄弟が出来て、ルーベルトも嬉しかった。可愛いから、さらに甘やかす。
結果、アルバートは見事なブラコンに成長した。父とルーベルトを取り合うようになる。
そんな2人に困りながら、ルーベルトは嬉しくもあった。
愛は重いが、嫌ではない。
アルバートは何があっても自分を裏切らないと、信じられた。
そのアルバートが、子供は猫のノワールだと言う。
信じられない話だが、アルバートが自分に嘘を吐く方がもっとありえなかった。
信じるしかない。
アルバートが子供に服を着せてやって来るのを待っていると、呼ばれたルイがやって来た。
「何かありましたか?」
静かな声で問いかける。
「あの使い魔の猫は本当に猫なのか?」
公爵が問いかけた。
「どういう意味でしょう?」
ルイは首を傾げる。質問の意図がわからなかった。だが、あの光景を見ていなければ当然だろう。
「猫が人になった」
公爵は簡潔に、事実を告げる。だがそれも事実であるが意味不明だ。
「はあ」
なんとも気の抜けた相槌をルイは打つ。
「お待たせしました」
そこに子供を抱っこしたアルバートがやってきた。
「その子は……?」
ルイは困惑する。
子供を見た。
子供は人形のような綺麗な顔立ちをしている。銀髪に白い肌で全体的に白っぽい。そして白い毛で覆われた耳が頭の上についていた。そこにつけられたイヤーカフは見間違えようがない。
よく見ると、瞳の色が左右で違った。
「知らなかったのか?」
公爵は眉をしかめる。
「使い魔の白猫だ」
その言葉に、ルイはなんとも微妙な顔をした。小さく笑う。
「なるほど。そういうことですか」
納得した。
自分が、夜中に呼び出された理由がわかる。
猫を連れてきたのは自分だ。何か知っていると思われるのは当然だろう。だがもちろん、何も知らない。
「あの白猫は猫ではない何かなのか?」
公爵は尋ねた。
「いえ、たぶんただの猫です」
ルイは答える。
「そうだろう?」
ノワールに尋ねた。
「にゃあ」
一声、ノワールは鳴く。
「ただの猫だよ」
そう答えた。
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