2-2 愛らしい生き物
腕の中に飛び込んできた身体をアルバートは抱き上げた。
見た感じ7~8歳くらいなのだが、それにしては軽い。
(猫の時よりは重いけど)
そう思って、小さく笑った。
白い猫耳がぴくぴく動いて、妙に可愛い。
髪はさらさらのストレートで銀色だ。肌は抜けるように白く、瞳は猫の時と変らぬ緑と青のオッドアイ。
顔立ちはちょっとルーベルトに似ていた。人間というよりはよく出来た綺麗な人形のように見える。控えめに言っても天使だろう。
(めちゃくちゃ可愛くないか?!)
ぎゅっとしがみつかれて、愛しさが募った。
アルバートに弟はいない。妹は居るが一緒に育ったことはなく、兄弟と言われて思い浮かぶのはルーベルトだけだ。自分より弱く庇護する必要がある対象に出会ったことがない。
今、腕の中にいるノワールが初めてだ。
「とりあえず、服を着せなさい。話はそれからだ」
公爵は困った顔でノワールを見る。
ルーベルトに似た綺麗な顔に冷たく出来る訳がなかった。向ける眼差しは優しい。
アルバートはノワールを抱っこして、メイド長のところに行った。
寝ているのを起こし、服の手配を頼む。
自分やルーベルトが子供の頃に着た服が残っているはずだ。
メイド長は抱っこされた裸の子供を見て、目を丸くした。
「アルバート様」
咎めるような視線をアルバートに向ける。長年勤める彼女はアルバートがこの家に来る前から屋敷にいた。使用人であってもそれなりに発言力がある。
何を言いたいのか、アルバートもわかった。
「私が脱がしたわけじゃない」
詳しくは話せないが、それだけは伝える。
「本当ですね?」
メイド長は確認した。
「ああ。もともと服を着ていなかったんだ」
アルバートは頷く。そんな説明で納得出来る訳がないのだが、長年勤める出来たメイド長は話せない事情があると納得してくれたらしい。
「わかりました。こちらへ」
アルバートは案内された。衣装部屋の隣のフィッティングルームのような場所で待たされる。
そこにある椅子にアルバートはノワールを抱っこしたまま座った。
「寒くないか?」
ノワールに尋ねる。そっと包み込むように抱きしめた。
猫なら天然の毛皮を纏っているから平気だろうが、人になったノワールは寒そうに見える。
「大丈夫」
ノワールが答えた。声も可愛らしい。
思わず、アルバートは頭を撫でた。
銀色のさらさらな髪は触り心地が良い。
気持ちがいいのか、猫耳はぴくぴく動いていた。
「お待たせしました」
そこに服を持って、メイド長がやってくる。
「夜中なので、寝間着にしましたがよろしかったですか?」
アルバートに聞いた。
「ああ。問題ない」
アルバートは頷く。
「そっそく、この子に着せてくれ」
そう言うと、ノワールを膝から下ろした。
「自分で着られる」
立ったノワールはそう言う。
自分から服に手を伸ばした。下着を穿き、ネグリジェのようなすぽっと上から被るタイプの寝間着を着た。
アルバートは傍らでそれを見ている。
(猫って、自分で服が着られるものなのか?)
疑問を抱いた。だが、ノワールがだだの猫でないことはもう明らかだ。ただの猫なら、夜中に突然人形(ヒトガタ)になったりはしないだろう。
ひとまず、ノワールが自分で服を着られることは置いておくことにした。それより先に聞かなければならない話がある。
そんなことをアルバートが考えている間に、ノワールは着替えを終えた。
ちらりと横を見る。そこには鏡があった。
「鏡、見たい」
指さして、アルバートに強請る。
「いいよ」
アルバートは許可した。
ノワールとはたたっと駆け寄り、鏡に自分の姿を映した。
「可愛い……」
驚いたように呟く。
呆然とした後、鏡の前でくるりと回った。自分の身体を確認する。自分の猫耳に手で触れた。
「ノワール」
アルバートは呼ぶ。
「にゃあ」
猫の鳴き声が返ってきた。反射的な返事は猫が出てしまうらしい。
返事をした本人はなんとも微妙な顔をした。
「本当にノワールなんだな?」
アルバートは確認する。猫耳に自分の証であるイヤーカフがついているのは間違いない。だがそれだけで、目の前の子供が本当に自分の使い魔なのかアルバートも自信が持てなかった。
「そうだよ」
ノワールが頷く。頭の上の白い猫耳がぴくぴく動いた。緊張がそこに出ている。
不安そうに自分を見つめる左右の瞳は色の違うオッドアイで、ノワールの特徴そのものだ。
「おいで。父上達が待っている」
手を差し出すと、ノワールは駆けてきた。その姿も愛らしい。
アルバートは改めて、ノワールを抱っこした。
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