2-1 小さな子供


 アルバート・ロイエンタールは大きな声で目を覚ました。


「何事だ?!」


 飛び起き、明かりを持って声が聞こえた書斎に走る。

 ばんっとドアを開けると、机の上に子供が座り込んでいた。


「誰だ?!」


 険しい顔で問う。あまりに怪しかった。

 子供は振り返る。とても整った、可愛らしい顔をしていた。少しルーベルトに似ている。


「……オスだった」


 子供は青ざめた顔で告げた。

 その頭の上で、耳がぴくりと動く。

 子供の頭には獣の耳がついていた。その白い毛で覆われた耳には見覚えがあるものがついている。

 自分の所有の証である、イヤーカフだ。

 それは数時間前、自分の使い魔になった白猫に与えたものだ。二つとして、同じものはない。


(そういえば、ノワールの寝床は空だった)


 部屋を出る前、ちらりと部屋の隅を見たことを思い出した。

 自分の胸の上で寝てしまった子猫は眠り続け、目を覚まさなかった。契約の儀は主の魔力を使うが、負担は受ける側の方がずっと大きい。

 生後二ヶ月の子猫には負担が大きかったのだろうと思い、目覚めるまで寝かしておくことにした。

 寝室の隅に作った、寝床に運ぶ。クッションの上にそっと乗せてやる時もぐっすり寝ているノワールはまったく目を覚ます気配がなかった。


「お前……、ノワールか?」


 まさかと思って、問いかける。


「にゃあ」


 子供は猫のように鳴いた。驚いた顔をする。


「どうしてわかったの?」


 不思議そうに聞いた。


「耳が付いている」


 アルバートは教える。


「えっ?!」


 ノワールは大きな声を出した。ばっと自分の頭に触れる。耳があることを確認した。


「耳、ある。失敗した」


 とても凹んだ。がっくりと肩を落とす。


「しっぽは?」


 次に振り返り、自分のお尻を見た。しっぽを探して、手で触れる。


「しっぽはない」


 ほっとしたように表情を緩めた。


「でもまあ、耳がある時点で、失敗は失敗」


 ため息を吐く。


「何があったんだ?」


 アルバートは近づきながら、状況を確認しようとした。


「アルバート!?」


 そこにルーベルトが飛び込んでくる。声を聞きつけ、心配したようだ。


「大丈夫だ、ルーベルト。心配ない」


 安心させるように、アルバートは微笑む。

 ルーベルトは異母兄だ。年は一緒だが、半年ほど生れたのは早い。アルバートは夏生まれで、自分は冬生まれだ。だが、この家の嫡男は自分で、跡継ぎも自分だと決まっている。それは母親の血筋に大きく関係した。アルバートの母親は父の正妻だ。母の産んだ男子が嫡男になり、跡継ぎでもあることはアルバートが生れる前から決まっていた。

 そのことを、アルバートはずっと後ろめたく思っている。貴族社会は長子制度が原則だ。長男のルーベルトが家を継ぐべきだろう。だが、それを親族が認める事は決して無い。

 そしてルーベルト自身、それを望んでいなかった。優しい兄はアルバートが家を継ぐことを願っている。自分のことは気にしなくていいのだと、後ろめたく思っているアルバートをいつも慰めてくれた。

 そんな兄をアルバートはとても大切に思っている。愛していた。


「いや、心配するだろう。その子は誰だ?」


 ルーベルトはいつになく渋い顔をする。


「何故、裸なんだ?」


 怒ったように聞いた。

 問われてから、アルバートはノワールが裸であることに気づく。猫なんだから、服を着ていないのは当然だ。それを可笑しいとは思わなかった。

 だが、ルーベルトから見れば子供が裸なのは異常事態なのだろう。


「違う、これは……」


 アルバートは説明しようとした。だが、状況は自分もよくわかっていない。言葉に詰まった。ノワールを見る。


「?」


 ノワールはきょとんとした顔でアルバートを見返した。


「これは使い魔のノワールだ」


 アルバートは告げる。


「どういうこと?」


 ルーベルトの顔は余計に困惑した。


「その話、私にも聞かせてくれ」


 ルーベルトの後ろから父が現われる。ルーベルトがここにいるのだから、当然、父もいるだろう。飛び起きたルーベルトを追いかけてきたに違いない。


「わかった。私もよくわかっていないからノワールに説明してもらおう」


 アルバートは手を広げる。


「おいで」


 ノワールを呼んだ。

 ノワールは戸惑う顔をする。アルバートを、ルーベルトや公爵を見た。

 逡巡した後、おずおずとアルバートの腕の中に飛び込む。


「暖かいな」


 ぎゅっと抱きついたノワールをアルバートは抱き留めた。




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