1-9 真夜中
そうして話は最初に戻る。
寝てしまったわたしはそのまま寝床に運ばれたようだ。
アルバートの使い魔になったわたしはアルバートの寝室に寝床を与えられる。片隅にわたしのベッドが作られていた。もっとも、布が敷かれてクッションが置かれているだけだ。現代日本にあった猫用ベッドみたいなものはない。ブリーダーの家でもこんな感じでクッションがベッドになっていた。
ただし、あの家と比べたらここのクッションは比べものにならないほどふかふかしている。
(こんなところにも格差を感じる)
切なくなったが、それが普通だろう。格差なんて、どうやったって生れる。平等も公平も理想であって現実ではない。それを前世では沢山見た気がした。人が2人集まれば、もうそこには見えない格差が存在する。
それはアルバートとルーベルトの間にもあった。数時間前、それを実感する。
公爵は息子達を溺愛していた。それは傍から見ていてとてもわかりやすい。だが、2人を等しく同じように愛しているわけではない。公爵の愛情はまずルーベルトに向けられた。その次がアルバートだ。勝手な推測だが、たぶんルーベルトは公爵と彼が愛した女性との間に生れた息子なのだろう。その女性はおそらく亡くなっている。母親の分の愛情もルーベルトに向けられているように感じた。公爵のルーベルトへの愛はほとんど執着に近い。
アルバートは父の愛がルーベルトに偏っていることをあまり気にしていないようだ。何故なら、彼もルーベルトが大好きらしい。
アルバートの愛情は父より兄弟の方に向けられていた。
公爵とアルバートは顔立ちはそれほど似ていないが、中身は似ているのかもしれない。
そんなことを考えながら、わたしは前足をぐぐっと伸ばして大きく伸びをした。たっぷり眠って、目が覚めた。
真夜中のようで、あたりはしんとしている。
ベッドではアルバートが寝ていた。
起こすつもりはないが、退屈なのは否めない。目が冴えたわたしは真夜中の冒険に出かけることにした。
寝室と書斎の間のドアはたまたまなのかわざとなのか、少し開いている。その隙間にするりと身体を滑り込ませた。
書斎を探検する。
ソファの上にはねこじゃらしがおいてあった。
眠る前、アルバートやルーベルトと遊んであげたことを思い出す。
どこから取り出したのか、ルーベルトはねこじゃらしを持っていた。厳密に言えばリボンの切れ端なのだが、それをわたしの前で揺らす。
わたしはうずうずした。
(これはサービスよ。わたしの主たちだから、遊んであげるんだからね。わたしは猫だけど猫じゃないから、本当は猫じゃらしで遊んだりしないんだからね!!)
そんなどっかのツンデレのようなことを心の中で呟きつつ、本能が動くものに反応する。勝手に手が出た。ひとしきり遊んで、疲れる。休んでいると、優しく身体を撫でられた。猫の生活もなかなか悪くないと思う。
(でも、言葉が通じないのはとっても不便なのよね)
言いたいことを伝えられないのは、とてももどかしい。魔法でなんとかならないだろうかと考えた。それくらい、出来る気がした。
わたしは辺りを見回し、机の上に開いたままの本があることに気づく。
シュタっと机の上に飛び乗り、その本を見る。
魔法の本だった。しかも上級者向けっぽい。
(こんな難しい本を読んでいるなんて、案外、アルバートは勤勉なのね)
わたしは感心しつつ、その本を読み進めた。文字を覚えておいて、良かったと心から思う。
それは上級者用なので、基本的なことは省略されていた。
意味不明なところは少しある。だが、前世の記憶を持つわたしには科学の基礎知識がある。それと照らし合わせれば、理解できなくもなかった。
何より、この世界の魔法は詠唱が不要なのが助かる。口に出さずに心の中で唱えても効力を発揮した。
(つまり、猫のわたしでも呪文を心の中で唱えることが出来れば魔法が使えるってことよね?)
質問に答えてくれる声はないのだが、自問自答した。
(試してみたい)
好奇心が疼く。
今、この場で試してもたいして問題がなさそうなのがないかと、ページを捲った。子猫のわたしは身体が小さいのでちょっと苦労するが、爪を引っかければページをめくれない事もない。
そして、見つけた。
(何、これ。変身魔法? なんて素敵)
わたしはわくわくした。説明をじっくり読み進める。
わたしの読解力が間違っていなければ、これはAをBに変身させる魔法であって、このAが人間でなければいけないという縛りはない。
(猫のわたしも変身できるって事ではないですか?)
テンションが爆上がりした。浮かれて、小躍りしたくなる。
(まず、変身したいものを頭の中にイメージして。それから……)
わたしは人間の姿を思い描いた。さっき、ルーベルトのねこじゃらしを見たせいか、一番最初にルーベルトの顔が浮かぶ。
次に、書かれてある呪文を読んだ。
その瞬間、まばゆい光に身体が包まれる。
光が消えて目を開けると、人の姿になっていた。
手も足も毛で覆われていない。
(2ヶ月ぶりの人間な自分)
浮かれていると、見慣れないモノが足の間にあることに気づいた。
「ぎゃっ」
蛙を押しつぶしたような汚い悲鳴を上げる。
動揺して、変な声が出た。
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