2-3 公爵

 アーノルド・ロイエンタール公爵は困惑していた。

 ルーベルトと2人、場所を移動して居間でアルバートを待つ。


「ルイを呼んでくれ」


 騒ぎを聞きつけて起きてきた執事に、猫たちを連れてきたルイを呼ぶように命じた。

 子供達に『じい』と呼ばれているルイは正確にはアルバートの大伯父だ。祖父の異母兄弟で、愛妾の息子になる。家を継ぐ資格はなかったが、魔力が強かったので自由に生きることも許されなかった。ロイエンタール家に縛り付けられている。

 実はこの家ではこういうことは珍しくない。

 アーノルドにとってはルーベルトがそうだ。最愛の人との間に生れた子だが、彼の母親との結婚は許されなかった。彼女は貴族であったがさほど身分は高くなく、公爵家には相応しくないと断じられる。

 親族と話し合いを重ねた結果、親族が選んだ女性と結婚し、その間に跡継ぎである嫡男をもうけることを条件に、彼女を愛妾として側に置くことが認められた。

 そして直ぐ、家柄と血筋が良い女性を宛がわれる。

 向こうには向こうの事情があったようだが、妻に感心がなかったアーノルドがそれを尋ねた事はなかった。彼女の方にも話すつもりがあったとは思えない。

 2人の間に愛情はなく、互いに事情があることを含んだ上で義務として子供を作り、アルバートが生れた。

 身籠もった時点で、妻はさっさと自分の実家が所有する屋敷に引っ越す。屋敷にはルーベルトの母も住んでいたので、居づらかったのかもしれない。アルバートはそちらで生れた。

 妻には愛情はなかったが、生れてきた子供には愛情を持っていた。アルバートは自分の手元で、先に生れたルーベルトと共に息子を育てたいと思ったが、さすがに母親から子供を取り上げるような真似は出来なかった。アルバートとは年に一度か二度しか顔を合わせることが出来ない生活が続く。

 その分、申し訳なさが募った。

 そして子供達が3歳になる頃、いろんな事が起こって状況が変る。

 最初の変化は大きな悲劇だ。

 二人目の子供を身籠もったルーベルトの母親が、身籠もった子供と共に亡くなってしまう。出産のリスキーさにアーノルドは打ちのめされた。

 そんな時、タイミング悪く妻の妊娠が発覚する。

 もちろん、相手はアーノルドではない。アルバートを妊娠して以降、2人の間に関係は一度も無かった。妻が適当に遊んでいるのは知っているし、それを黙認するのは当初から約束だったのでアーノルドに文句はない。

 しかし最低限のマナーとして他の男の子を妊娠することだけは禁じていた。

 生れてきた子は彼女が妻である限り、公爵家の子供になる。血の繋がらない子供に公爵家のものを分け与える訳にはいかなかった。

 しかし妻はそれを破る。妻とはどうしても同伴しなければいけないパーティがあり、年に何回かは会っていた。妊娠を隠せる訳もなく、渋々打ち明けられる。

 最愛の女性は子供を身籠もったことで亡くなったのに、他の男の子を身籠もった妻は元気で、悪びれた様子もなかった。

 愛情もないが憎んでもいなかった妻をアーノルドはその時初めて嫌悪する。

 約束を破った代償として、アルバートを自分が引き取った。その代わり、子供を産むことは許す。女の子なら公爵家の子供として育てるが、男の子だったら養子に出して手放すか、離婚して子供と2人で実家に戻るか、生れた後に妻が選ぶ事が出来るようにした。

 結局生れたのは女の子で、公爵家の娘として育てることを妻が望んだので、そうしている。

 結果として、アルバートを引き取ることができたので、アーノルドとしては満足していた。

 ルーベルトとアルバート。2人の子供だけがアーノルドにとっては最愛の存在だ。1人は母を亡くし、1人は母から引き離され、寂しい2人は実の兄弟以上に親密に育つ。

 異母兄弟でありながら、仲のいい息子達はアーノルドの自慢だ。互いを思い合う、優しい子に育つ。特に嫡男であるアルバートはルーベルトを愛し、大切に思っていた。アルバートの代になっても、ルーベルトのことは心配しなくても大丈夫だろう。そのことに、心からアーノルドはほっとしている。


 そんなアルバートの部屋から、奇妙な声が聞こえたのは真夜中だ。

 一緒に寝ていたルーベルトが飛び起きる。

 ルーベルトの母親が亡くなってから、アーノルドはルーベルトと一緒に寝ていた。小さな頃からの習慣は未だに続いている。

 それについて、周りの物言いたげな目に気づかない訳ではなかった。大きくなった息子と一緒に寝るのが褒められた事ではないことは自覚している。

 だが、アーノルドに子離れするつもりはなかった。それどころか、ルーベルトは一生、自分の側に置くことに決めている。

 アルバートは嫡男だ。やがて爵位はアルバートに継がせるし、そのために仕事も覚えさせる。そう遠くない未来、独り立ちさせなければならない。だが、ルーベルトには爵位も継ぐ仕事もない。ずっと補佐として、自分の仕事を手伝わせることに決めていた。本人にもその話はしてある。親ばかだと言われても構わない。ルーベルトが暮らしに困らないようにするのが親として出来る唯一の事だ。そして自分が死んだら、アルバートがルーベルトを守ってくれるだろう。

 2人の仲の良さを見ていると、安心できる。


 ルーベルトはアルバートの部屋に急いだ。

 その後をアーノルドも追いかける。

 ルーベルトは珍しくアルバートを問い詰めていた。普段はアルバートに甘いルーベルトが怒っている。

 何をそんなに怒っているのだろうと覗き込むと、裸の子供が机に座っていた。

 息子が何をしていたのか、考えるのが怖くなる。

 だが、説明を求めると返ってきたのは予想よりもっと困惑する内容だった。

 その子供を使い魔の猫だとアルバートは言う。

 アルバートは出来のいい子だ。直ぐにばれるウソをつくほど愚かではない。

 だが、簡単に納得出来る話ではなかった。とりあえずアルバートの話を聞くことにする。

 まず、裸の子供に服を着せるように言った。

 アルバートが子供に服を着せている間に、ルーベルトと部屋を移動する。


「あれは本当に使い魔の猫なのか?」


 アーノルドはルーベルトに聞いた。


「わかりません。でも、耳についていたあれは確かにアルバートの物でした」


 ルーベルトは答える。


「それに、アルバートが私に嘘を吐くとは思えません」


 ゆっくり首を横に振った。


「それはそうだな」


 アーノルドは納得する。他の誰に嘘をついても、ルーベルトだけには真実を話すと思った。




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